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松浦さんと会ってから一ヶ月ほどが過ぎた。
寧々のパパ活を巡る騒動は収束し、その後のトラブルもなく寧々は至って普通の学校生活を送っていた。
そしてそれは私も同様。一ヶ月も経てばJKが板に付いてきて、最近なんかは寧々とタピオカを飲んだくらいだ。
寧々は「懐かしぃ~」なんて言いながら飲んでいたが、まったく何を言っているのだか。これは今流行最先端の飲み物なんだろう?
そんな相も変わらずおとぼけな寧々だが、彼女にもちょっとした変化はあった。
その変化が顕著に見えたのは、例の一件からすぐのこと。
◇
約一か月前のとある平日、朝のホームルーム前のこと。
「見て見てぇ~リッちゃん! カラコン変えたぁ~可愛い?」
あれからすっかり元の調子を取り戻した寧々は、溌剌とした笑顔を絶やさずにいる。
朝の短いホームルーム前の時間でも、授業の合間の5分休みでも、尻尾を振って近づいてくる。
私の机に顔を乗せたその大型犬は、ピンクのカラコンを拾ってきたボールのように目をキラキラさせながら見せてくる。
「これ以上ピンクになってどうすんのさ」
髪やカーディガンだけじゃなくて、筆箱といったちょっとしたものまでピンクに統一している彼女だ。ペー〇ー夫妻の娘なのかコイツ。
「いいじゃぁん、ピンク好きなんだもんっ。んでんで、可愛いのどうなの?」
ひょいっと私の膝の上に乗り、寧々はよく見えるように顔を近づけてくる。
というかちょっと近すぎる。ほぼキスの距離感だ。それに体の密着率も高い。
元から胸を勝手に揉むようなスキンシップの激しいヤツだったが、ここまでだっただろうか。
「かわいいかわいい。だから降りて、重いから」
「リッちゃんひどぃ~。重くないもん」
「林檎何個分?」
「うぅ~ん、ふたちゅ♡」
両手で指ハートを2つ作る寧々。あら可愛い。
「1つ30キロの林檎とは随分デカイね」
「60もないよっ! リッちゃんの意地悪ぅ」
不貞腐れながらも、寧々は膝に乗るのをやめない。むしろ更に引っ付いてきている。
マーキングのように抱きついて身体をスリスリしてくるのは、何かの意思表示なのだろうか。
「というか寧々、私の呼び名変えたよね。なんで?」
気づいたらムゥちゃんからリッちゃんに変わっていた。凛子だからリッちゃんなんだろうけど、ムゥちゃんと大差ない呼び名な気もするんだけど変えた意味ある?
「リッちゃんは友達じゃん。友達は名前で呼ぶものでしょ? だからリッちゃんなのっ」
「今までだって友達だったでしょ?」
「そうだけどそうじゃないのぉ~」
「……?」
よく分からないが彼女なりのこだわりがあるようだ。まぁ呼び名はどちらでもいいから好きにさせてあげよう。
「おはよう、ございます。井村さん」
そんな時、ピンクの犬だけでなく長毛の犬まで近づいてきた。
前髪で顔を隠した赤嶺くんが、長い髪をふわりとさせながら会釈をする。
デートの日以降、赤嶺くんから挨拶をしてくれるようになった。
彼からしたら大きな進歩である。こっちの子はピンクの子と違ってシャイなのだ。
「あっ、おはよ、赤嶺くッ――」
グイッと体を強く引き寄せられた。
膝の上に乗った寧々が強く私を抱き留め、私は彼女の胸元に顔を押し付けられる。
ピンクのカーディガンからはバニラのような甘い香りがした。
「あっ、磯塚さんも、おはようござ――」
「苗字で呼ばないで」
「え、えっと、じゃあ、寧々さ――」
「名前でも呼ばないで」
「なら、どうすれば……」
先程の甘えるような声が一変、ツンケンした態度で寧々は赤嶺くんを突き放す。
元々絡みのない二人ではあるが、特段仲の悪いイメージはなかったはずなんだけど。
というよりも、一方的に寧々が嫌っているように見える。まるで縄張りに入ってきた外敵に向けるような目をして、ガルガルと牙を剥き出しにしている。
「コラ寧々、赤嶺くん困らすな」
私は抱きついてくる寧々を引き剥がす。
「えぇ~だってぇ……」
「だってじゃない。ごめんな、赤嶺くん。コイツちょっと天邪鬼なトコあって」
「あっ、いえ、全然」
「ガルルぅぅ」
「だから睨むなって」
「あはは……」
低く唸り睨みつける寧々の視線に、赤嶺くんは乾いた笑いで場を誤魔化すことしかできないようだった。
寧々のヤツ、こんなに他人を排斥するような性格だっただろうか。
赤嶺くんに限らず、私に声をかけてくる人にはほとんど唸って威嚇している。担任の先生にまで牙を剥く始末だ。
なんというか縄張り意識が高くなったような、独占欲が強くなったようなにおいを感じる。
他人に対してあまり褒められた態度でもないし、何より私の友達同士には仲良くして欲しい。友達の友達は友達というじゃないか。
そんなちょっとした周囲の変化と、ちょっとした苦悩を抱え、私の高校生活はゆったりと過ぎていった。
そんな毎日が続き、現在。10月上旬、校庭の木々の葉が橙色に色づく時期に、学生ならではの一大行事が催される。
――文化祭。学内に、祭りの足音が近づいていた。




