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咄嗟には、言葉が出なかった。
今、彼女は、なんて言った?
聞き間違いかもしれない。そんな気がする。
だからもう一度尋ねた。
「なんて……?」
喉に声が引っかからないよう慎重に尋ねた。
「パパ活だよっ」
聞き間違いであって欲しいという僅かな希望は潰えた。
あまりにもハッキリと、堂々と言われた。そのことに度肝を抜かれ、次の言葉が簡単には出てこない。
「半年くらい前から始めてるんだぁ。お金貰えて~楽しくお喋りもできるんだ~」
陽気に話す寧々に反して、私は脳がサーっと冷たくなる。日常会話ではならない体の変化だ。崖際にたったような緊張感で味わう非日常的な感覚だ。
「あっもしかしてパパ活知らない?」
「いや、知ってはいる」
知っている。だからこそこんな反応なのだ。
「……確認したいんだけど、セックスはしてないよね?」
これは好奇心で聞いてるんじゃない。それは踏み越えては行けない一線の話だから、確認しておかなければいけないことだ。
「あっうん、そういうのは全部NGにしてるぅ。あくまで楽しくご飯食べてお話するだけだから安心して」
不幸中の幸いだ。けど安心はちっともできない。
これは本当にダメだ。絶対にダメなことだ。
「だけどね、クラスの子はそうは思ってないみたいなんだぁ。み~んな裏ではネネのことビッチとか言ってるし、男子とか頼めばヤラせてくれるとかウワサ流してるんだよ? サイテーだよねぇ」
「でも! ムゥちゃんは違うもんねっ。だってネネと同じだもんっ! 周りになんて言われてもこれは『お仕事』なんだから気にすることないよねぇ~」
「ネネはネネのやりたい事やってるだけだし、後ろめたい気持ちなんてなぁ~んもないもんね。ムゥちゃんのお仕事だってそうでしょぉ?」
「それに大人の男の人と話すのってすっごく楽しいんだよっ。だってね、ネネの話なんでも嬉しそうに聞いてくれるんだぁ。ご飯もすっごい美味しいとこ連れてってくれるし、お金だってたぁ~くさん貰えるんだよっ」
「だからさ、ムゥちゃんも一緒にやろっ! ムゥちゃんと一緒ならもっともっと楽しくなるよっ。んふふ~っ、そうすれば学校の外でもムゥちゃんと一緒だし――」
「寧々」
「んぅ? なになにムゥちゃん?」
「――今すぐそれやめろ」
無遠慮に切り捨てた。一切の付け入る隙も与えない程、強く拒絶した。
「え……」
寧々の顔から笑顔が抜け落ちる。
きっと思いもよらなかったのだろう。寧々は今裏切られたような気持ちでいることだろう。
だけどこれは、絶対に肯定してはいけない。他でもない寧々の為に。
「な、なんでさ? ムゥちゃんだって言ってたじゃん、周りの人なんてどうでもいいって」
「そんなこと言ってない。ただ線引きをしてるって言っただけ」
「一緒じゃん。他人よりも自分が大事ってことでしょ。違わないよね? 他人のことなんて気にするだけ無駄だって!」
寧々の頭に血が登っている。捲し立てるような口調がその証拠だ。
「それは曲解だよ」
私はただ分別してるだけ。周囲の目を無視することもあるが、全てに対してそうだって訳じゃない。
だが今の寧々は違う。この子は分別してるのではなく、他人の全てを拒絶している。
「キョッカイ? なにそれッ、むずかしい言葉使わないでよッ!」
マズイ、ヒステリックになってる。
「間違って理解してるってこと。寧々の話と私の話は別物なの」
「なんで? 同じ『お仕事』じゃん!」
「仕事でも善し悪しが違う」
「ネネのは悪いっていうのッ!」
「そうだ」
「――ッ! なんでぇ……なんでそんな酷いこと言うの……ッ!」
寧々の青い瞳が涙ぐむ。千切れそうな上擦った声であった。
「何が悪いのさッ? ネネ、ただ楽しく『お仕事』してるだけじゃんッ……」
「寧々、アンタがやってる『お仕事』ってのは――色んな人間を傷つけることだ」
寧々には分からないかもしれない。私の言葉は届いていないかもしれない。
けどここでハッキリと否定する。最悪なのは、私が肯定してしまうことだから。
それで寧々が助長すれば、取り返しがつかないことになるかもしれない。
私は友達がそんなことになるのは見過ごせない。
寧々がしてる仕事ってヤツには、色んな人を傷つける。それは寧々がまだ子供であるから。世間という他人が存在するから。
そしてその色んな人の中には、寧々自身も入っているのだ。
「ッ!? ムゥちゃんは、違うと思ってたのにッ……、ネネと、同じだと思ってたのにッ……!」
怒りと悲しみで感情がぐちゃ混ぜになったような表情。寧々のそんな顔は初めて見た。できることなら、見たくもなかった。
「っ、待って!」
走り去る寧々の背中を呼び止めたが、引き止められはしなかった。
私の言葉に効果はなかったかもしれない。伝えたいことも伝えきれていないが、私の言葉がこれ以上響くことはないような気がした。
それでも、私の言葉でどうか思いとどまって欲しい。そう願うことしかできない。
しかし、その願いに相反するように――寧々は明日、学校に来なかった。




