復讐という動機
「黒幕について」
アイリスはコウの言葉を繰り返す。
コウは椅子に深く座り直し、脚を組んで、腕組みをしてうなずいた。
*
ベッドの上で身を起こし、アイリスはため息をついた。
「さて、どう言おうかな。いつか言わなきゃいけなかったんだけど」
「言いづらいことか?」
「……まぁ、私がなにかやましいことをしたわけじゃない。でも、ちょっと言いづらいね」
「それは……この僕にとって都合が悪いということか?」
アイリスはコウを見やる。
「コウ君は、後ろ暗いところがない人だ」
「…………」
「隠しごとはあるみたいだけどね」
コウは顎を引き、硬い声で問う。
「……僕の名前に関わることか?」
アイリスはコウの顔を見る。あくまで無表情だが、そこにはやましさや後ろめたさがあるようには見えない。
「君の故郷のことは、たぶん関係ないよ」
「たぶん?」
「そこはよくわからないんだ」
コウはやや上目遣いに、まっすぐアイリスを見つめた。
「コウ君の故郷は、北のほうの、山の中の小さい国だよね」
「……ああ」
「この国とは、あまり交流がない」
「国交がないわけではない、くらいだな」
「そして、この件――つまり、私たち疾風怒濤が『地下狂皇庁』で壊滅することになった依頼には、コウ君の故郷の人たちは関わっていない」
コウは椅子の背もたれに身を預けた。そして、
「この僕を除いて、だろ?」
アイリスは左右非対称の奇妙な表情を浮かべる。笑おうとしたが、うまく笑えなかったような顔だった。
「さすが、察しがいいね」
「……君はギルドマスター資格者だ。依頼に関わった者の素性は、ギルドの記録を参照してすべて見ることができる」
「うん」
「だから、誰が依頼を出したかなんてことも君の目からは丸見えだ」
「…………」
アイリスは目線を落とす。それを見て、コウが口を開いた。
「アイリス、君の口からは言いづらいだろうから、僕が言ってやる」
「……どうぞ」
コウは組んでいた脚をほぞき、腕組みも外した。
そして前のめりになって両手の指を組む。
「つまりこうだ。疾風怒濤の壊滅には、僕が元いたパーティー・桜花騎士団が関わっている」
「……………………」
「そうでなければ、疾風怒濤の仇討ちという動機を持った君が、わざわざこの山奥の村まで僕を訪ねてくるわけがない。違うか?」
*
「……さすがだ。よくわかったね」
「わかるさ、そりゃ」
コウは再び椅子に深く腰掛けると、脚を組んで腕組みし、首を少し傾げる。
「ここは平和な村だ。そりゃ、昔はドラゴンみたいなやつが棲んでる洞窟とかがあったかもしれない。古代のある時期には、空からゴーレムが降ってきたかもしれない。だけどそれは昔のことだ。何百年前のことかもわからない」
「冒険者ギルドすら無かったくらいだしね」
「そうだ。ギルドの支部も出張所も無かった。普通、このくらいの村には、近隣のギルドから職員の一人も派遣されているものだ」
「でも、この村にはギルド職員は駐在していない。冒険者に依頼などがある際は、山を下りて麓の村まで行くことになる」
「往復二日はかかる道をな」
「そのくらい平和な村だってことだよね」
コウは腕組みを外し、手持ち無沙汰を紛らわせるように手のひらを揉んだ。
「それなのに、どうして君みたいな復讐の動機を持った者が、そんな平和な村に来る? しかも冒険者パーティーを追放されたばかりの、元冒険者を訪ねてだ」
「……たしかにね。考えてみれば不自然すぎたな」
「一応、僕もAランク冒険者だ。ランクが下がってなければの話だが」
「一回追放されたくらいだと下がらないけどね」
「だが、ただのAランク冒険者をわざわざ勧誘しにこの山奥まで来るというのは、動機としては弱い」
「…………」
「つまり、疾風怒濤が壊滅した事件に何らかの形で桜花騎士団が関わっていると知った君は、桜花騎士団をつい先日追放されたばかりの僕にこれ幸いと接触することにした」
コウは俯き、少し考えるように間を置く。
「……はっきりと言ってしまえば、君は復讐のためにここに来たわけだ」
*
「そう。私は復讐のためにここに来た。疾風怒濤を壊滅させたのは誰か、それを追って、桜花騎士団という手がかりを得た。そして、桜花騎士団を追放されたコウ君に、まず接触することにした」
その先を促すように、コウはアイリスを見つめる。
ばつの悪そうな顔で、アイリスは鼻の横をぽりぽりと掻く。
「……まいったね。わかったよ、ちゃんと言うよ。私はコウ君――冒険者コルネリウス・イネンフルスの居場所を突き留め、もし彼が私のパーティーをはめたのだとしたら、まず最初に討とうと思って近づいた」
コウはため息をついた。
「まかり間違っていたら、僕は君に真っ二つにされてしまっていた可能性もあったわけだな」
「……ごめんね、ちょっと言い出せなくて」
苦笑して、コウはアイリスを見やる。アイリスも苦笑し、部屋の空気が少し和らいだ。
「いつから僕を生かしておこうと決めた?」
「それはちょっと言いすぎというか乱暴すぎるけど、まぁ……あの金属製のゴーレムと戦った後くらいからかな」
「ずいぶん早くに信用してくれたわけだ」
「そうだね。あれで君がどんな人かわかった」
「どんな人か?」
「君は村人のために戦った。小狡い言い訳をして、戦略的撤退などといったようなことは言わなかった。少なくとも君は善人だ」
*
「それにあの時、君は私のことも最初から戦いの頭数に入れていた」
「? そうしなければ、我々は全滅していただろうからな」
「そこだよ」
ぱちん、とアイリスは指を鳴らす。
「そことは?」
「あの時の私は、この村に来たばかりの冒険者だ。まぁ今だって来たばかりかもしれないけど……ゴーレムが出た時は文字通り来たばかりだった。一日か二日しか経ってなかったよね」
「たしか二日目だったか」
「まだ私が、どんな冒険者かもわからない」
「……そりゃ、言われてみればそうだな」
「それなのに、突如として現れたゴーレムという異変に対し、君は躊躇なく私を巻き込んだ」
コウは眉をひそめ、顎に手を当てる。
「もしかして迷惑だったか?」
「迷惑とか迷惑じゃないとかいう話じゃないんだよ。客観的に見れば、巻き込まれる側はいつだって迷惑なんだからね」
「……たしかに」
今度はコウが、少しばつの悪そうな顔をして耳の後ろあたりを掻いた。
「私が言いたいのはねコウ君、君が『村に滞在している冒険者はこういう場合、村人のために戦うものだ』と判断したこと。そして、私も当然そう思っており、もちろん協力するだろうと信じていたことなんだよ」
アイリスは微笑して言った。
それは自信ありげな、いや、どこか自慢げな笑いだった。
「そんな人間が、誰かを雇ってダンジョンの奥深くに古代の魔法陣を設置し、魔神を召喚してまで他のパーティー全滅させようとするかね?」




