メタルゴーレム その③
メタルゴーレムの回転攻撃に跳ね飛ばされたコウとアイリスは、あらかじめ自分に付与しておいた《雲踏》で体勢を立て直し着地した。
《防御》も働いておりダメージは軽減できている。アイリスはとっさに大剣でゴーレムの拳を受け止めたようで、さほど効いていないようだ。
――あの小柄な体格で、巨大と言ってもいい剣をよく振り回せる。
コウは死地とも言える戦闘のさ中、場違いにも感心した。だが、もちろんそんなことを考えている場合ではない。
――……まずいな。左腕が逝ったか。
闘いの興奮で痛みを忘れられてはいるが、前腕部の骨が砕けたか、力が入らない。無詠唱の《回復》で治療を試みる。コウはむろん僧職ではなく、精霊界とのつながりも強いとは言えず、癒しの魔法のある地属性や水属性もそれほど得意ではない。高位の司祭や熟練の精霊使いのように一瞬で骨折を治すなど不可能だ。
メタルゴーレムは、等距離に離れたコウとアイリスを交互に見やる。
「わかったことがある!」
コウは叫んだ。
「何!?」
アイリスが叫び返した。ゴーレムから慎重に等距離を取りながらだ。
「一つ! こいつはあまり頭がよくない! 同じ距離だけ離れた二つの干し草の前で餓死するロバのように、われわれが等距離であるかぎりどちらを攻撃するか迷っている」
「それは見ればわかる! 今まさにやってることだね」
ゴーレムの周りをぐるぐる回りながら、コウとアイリスが情報を確認する。
「二つ! こいつは打撃だけを武器としている! 古代の伝説にあるゴーレムのように、単眼から光線を出したり戦輪のような武器を投げたりしない」
「確かに! それがあったらとっくに村ごと全滅してたね!」
「そう、つまりこいつは力が強くて硬いだけの魔物だが、だからといってどうなるわけでもない!」
「つらいね!」
メタルゴーレムは今のところ、打撃しか繰り出しておらず、また単純な命令に従って動いている。しかし、それがわかったからといって闘いが有利になるわけではない。コウとアイリスの攻撃は通じず、しかも打撃のみとはいえ攻撃力はじゅうぶん致命的だ。
このまま回り続けながら徐々に距離を離していけば、メタルゴーレムは赤色の命令ーーすなわち「目に映るものすべてを停止させる」――を終了してくれるだろうか? いや、そんな都合の良いことはありえない。
もしコウとアイリスがメタルゴーレムの近距離索敵範囲から外れた場合、ゴーレムは行動パターンを変更しランダムに動き始めるか、もしその機能があれば広範囲を索敵するモードに移行するはずだ。そうなれば村人たちが攻撃されてしまう。
*
古びた剣を抱えて屋敷を飛び出したリサだが、まっすぐ戦場に向かうことなどしなかった。
屋敷から離れたものの、戦いの場からは離れた位置で立ちすくむ。
金属製の巨人を中心に、二人の冒険者はぐるぐると回っている。素人が見ても、二人が何らかの意図をもって距離を置きながら巨人を牽制しているのがわかる。ここで冒険者でもなんでもないただの小娘である自分が割って入っても、均衡を崩して二人のうちのどちらかが攻撃をまともに食らうか、あるいは自分自身が挽肉になる。そんなこともわからないリサではない。
――どうしよう。
勢い込んで走り出てきたが、このままでは自分の身も危険に晒すことになりかねない。それに、自分のせいでコウやアイリスの注意が削がれたらどうなるか。
――私はなんて馬鹿なんだ。そして無力だ。
抱えていた骨董品の剣を、リサは胸に強く抱いた。
ざっ――と風が吹き、リサの髪を撫でた。
*
均衡はあっさり崩れた。
メタルゴーレムは二つの干し草の前で永遠に迷い続けるロバではなかった。一定時間、均衡を保たれていた場合の命令はあらかじめ設定されていたのだろう、ゴーレムは左右を見比べ、コウのほうへ突進した。
「コウッ!」
「好都合――ッ!」
コウもアイリスも、ただ単にぐるぐると回っていたわけではない。左腕の骨折を《回復》する時間をかせぎ、そしてゴーレムに放つ魔法をフルに詠唱していた。
メタルゴーレムは両腕を振りかぶり、コウの頭上から振り下ろす。一瞬早くコウは《雲踏》の効果で高く跳びあがり、ゴーレムの致命の一撃をギリギリで躱し、何もない空中を踏んでさらに跳ぶ。《雲踏》の魔法は「跳躍力の飛躍的な向上」と「一度だけ空気を足場にできる」こと。
空中で回転しながら剣を抜き、ゴーレムの頭上を取る。長剣を逆手に構え、狙うのは頭部と首の境目――
「金属の王国の住人よ、水と大地の力により土に還れ――《緑青》」
がつん、と音がして長剣がゴーレムの鎧の境目に食い込む。握りしめた剣を中心に魔法円が二重三重に展開し、青緑色の光を放ちながら三次元に展開・回転する。金属特効の水・地属性魔法《緑青》。金属を腐食させ、土に返す魔法。
――コルネリウス・イネンフルス、あんな魔法を!「地属性は苦手だ」とか言ってたくせに。
アイリスは油断なく大剣を構えながら、我知らず笑みを浮かべた。かろうじて感じられる振動のようなうなりとともに魔法が展開し、剣の刺さった首元からメタルゴーレムの体を青緑色に染めていく。体表の魔法障壁が白い光となって剥がれ、宙に霧消していく。
だが――
「保ってくれ!」
コウが叫ぶのと長剣が折れるのは同時だった。《緑青》の触媒とし、メタルゴーレムの体表の魔法障壁を貫いて内部に腐食魔法を流し込むための長剣は、それ自体が《緑青》の影響を受け、ゴーレム本体よりも先に青緑色の屑鉄と化し、粉々に砕け散った。
――フォォォオオオオーーーン!!
ひときわ高い駆動音を響かせ、ゴーレムは動きを取り戻す。緑青をまき散らしながら肩の上のコウの足をつかみ、人形を扱うように天高く放る。
「――ッッ!!」
アイリスは息を吞んだ。首から肩にかけて青緑色に染めたゴーレムは、錆ついた自身の破片をまき散らしつつ両腕を伸ばして回転を始めた。真上に放り投げられたコウがちょうど落ちてくるタイミングで、回転の速度が最高潮に達した拳が直撃する。
鈍い破裂音があたりに響き、コウの体はまっすぐに跳ね飛ばされた。




