魔神ロクストゥス その③
アイリスは得物である大剣を展開させた。
*
その名も《画竜点睛》――
もとの大剣の剣身は縦二つに分かれ、その間に魔力の電撃が走り、その先に魔力で出来た剣身がさらに伸びている。
(神器……ッ!!)
コウは長杖にすがり、辛うじて立ち上がりながらアイリスを見た。
全身から魔力の火花が散っている。足元に、大きく開いた両足を囲うように魔法円が展開し、風が巻き起こりアイリスの髪を乱す。
腰溜めに構えた剣の、魔力の剣身から火花が飛び散っている。コウはそれを見やる。
高密度に凝集し、白熱した魔力の塊は、ほとんど物質化している。触れたものを灼き斬る魔力の刃。属性は……無属性。純粋な魔力を凝集し、物理的な力に変えている。
(なるほど、あれならドラゴンでも殺せそうだ。しかし小回りが利かない。小さな的を斬るのは、むしろ向いていない)
コウは魔神の姿を見た。
(魔神はマルグレーテの体に縛り付けられている。魔物が取り憑いた時の常として、おそらく身体能力は極限まで引き出されているはず。あの剣を当てるのは至難の業だ。そして――)
アイリスの構える大剣――神器《画竜点睛》の、もとの剣身から伸びている魔力の刃は、光り輝き振動を発している。
(あの剣身を生成し、維持するには相当の魔力が必要なはず。アイリスは魔法職ではない。つまり普段から魔力を温存し、貯蔵することができる。そのためか。)
展開された神器を見て、ロクストゥスはマルグレーテの顔で唇を歪め、嗤笑を浮かべる。
「面白いオモチャだ。で、それで剣舞でも見せてく――」
アイリスの足元の地面が砕け、放たれた一撃がロクストゥスに迫る。
*
アイリスは、ロクストゥスとの間の数歩の距離を瞬時に詰め、《画竜点睛》による横薙ぎの一撃を繰り出す。
ロクストゥスは嗤笑を浮かべたまま、身をかがめて躱す。マルグレーテの髪が数本断たれ、宙に舞う。アイリスは体を回転させ、そのまま二撃目を叩きこむ。ロクストゥスはそれをジャンプで回避。
回転の勢いをそのままに、アイリスは三撃目を叩き込む。ロクストゥスは長杖を掲げて《障壁》を発動、魔法の壁が《画竜点睛》の光刃を受け止めるが、《障壁》は瞬時に砕けてロクストゥスは弾き飛ばされる。
アイリスはそのまま二度ほど回転し静止、ロクストゥスに剣先を向けて残心する。
「……お前、前衛職か。そしてそっちの木ッ端魔道士が後衛職」
ロクストゥスは立ち上がりながら、アイリスとコウを交互に見やる。
「面倒くさいな。今はどいつもこいつも魔法を使う時代みたいじゃないか。おれの時代は前衛は前衛、後衛は後衛で役割が決まっていたものだ」
「……姉さんの記憶を読み取った割には、ずいぶんものを知らないじゃない。私のこともよくわかってないみたいだね」
ロクストゥスはふん、と鼻を鳴らす。
「当たり前だ。この肉体の記憶を読み取ったのも、お前の姉の意識が消えるまでのほんの少しの間のこと。それに、どうせ支配する定命どものことなぞ、そう覚えていられ――」
話の途中で、アイリスは瞬時に距離を詰め、横薙ぎの一撃を繰り出す。ロクストゥスはそれを跳び上がって回避。
「――ッ!! まだ話が、」
一回転して二撃目を叩き込む。ロクストゥスは宙で姿勢を制御し、剣身に掌底を合わせ、《障壁》を展開する。魔力同士がぶつかり弾け、魔神はまたも弾き飛ばされる。
*
魔神は宙で一回転し、着地する。
「チッ――」
魔神の手のひら――指の出た革手袋が焦げている。忌々しげに見つめると、その手が革手袋ごと治っていく。
「なるほどな。ずいぶんベラベラ喋ると思ったが、すべておれの隙を作るためか。さっきの大魔法の時も、」
と、ロクストゥスはコウを見やる。
「詠唱時間を稼いでいたわけだ、カビの生えて苔むした古臭い大魔法のクソ長い準備時間をな」
「そう。その通り」
アイリスは《画竜点睛》を魔神に向ける。
「そしておまえは、私たち定命の話に乗らずにはいられない。なぜなら、定命相手に口をつぐみ、本気になることなどプライドが許さないから」
ぴくり、とロクストゥスの頬が動く。
「おっ、ちょっとカチンときたか? 姉さんの体に閉じ込められているとはいえ、定命に心理を読み切られ、手のひらで踊らされていることにムカついたのか?」
アイリスはせせら笑いながら魔神を挑発する。
*
――アイリス、大丈夫か。
コウが専用回線で《念話》を飛ばす。
――大丈夫。奴が激昂してくれれば、さらに隙が生まれる。それよりコウ君、
――なんだ。
――私が時間を稼いでいる間に、次善の策の準備をしておいてほしい。
――……その剣はおとりだと?
――そこまでは言ってない。しかし、こいつを素直に力技で倒せるとは思えない。首を斬るなり何なりして倒せるなら重畳、
――そうでなければ、僕がさらなる手を打つ。
――そういうこと。
だがどうする、とコウは考える。あの魔神の桁違いの魔力と技能。マルグレーテの覚えていたであろう魔法を桁違いの強度で、しかも無詠唱で放ってくる。
そして、強化された肉体。どこをどう攻めればいい?
(考えろ、考えるんだコルネリウス……)
封印は通じなかった。次の手は、魔神を討伐したがっているアイリスには悪いが送還ということになる。だがその隙はあるのか?
送還の魔法――《暗黒回帰》か。この尽きかけた魔力で行使できるのか?
力の戻った両脚で立ち、コウは長杖を両手で握りしめた。
マルグレーテの遺した長杖が、ぼんやりと魔力光を放つ。
*
ロクストゥスは顎を上げ、アイリスを侮蔑的に見下ろす。
「勘違いするなよ、アイリス」
そして手に持った長杖をくるりと回す。
「おれは嬉しいんだよ、アイリス。獲物であるお前が、そんなに強く賢く、気高い姿を見せてくれることにな」
今度はアイリスが眉をひそめる。
「なにを言ってるの? 獣風情が。おまえのような者に、定命の気持ちがわかるはずがない」
「そうだ、神々に定命のことはわからない。だからこそ愛おしい。力無き定命がもがき、足掻く姿は何よりも尊い。そしてそんな儚い、火花のような命を踏みにじることはどんなことよりも愉しいのだ」
ロクストゥスは長杖を前に掲げる。長杖に暗紫色の、瘴気混じりの魔力が流れ込み、黒く色を変える。柄は長くなり、杖頭が邪悪な形状に変化する。
そしてロクストゥス――召喚士マルグレーテの肉体がまとっていたケープレットも長く伸び、外套ほどの長さになる。冒険者服も色が変わり、星空のような光をところどころに放つ暗黒色の装いと化す。
*
魔神は笑みのように口角を上げる。犬歯が伸び、牙状に変化している。
「お前はおれの獲物なんだよ、アイリス。あのダンジョンの最深部で召喚され、お前たちパーティーを喰らった時からな。お前が最後の一人だ」
そして、開いた口から白く曇った瘴気が吐き出される。
「おれはお前を追ってきたんだよ、アイリス」
魔神は忌々しくおぞましいしゃがれ声でそう告げた。




