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「えー今日からこの2年B組に編入することになった井村さんです」

「どーもー、井村凛子でーす。よろしくー」

チョークの粉っぽい香りが鼻をムズムズさせながら、私は力の抜けた自己紹介をする。

新入生のようなパキッとした女子制服。紺のブレザーからはノリの匂いが微かに漂い、白いYシャツを窮屈に纏う。

制服どころかスカートすら久しぶりの私には、着心地が悪くてたまらない。何よりシャツが突っ張る、特に胸のところが。

子供の頃から日本人離れした体型だとよく言われた。Lサイズのシャツでは胸がキツく、XLだと胸以外が大きすぎてサイズの合うシャツがなかった。

1度目の学生時代は、ガホッと着られるパーカーの上にブレザーを羽織って登校していた。今日もそれで来るつもりだったんだが、転校初日から校則破りは心象が悪いと雪乃に止められた。

けどこの格好もある意味で悪いかもしれない。

「胸でっか」「巨乳じゃんヤバ」「むっちゃエロくね、顔も悪くねぇし」

流石元動物園。男子のレベルはお猿さんと同じだ。

しかし、この歳になると男からこういう目で見られることに対し、恥じらいとか不快感とかはそれほど湧かないな。10代の頃はそれこそ一々腹を立て、場合によっちゃ揉め事にすら発展していたっけ。もうJKの頃の初々しさは無くなったのかと枯れ気味のオバサンは思う。

あと女子からも睨まれている。これはアレだ、自分のテリトリーを犯されそうな時の動物の目だ。

新しく入った仲間への好奇と排斥の視線。いつの時代も学生社会ってのは嫌な感じだ。出る杭は打たれると言う。テキトーにやり過ごそう。

「みんな、仲良くしてやるんだぞー。じゃあ後ろの空いてる席に座ってくれ」

担任教師に指示された席に座る。編入生の為だけに用意された1番後ろの窓から2番目の席。左隣には髪の長い男子がソワソワチラチラと落ち着かない様子である。

見てくれや態度からして、これはオタク男子と言うやつだな。私の時代からこういう奴は必ずクラスに1人はいる。

「髪長いね」

肩まで伸びた後ろ髪に、目元を暖簾のように隠した前髪が気になり、つい声をかける。

バイト先でもよくロン毛の男はいたけど、高校生ではなかなか珍しい。男ロン毛はフリーターに多いイメージだったから。というかその前髪で前見えてるのか?

「え、あ、はい」

「切んないの?」

「床屋とか、苦手で」

「あーわかる。あれこれ話しかけられたりすんの嫌だよね」

男子は不器用に口角を釣り上げ、ハハと乾いた笑いをする。

「ねぇ名前は?」

「あ、えっと、赤峰です」

苗字だけ答えられた。名前では呼ばれたくないってことなのかな。

「よろしく赤峰くん」

「よろしく、お願いします」

それ以上会話は続かなかった。最初だし、こんなもんでしょう。




「なぁ彼氏いんの?」「いないよ」「マジで? 実は俺もちょうど彼女いなくてさ」「お前いっつも居ねぇだろw」「てか胸大っきくね?」「バカお前何言ってんだよw!」「ねぇいつから大きかったん?」「ひみつ」「えぇー!教えてよぉ!」

昼休みになると、街灯に虫がたかるように男子が私の元へと集まってきた。転校生という異分子に対し、比較的好意的な者だけが私の元へと集い、あれやこれやと質問攻めをしてくる。

決して居心地のいい空間ではない。私のとっても外野にとっても。そのせいで赤嶺くんなんかは昼休み早々教室を出て行ってしまった。

そして質問攻めをしてくる男子共は心なしか鼻の穴が膨らんでおり、やはりというか胸に視線を吸い寄せられていた。子供の頃ほどの嫌悪感は無いが、20近く離れたガキ共にエロい目で見られるのは流石にしんどい。

その上女子からの視線も痛い。まるで私を水商売の女を見るような目。これは裏で媚び売ってるとかウリしてるとか言われるやつだ。嫌悪感や憂鬱よりも諦めの感情で溜息が出る。

当たり障りのない愛想笑いと素っ気ない返事でその場をひたすらやり過ごしていた、そんな時。

「おい、いきなり絡むなよ」

私を中心に男子がやいのやいの騒いでいると、一人の男子生徒が輪の中に割って入る。

スラッと背の高くて体格の良い男子。顔のパーツがハッキリとした所謂俳優顔。

ブレザーの代わりにジャージを羽織り、片耳には目立たない程度のピアスをしている。チャラいとスポーツマンの中間っぽい、尚且つ清潔感のある装いだ。

彼の介入により男子共は私へのセクハラパーティを中断させられ些か気分が悪そうだったが、その不快感を露骨に表現せず彼をすんなり輪の中に入れた。これはまるでボス猿の登場だ。

「ごめんね、コイツら馬鹿でさ。遠慮とか知らないんだよね」

彼は空いている隣の席に、背もたれを前にして座る。

「俺、遥希(はるき)ね。よろしく、井村さん--はちょっと他人行儀か。名前でいい?」

「全然いいよ」

「マジ? やった」

遥希くんは爽やかに頬を綻ばせ、小さくガッツポーズをとる。

「ところで凛子ちゃんはさ、中学どこなの?」

「三神峯ってとこ。ここのすぐ近くだよ」

「三神峯? そんな中学あったっけ?」

「ああそれはもう廃こ--」

って危な、危うく10年前に廃校した中学の名前出すとこだった。

学校では17歳ってことで手続きしているんだ。別に34歳だとバレてもいいが、説明やなんやらもしづらい状態だから黙っておきたい。そもそもこの見た目で34歳は通じないだろう。

「あーえっと、ごめんそれ母親の出身中学だったわ。間違えた間違えた」

「いやどんな間違いよ。もしかして凛子ちゃんって結構天然?」

「そうそう私天然100%なんだよね」

「あはは! 何の100パーだよっ」

「私は遠いところの中学から来たの。だからわかんないと思う」

「へぇ~、トオイトコロノ中学ってとこなんだー」

「さてはアンタも天然100%だな」

遥希くんは「バレたかぁ」とカラカラ笑う。

茶目っ気があって距離の詰め方が上手い。10代っぽい喋り方に反して10代っぽくない落ち着きのある親しみやすさを纏っている。

コイツはモテる。確実に。

それも結構手広くモテているはずだ。後輩からは憧れの先輩として、同学年からは近くのアイドル的存在として、先輩からは可愛いがり甲斐のある後輩として。

そりゃあ当然だ。顔が良くて人格者なら大体はモテる。特に収入や経歴など社会人的な縛りのない学生の間でならば特に。

だからつまるところ、コイツと仲良くするのは--良くないということだ。

学校ってのは排他的な村に近い。異分子を簡単には受け入れず、馴染むには時間がかかる。特に女子社会は。


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