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「あ゛ぁァ、頭イタぁ……」

月曜の朝、陰鬱な平日の始まりに拍車をかけるように、寝癖のついた雪乃はガラガラの声で愚痴を零す。

「おはよう酔っ払い。酔いは覚めたん?」

一足先に制服に着替えていた私は、頭を抱えた雪乃を尻目に食パンを口に詰め込む。

「あぁ、うん、でも死ぬほど二日酔いだわ」

「だろうね」

あんだけ飲んでいれば当然だ。急アルで倒れなかっただけまだ幸いと言えるくらいの飲酒量だったからな。

「味噌汁いるか? インスタントだけど」

「最高、ジョッキで持ってきて」

ゾンビのような足取りで雪乃は食卓に腰掛ける。私は要望通りジョッキに味噌汁を注いで提供してやると、雪乃はそのまま酒のように味噌汁を煽いで見せた。

「ぷはぁっ~! あぁ生き返るぅ、五臓六腑に染み渡るわ」

「酔い潰れんのは今日こっきりにしてよな。ベッドに運ぶのとか大変だったんだから」

「債務者の居候が随分と言うじゃない」

「2万ならちゃんと返したじゃん」

「私の5万でね。――あっ、それで思い出した。凛子が撮ったあの写真あるでしょ」

「あれがどうかしたの?」

「雑誌の告知として会社のSNSに使わせてもらったから」

「事後報告かよ」

まぁいいか。どうせ雑誌に乗れば全国で公開される写真だ。遅かれ早かれだろう。

――と、それで話が終わりだと思っていた。

「それがなんだけどさ、今すごいバズって10万いいねまでいってんだよね」

「…………は?」



雪乃の会社はそもそもが大手会社である。

女性ファッションやコスメなどを数多く排出しており、独自のブランドを堅実に作り上げている実績がある。

だからこそ、その会社が運営するSNSにもそれなりのフォロワーがいて、それなりの閲覧数やいいねが保証されているのだ。

新作の発表があれば1万いいねもザラにあるし、調子のいい時にはトレンドに乗ることもある。

故に今回のバズも、調子が良かったと理由づけられるものだと思っていたのだが、雪乃曰く今回はバズり方の『種類』が違うらしい。

【 ネットで見つけたエ〇過ぎる写真あげてけwww 】

というネット掲示板に掲載されたスレッド。匿名の人間が好き勝手に、ネットで蔓延したエロい写真を投稿する中で、私の写真もその中の一枚に加えられてしまったのだ。

その投稿が小さなスレッドで人気になり、ある人が私の写真の投稿に対して、読むのも悍ましい変態コメントと一緒に引用リツイートをした。

それがバズった。そして相対的に私の下着姿もバズってしまった。

本来は女性雑誌の隅で細々と映し出される程度の写真が、なんの間違いかネットという社会に大看板で飾られてしまったのである。

女性ファッション誌だけなら見る人もほとんど女性だ。しかし今回は股間の盛り上がった男たちが写真を拡散している。

だから、いつもとは『種類』が違う。いいねボタンを押しているのが女性よりも男性に多く、下着目当てではなく下着『姿』目当てで注目されていること。それが大きな違いだ、と雪乃は言っていた。

まぁ私の感想としては、どうでもいい、といったところだ。

多少の羞恥心はあれど、まあ金貰って仕事としてやったことだしいいか、という割り切りで公私区別している。

これで雪乃の会社がより話題性を得たならむしろ良いことだろう。バズりの謝礼金として雪乃から10万も貰えたし万々歳だ。

だがまぁ、困ったとは言わずとも少し煩わしいことがあるとすれば。


「なぁなぁ、この写真って井村ちゃんだよな?」

ボウリングの一件で顔見知りになったお調子者こと新田くんが、私が教室に入って席に着くなり突然尋ねてきた。

見せてきた写真は予想通り例の投稿写真である。

ネットというのは年代や性別の垣根も超えた話題を運んでくる。それ故に、私のクラスメイトにすら写真が見られてしまっているのだ。

「あぁうん、そーだよ」

ここまでしっかり顔が写っていたら言い逃れもできまい。しらばっくれずに堂々と言う方が余計な波紋を生まずに済む。

「えやっぱそうなん!? 凄いじゃんめっちゃバスってんじゃんコレ! グラビアアイドルなったの?」

「いやいや違うよ。ただの下着モデル。知り合いに頼まれてやっただけだから」

「なにそれカッコよっ! 俺雑誌出たら絶対買うから!」

「女性ファッション誌だぞ、買ってどうすんだよ」

呆れて苦笑いするが、こういう反応なら別に不快ではない。

不快感があるのは、この会話を遠巻きに聞いて下劣な会話に花咲かせるお猿さん共と、侮蔑と嘲笑で見てくる女子の視線である。

多感な年頃の連中だ。同級生の下着姿がネットに上がっていれば話のタネとしては大盛り上がりだろう。

だが話の肴にされる方は気分が良くない。それがちょっと煩わしい要因である。



昼休み。クラスメイトの好奇の目がうざったく、私は人気のない特別教室前の渡り廊下に避難していた。

窓から見えるグラウンドでは男子がサッカーに興じていたり、木陰の下でカップルがイチャイチャ昼飯を食べていたり、それをただ呆然と眺めていた。

そしてその隣には壁にもたれ掛かり地面に座るピンク頭がいた。

「うひゃ~、もぉ12万いいねもいってるよ。ネネも1回これくらいバズってみたいなぁ~」

寧々はスマホを片手に感心する。

「すご~、閲覧数は50万だって。50万人もムゥちゃんの裸見てるんだねぇ」

「まったく、みんな何が面白くて見てんだか」

私からすれば風呂場で見飽きた体だ。わざわざSNSを開いてまで見るもんではない。

「それはジュヨーがあるからじゃない? 世の中はジュヨーとキョーキューでできてるって言うじゃん」

「そりゃあわかるけど、そこまでの需要あるか?」

撮影の時の雪乃の言う通り、今は検索すればいくらでもエロ画像が見れる世の中だ。そんな沢山の供給がある中で、私が選ばれるだけの需要があるとは未だに思えない。

ネットの流行りには気まぐれもある。何故か理由もなく、特別な需要もなく流行になる。今回はその類いだと私は思っている。

「あるある全然あるよぉ。ムゥちゃん可愛いもん」

「私より可愛いヤツなんてこの世にごまんといるでしょ」

「ふぉーいぐざんぽー?」

「寧々とか」

「キュン♡ ムゥちゃん好き好き♡」

尻尾を振ったピンクの大型犬は、後ろから抱きついてきて私の背中に頬擦りする。この距離感の近さ、JKって感じがするわ。

「んじゃぁそれ以外なら、やっぱこのHな身体が一番の秘訣なんじゃなぁい?」

そう言って胸を揉んでくる寧々。まだ890円も未払いなのにタダ揉みしやがって。

「このHなHカップはジュヨーがあるんだよ」

「そこまででかくはねぇよ」

「けど日本人離れしてるのは事実じゃん? やっぱおっぱいなんだよ。おっぱいは何物にも勝るんだよっ」

力説しながら揉むのを止めない寧々の手を、摘んで引き剥がす。

やっぱ胸なのか。胸がでかけりゃそれでいいのかよ世の男共は。

「でもさぁ~嫌じゃなぁい? ムゥちゃん」

再び廊下に座り直す彼女は、少し改まった様子で聞き始める。

「……? なにが」

「いやぁ~なんか~、クラスの皆ムゥちゃんのことそういう目で見てるじゃん? 特に男子とかさぁ」

「まぁだよな」

そういう目がどういう目か、分からないほど鈍くはない。

男子の下劣な会話は身内話にしては声がデカすぎて教室内にいれば自ずと耳に入る。私の下着姿を見て、何を思ってどんな想像をしているのかも包み隠さず話していた。

「それって嫌じゃなぁい? ネネも『そういうこと』あったからさぁ、ムゥちゃんはどうなのかなぁ~って」

こちらを見上げるカラコン入りの蒼い瞳。いつもの寧々の瞳だ。なのにいつもよりプレッシャーを感じる。

何かを求められているような目だったからだろうか。瞳の奥に私を観察するような視線が垣間見えた。

いつもの飄々とした問いなのだが、テキトーに返してはイケナイ気がした。

「多少の不快感はあるよ。けどそんなに気にしてはいないかな」

人間社会で生きている以上、他人の目は多少なりとも気にしなければいけない。だけど私はそれに振り回されすぎないようにしている。

「私は仕事としてやったことだから後ろめたい気持ちはない。それに対してどうこういう奴に釈明する気はない。『他人』と自分はある程度線引してるつもり」

これが寧々の求めていた答えかはわからないが、私なりに正直な気持ちを答えてみた。

「……!」

青い瞳がキラリと光った。

「やっぱ、おんなじだ。ムゥちゃんってネネそっくりっ」

寧々のニヘラと笑うその顔に、安堵と喜びが混在して見える。

はぐれたオオカミが、やっと仲間を見つけたようだった。

「まっ、お互いクラスで浮いてるしな」

「ンフ、確かにねぇ」


寧々は脚で反動を作りその場で立ち上がる。

「――ネネも実はね、『お仕事』してるんだ」

話の見えない切り出しに、私は小首を傾げる。

すると寧々は少女らしい純真無垢な笑顔を私に向けた。


「ムゥちゃん――〝パパ活〟って知ってる?」



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