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某撮影スタジオ。
生活感のない小綺麗な一室が、真っ白なレフ板によって朝日よりも眩く光を受けている。
パシャパシャと、シャッター音が羽音のように鳴り響く。
ベッドで横になる私、脱ぎ散らかされた女性の衣服、男性のカメラマン、その光景を見てニヤリと笑う社長。
私は今、仕事で脱がされている。
仕方の無いことだ。これも、お金のためなんだから。
恥辱に塗れ、身体に熱が籠る。露わになった自身の肢体が、レンズの向こうで記録されている。その記録はいずれ世に売り出されてしまう。その屈辱に耐えながら、私は撮影を受け入れる他なかった。
「ちょっと胸隠さないでよ。それじゃ撮ってる意味ないでしょ」
「こ、こんなの聞いてない。ただ写真を撮るだけだって……」
「言う通り写真を撮ってるだけじゃない」
「けどこんな、ッ……、下着でなんて聞いてないッ……」
「それはさっき説明したじゃない。--うちの会社の新作ランジェリーのモデルなんだから、下着姿撮るのは当たり前でしょ」
社長こと雪乃が辟易した様子で本日5度目の説明をする。
5万のモデルの仕事。おいしいとは思うがやはりそれ相応の代償はあった。
「いやぁでもおかげで助かったわ。依頼してたモデルさんがブッチしちゃってね。やっぱ20代前半の子はまだまだこういう仕事には抵抗あるものなのかしらね」
「これ風営法的に大丈夫? 私ピッチピチの10代よ」
「ただの下着モデルよ。水着のモデルと変わんないわよ」
「私水着NGなんだよね」
「NGは借金返済してから言いなさい。それまで貴女に人権は無いから」
「ちょっとカメラマンくん、この人やばいですよ。撮ってないで早く警察呼んでください」
私がポーズを崩さずにカメラマンに訴えかけると、男性はあははと営業的に笑い流した。笑ってんじゃねぇよ。
「にしてもやっぱ凛子いい身体よね。下着映えするわ」
「それってセクハラ? 慰謝料取るよ?」
「褒めてんのよ。ってか前より胸大きくなってない?」
「垂れてたのが治っただけ」
「確かFだっけ?」
「いやGだったはず」
「でっか。これからは維持しなさいよ。今着てるブラあげるから」
「え、マジ? ラッキー儲けた」
男性カメラマンが何処か居心地悪そうになりながら、一時間に上る撮影は続いた。
「いや~ずっと似たような姿勢するのもしんどいわ」
雪乃が用意、正確には雪乃の会社が用意してくれたバスローブを纏い、凝った腰を回して解す。30代の時だったら確実にギックリ腰になるような体勢を1時間近く続けられるのだから、やはり10代の体って素晴らしい。
しかし楽なものではなかったな。モデルって正直ただ立ってるだけでいい楽な仕事とか思ってた。けど違うわ。お金を稼ぐことに楽なんてない。
「うんうん、綺麗に撮れてるじゃない」
雪乃はカメラマンとノートパソコンを齧り付くように見ていた。そこには下着姿の私の写真数百枚がデータ記録として保存されていた。
「すっごい数。こんだけとっても載るのは数枚とかなんでしょ」
私はそれを後ろから覗き込む。
「まぁね」
「うわぁ選ぶの大変そ」
「選んだら終わりじゃないわよ。レタッチとか編集作業も残ってんだからな」
「あーはいはいレタッチね。大変だよねレタッチ」
意味の分からない単語にテキトーに同意し、いつもの私服に着替える。控え室に行くのも面倒だしここでいいでしょ。2人はパソコンに夢中だし。
「一応聞くけどさ、それ顔モザイクとか入れてくれるよね?」
「え? 入れないわよ」
は? と、声と手に持ったTシャツが零れ落ちた。
「下着姿で顔モザイクとかイヤらしく見えるじゃない。これ女性用雑誌に載せるやつよ」
「いやいや、じゃあしょうがないかとはならないぞ」
「大丈夫大丈夫。今時素人の下着姿なんてそこまで価値ないわよ。ネットにごろごろエロ画像が転がってる時代よ」
「おい仮にも10代Gカップだぞ。価値大アリでしょ。だよなカメラくん?」
「僕からはノーコメントでお願いします」
20代程の若手カメラマンには少し刺激が強かったか。耳が少し赤い。可愛いやつめ。
「特定されることはないから安心して。名前は出さないし顔も可愛く加工してあげるから」
「その言い方は私がブサイクみたいじゃん。見なさいよこのフレッシュな美少女顔を」
私が最大限可愛いオーラを出して小粋にウィンクすると、雪乃は軽く「はいはい」と言って受け流した。
「確かに凛子さんお綺麗ですよね。社長一体何処で見つけてきたんですか?」
「私の姪なの。社会経験として手伝わせてるわけ」
カメラくんの問いに、雪乃は事前に決めていた答えを返す。友達と言うには年齢が離れすぎて不自然だからそういう設定にしているのだ。
「凛子16歳です☆」
「え、16? てっきり大学生かと……こういう仕事大丈夫だった? 聞くのすごい今更でごめんだけど」
ふざけて答えたら思ったよりカメラくんに心配されてしまった。今更「やっぱ嘘でーす☆」とは引けないので16歳で押し切ることにした。
「大丈夫ですぅ、私NGは人権的に禁止されてるんで☆」
16歳っぽくキャピキャピした喋り方をして答える。カメラくんの隣で雪乃が三角コーナーを見るような目で私を見ている。
「まぁ本人が同意してるならいいけど、ほら、同級生の目とか気になると思ってさ」
その単語に一瞬ピンと来なかったが、すぐに自 分が女子高生設定なのを思い出す。高校生なら当然いるよな、同級生。
「まあ大丈夫だと思いますよ。別に乳首出てる訳じゃないし」
「乳首って……ハハ、凛子さん豪快だなぁ」
苦笑いの混じった笑みで、カメラくんはオブラートに包んでくれた。今のはちょっと女子高生っぽくないな。失敗失敗。
まあどうせ同級生に見られることはないからその辺の心配は必要ない。だって同級生がいないから。
しかしそっか、今の私って一般的に見たら高校生なのか。16歳なら普通そうだよな。高校行って、友達作って、部活して、勉強して、恋愛して、下着姿撮られて5万貰う仕事なんてそもそも受けないんだろうな。
私は色々あって灰色の青春を送ってたからな。ってか16歳の頃ならもう働いてる時か。突然社会に放り投げられ、波に攫われるクラゲみたいにフラフラしてた。今も似たようなもんか。
「高校かぁ……」
なんとなく漏れた、小さな呟き。
それが友人の耳に届いていたなんて、今の私は気づくはずもなかった。




