黒幕の話 その①
「何にせよ、信用してもらえたのは良かったと思っている」
コウは椅子に深く座り直した。
そして、ふと思いついたようにニヤリと笑う。
「……それに、僕も真っ二つにされて冥界に落ちたくなどないからな」
アイリスは微笑んで目をつぶり、両手のひらを肩のあたりに挙げてみせた。
「もう、コウ君を討とうなんて思っちゃいないよ」
「わからないぞ? 僕が黒幕であるという可能性は捨てきれない」
「あっはは!」
声を出して笑い、アイリスは顔をしかめ、ベッドの上で身を折った。コウが腰を浮かせる。
「~~~~ッッ」
「大丈夫か?」
「いや……あいつの魔法はまだ効いてるみたいだね」
コウは短杖を取り出す。アイリスは手のひらを差し出して押しとどめた。
「いいよ。もう今日の分の治療は終わったんだし」
「……無理するなよ」
短杖を振り、コウは部屋に《静寂》の魔法をかけた。暗紫色の光が周囲に散り、部屋の壁に当たって拡がっていく。
「……用心深すぎない?」
「ねんのためだよ。ちょっと慎重な扱いを要する話になりそうだしな」
「たしかに」
「壁もあるし、《静寂》は最弱に設定しておいた。もともとこの魔法はそんなに得意でもないけどな」
以前、メタルゴーレムを倒した後だったか、祭りが行われた夜にコウが《静寂》を使ったことがある。
あの時は祭りの喧騒すら完全に遮断されていた。この男の自己評価は、だいぶ割り増して受け取ったほうがいいかもしれない、とアイリスは思う。
*
「さて……どっから話そうかな。疾風怒濤が壊滅した後でいいか」
ベッドの上で、アイリスは腕組みをし、あぐらをかいて座り、うつむいて過去を思い出しながら語り出す――
*
パーティーが壊滅した後、私はギルドマスター試験を通り、同時期に《魔力探知器》も入手した。
ギルマスの試験勉強は実はかなり前からやってたんだけどね。まぁそれはともかくとして。
その後、私はあの「地下狂皇庁」にもう一度潜った。手がかりを探るためと、あの忌々しい召喚陣がまだ機能しているなら、それを消しておかなきゃならないからね。
私はコウ君みたいに他人のことを考えるタイプではないけど、それでもあれを放っておくわけにはいかない。
「地下狂皇庁」は例によって、ほとんど魔物が出てこなかった。最深部までたどり着き、あの玄室に入ると、そこももぬけの殻だった。
一応、ソロとはいえフル装備で挑んだし、バカ高価い《帰還》の巻物も用意しておいたんだけどね。あ、巻物はまだ持ってるよ。
例の召喚陣はほとんど消えかけていたよ。
まぁ、魔法陣の類って、魔力インキで描いたとしてもすぐに消え去るよね。つまりあいつが同じ場所で召喚される可能性は、放っておいてもほとんどなかったということになる。そこは良かったと思う。
他に手がかりはないか、私は部屋の中を探した。
すると、玄室で最初に疾風怒濤に襲い掛かってきた吸血鬼たちの遺して行ったものが見つかった。
*
「覚えてる? 私たち疾風怒濤が、あ、この『私たち』っていうのは旧疾風怒濤って意味だけど」
「わかってる、大丈夫だ。最下層の玄室に入った時、屍人あがりの吸血鬼が襲ってきたことだろ?」
「そうそう、よく覚えてたね」
「記憶力は良いほうなんだ」
そこで、とんとんとノックの音が響く。
「どうぞ」
「失礼します」
ガチャリとドアを開けて、大量の料理が載った木のトレイを持ったおさげの少女が入ってきた。
「旦那様、」
「リサじゃないか、どうしたんだ」
「まさかいらっしゃるなんて。声が聞こえなかったものだから、てっきりアイリスさん一人だと思ってました」
もちろん、声が聞こえなかったのは《静寂》のせいだが、リサがそれを知るよしもなかった。
リサは部屋に入ると、お尻で扉を閉めた。
「私も、なにかお手伝いがしたくて。なにしろ、村を護って……いや、世界を救ってくださったのは旦那様とアイリスさんですから」
「またそんな……リサちんまで司祭様みたいなことを言うんだから」
「そうです、司祭様がそうおっしゃってました」
「参ったね」
リサがトレイの置き場所に一瞬迷うと、コウは立ち上がり、サイドテーブルの上を片付ける。《魔力探知器》をアイリスに渡し、三つの冒険者タグは、迷ったが自分の懐に入れておく。
「ありがとうございます、旦那様」
「ずいぶん豪勢な食事だな」
「私も手伝ったんですよ。お祭りの日の生贄の肉を残しておいたんで」
トレイの上には、あきらかに普段とは違う豪華な料理が、溢れんばかりに載せられていた。
村で普段よく食されるニンジン入りのスープと、一本ずつ小分けされた骨つきのあばら肉の香草焼き。
様々な具材の入った、切り分けられたパイ。精製された粉を使った白いパン。
干した果物も二、三個。
「あ、それと」
と言ってリサはぱたぱたと足音を上げて部屋の外へ行き、すぐに革袋と木のコップを持って戻ってくる。
「ぶどう酒もあります」
アイリスは苦笑した。コウは腕組みをして驚く。
「ほとんどお祭りじゃないか……」
「実際、昨日までお祭りでしたから。アイリスさんはずっと寝たきりだったので、食材を取って置いて後でお料理を持って行こうってみんなで決めたんですよ」
「ありがとうリサちん、でも、ちょっと喉を通るか心配だな」
「食べられるものだけ食べてくださいね」
リサはコウとアイリスを見比べると、何か言いたげにしていたが、
「えっと、じゃあ私はこれで……」
「リサちんもここにいていいよ」
アイリスがリサを引き留める。
「いいんですか?」
「いいのか?」
コウとリサが同時に声を出し、顔を見合わせる。アイリスは苦笑した。
「いいって。リサちんはコウ君の身内だしね。なんでもかんでもしゃべってまわるようなタイプの子でもない。後学のためにも聞いてってよ」
アイリスはひらひらと手を振り、サイドテーブルの上を見て、白いパンを取る。ぶどう酒を木のコップに注ぎ、パンを浸して一口かじる。
そして話を再開する。
*
さて……「地下狂皇庁」最深部の吸血鬼たちだね。彼らは冒険者だったり野盗の類だったりには見えず、職人か何かみたいな服を着ていた。
最初にその吸血鬼たちに遭遇した時、服装の違和感が強くてね。印象に残ってたんだ。そんなわけで、私は彼らの痕跡を探した。
程なくして――見つかったんだよ。塗装工ギルドのタグが。
タグによって職能を表示するのは冒険者ギルドが始めたことだけど、他のギルドにも広まっててね。
そのタグは、塗装工ギルドのとある親方の下にいる職人であることを表していた。
それ以上の手がかりは見つからなかった。
ダンジョンを出た私は、その足で塗装工ギルドへと向かった。
*
アイリスは、首都内にある石造りの三階建ての大きな建物――市庁舎に、塗装工ギルドの親方を訪ねに行った。
あんのじょう、その親方は失踪していた。その下で働く職人たちも全員含めて。




