表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

1

フリーター、夫なし彼氏なし貯金なし、趣味はパチンコ、主食はタバコ。アラフォーに片足突っ込んだ女。

井村 凛子、それが私である。

「マジかよ」

タバコ臭いワンルームの賃貸マンションの一室で、私は言葉を漏らした。

鏡に映るピチピチの肌に、小皺のない顔、垂れてないハリのある乳。

それは紛うことなき私であると同時に、私ではなかった。

34歳の秋。


朝起きたら、16歳になっていた。



体が若返っていることに気づいて、私はまず古くからの友達の家を訪れた。

「うわ、マジだ」

「だからそうだって言ったじゃん」

玄関先、私の姿を見たソイツはプチ整形によってぱっちり二重となった目を丸くした。

30代とは思えない艶のある髪、小綺麗な純白のバスローブを纏って現れたコイツは、私の古くからの友達である勝島 雪乃だ。

「とりあえず上がるぞ」

タワマン24階の一室に、ヨレヨレのTシャツ姿でヅカヅカ押し入る。

コイツの部屋は相変わらず金持ちの空気がする。

名前もわかんない観葉植物に見づらい掛け時計、小難しいカタカナの芳香剤が漂う。相変わらず鼻につくような良い部屋だ。

革のソファに尻もちを着く勢いで腰掛ける。座る時「よっこらしょ」と言ってしまう自分に、心までは若返ってないんだとしみじみ思わせられる。

「い、一応確認するけど、本当に凛子なんだよね?」

雪乃は動揺の抜けきらない顔で私の隣に座った。

「どう見てもそうでしょ」

電話で事態を説明して、実際にその姿を見てもなお受け入れ難い様子であった。

「どう見てもそうなんだけど私の記憶の凛子とは違うのよ。私の知ってる凛子は、髪もボサボサで、目元のシワが目立ってたし、と、とにかくもっと小汚い感じなのっ」

「言葉ぐらいは選んでくれない? 一応こっちも非常事態で混乱してるんだから」

「こんなの実際見ても信じらんないわ。え、大丈夫なの? その、体とか?」

「それは大丈夫。むしろ調子いいくらい」

腰痛も三十肩も治ってる。10代のエネルギッシュな体に戻ったんだ。

「それはよかったけど、病院とかは行っといた方が--」

「行ってなんて説明すりゃいいのさ」

朝起きたら若返ってたと自称する34の女だ。いや今は見た目10代か。いやいやだとしてもヤベェやつだ。

赤の他人の医者から見ればきっと私はそう映る。だが、中学からの友達である雪乃なら私の身に起きた異常事態を受け止めてくれる。そんな思いで彼女の元へと訪れたんだ。

「まぁそれはそうだろうけど、私じゃ力になれないわよ」

「知ってる」

「私はただの年収6000万のバリキャリ美人社長でしかないのよ」

「クソムカつくけど知ってるわ」

雪乃の天井を突き抜けそうな程の自信に、せっかく無くなったはずのシワをおでこに作る。

「私には荷が重いわよ。まず親に電話しなさいよ」

「したってどうしようもないわ。十年以上も会ってないんだし」

「だとしても報告ぐらいしなさいよ。私に言うより先にさ」

「結婚じゃないんだから。第一なんて話せばいいわけ?」

「正直に言えばいいのよ。朝起きたら10代に戻ってたーって」

「イタズラ電話だと思うでしょそんなの」

「信じないなら顔見せてあげればいいだけでしょ」

「私のお母さんもう今年で70よ? 今の私見たら倒れるわ」

「その気遣いはできるのね」

雪乃は眉間を抑えて、深く溜息をつく。かれこれ20年近い付き合いである雪乃が、これほど動揺している姿は初めて見た。

「マジでヤバいわね。ホントどうすればいい?」

「私がそれを聞きに来た側なんだけど」

「ってか仕事は? その姿で大丈夫なの?」

「いやぁどうだろ。流石にクビ切られるかな」

「今はバーテンダーだっけ。そりゃあその見た目じゃあ続けられないでしょうね」

「また無職かぁー、やばー! しばらくパチンコ断ちか~! 死ぬぅ~!」

「今日一番の動揺をパチンコ断ちで見せないでよ。あとどのみち行けないから」

「行けるでしょ。見た目は子供でも頭脳は大人なんだから」

「私が止めるから無理よ。大人しく殺人事件でも解決してなさい」

パチンコ禁止令に私は不貞腐れ、デニムパンツのポケットに入れたタバコを口に咥える。嫌なことを忘れさせてくれる便利なお薬だ。これがないと生きていけない。

「タバコも禁止っ」

「ハァ!?」

咥えたタバコをひったくられ、思わず大きな声が出てしまう。

「10代になったんだから当たり前でしょ」

「いやマジでそれだけは勘弁して。私の主食なのそれ。それないと生きていけないの」

「ニコチンより米食いなさい、日本人なら。せっかく清涼な口内環境取り戻したんだから維持しなさい」

厳しい雪乃ママからのお叱りに私は項垂れるしかできなかった。

最初は若返ってちょっとラッキーとか思ってたけど、実際クソだわ。いい事なんて一個もない。若返りなんてクソよ。

「それに凛子はパチンコとタバコのことより考えることがあるでしょ」

「そんなもんこの世にない」

「あるの! 将来のこととかお金のこととか! 明日から無職でどう暮らす気? 新しいバイトするにしてもその姿で面接って行けるの?」

「求人サイトで若返りOKのとこ探す」

「ふざけてると二度とお金貸さないから」

「それはホントに困る」

雪乃は私の命綱なのだ。もし縁を切られたら私は落ちていくだけだ。それはタバコとパチンコを断たれるのとはわけが違う。

「ならちゃんとしなさい」

「つまりちゃんとすれば貸してくれるってこと? 実は今電気止められそうで--」

「嫌。今回は貸さない。前の2万も返してもらってないんだから」

「お願いします靴舐めますから」

私は地面に膝をつき、雪乃様の足に擦り寄る。

「もういいわよ。お陰でうちの靴は全部ピカピカよ」

「ホントにちょっとでいいから! すぐに返すから!」

「消費者金融ブラックリストのアンタの言葉が信用できるとでも?」

「今はちゃんと返したから!」

「私が立て替えたからね」

「そこをなんとかお願いします!」

「絶対に貸さな--いや、待って」

ふと雪乃が顎に手を当てた。これは何かを思いついた仕草だ。高校時代、社会人時代、よく見た仕草である。

「な、なんだよジロジロ見て……」

私の体の上から下まで、じっとりと舐めるように見てくる。

「いーや、随分と可愛くなったな~って思って。元から素材は良かったのに色々残念なところが多かったし、何より歳が行き過ぎてたからね」

急なおべっかに嫌な予感がする。まるで私を乗せようとしてるみたいな目だ。

「何が言いたいわけ?」

「いやね、ちょっと今少し困ってることがあってね。今の凛子になら適役だと思うの」

「……?」


「5万貸す、いやあげるわ。勿論、頼みを聞いてくれたらねっ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ