メタルゴーレム その②
――フォォォォーーーーーンンン……
村の広場の中央。メタルゴーレムは起動音を発し、腕と脚を広げて戦闘態勢を取った。
コウとアイリスはメタルゴーレムの両側に走り出した。それぞれ《防御》や《雲踏》、《鋭利》などの基礎的な戦闘補助魔法を瞬時に展開する。
加えて、コウは《分析》を発動した。片眼鏡のような形の魔法円が右目に展開する。表示される情報を叫ぶように読み上げ、アイリスと共有する。
「種族ゴーレム! ランク不明、特性は物理・魔法強耐性!」
「弱点は!?」
メタルゴーレムは両側に離れた標的を見比べ、わずかに距離の近いコウをターゲットにした。そして片腕を振り上げ、
「弱点は……ないッ!!」
拳の一撃が地面をえぐる。コウは飛びすさって致命的な打撃を避け、地面を転がって立ち上がる。
引き続きコウを打ち据えようとしたゴーレムの脛に、背後からアイリスが大剣の一撃を横薙ぎに叩きつけた。ひときわ高い打撃音が鳴り響き、大剣が跳ね返る。
「――――~~~~ッッ!!」
アイリスは声にならない叫びをあげた。手のしびれをこらえて大剣を握りしめる。ゴーレムは後ろを振り返り、赤く光る単眼でアイリスを見た。
「なんて奴。今ので傷ひとつ、」
「ちょっと引きつけててくれ!」
コウが両手で複雑な印を組み、口の中で詠唱をはじめる。
ゴーレムは腕を振りかぶり、アイリスを横薙ぎに殴りつける。アイリスはその一撃に合わせ、巨大な拳に大剣を打ち付け、勢いを利用して宙に飛び上がる。
空中で、逆さになりながら胸のベルトから投げナイフを抜き、ゴーレムの顔面に投げつける。頭部の単眼とマスクのようになった口の部分の間にナイフが刺さる。
「《爆破》」
呪文をとなえると、投げナイフは爆発した。あらかじめ爆熱系の魔法を込めた使い捨ての投擲武器であり、弱点を狙えば致命的なダメージを与えられる。
空中で身をひるがえし、地面に着地する。ゴーレムの顔から煙がもうもうとあがっている。しかし――
「……まぁ、この程度じゃね」
煙が晴れて、マスク状のパーツにほんの少しだけ傷のついたゴーレムが眼を光らせる。
直後、ゴーレムの背後でコウが突き出した両手から《魔法の矢》を発射した。
その数、十本。一本一本がコウの指先と糸のようにつながっており、それぞれの色が違う。《魔法の矢》はゴーレムの背中に全弾命中、軽い音を立てて魔力の矢が破裂する。ゴーレムは上半身を回転させ、コウのほうを振り向く。当然のように傷ひとつ負ってない。
「ちょっと、手品してる暇はないんじゃない!?」
「今のは各属性の矢をフィードバックつきで撃ったんだ!」
「つまり!?」
コウとアイリスはゴーレムの周囲を走りながら叫ぶ。
「どの属性が効くか調べたんだ。今の矢は僕の指にそれぞれ紐付けてあり、それぞれのダメージの入り具合が手ごたえでわかる」
「へぇ――」
「《分析》だけじゃ細かいところはわからないからな!」
アイリスは戦いのさ中ながら感心した。コウはすべての属性の《魔法の矢》を撃てるのか。そして弱点を突いた攻撃を仕掛けようとしている。さすが桜花騎士団の『魔眼のコルネリウス』。その意味は「敵を分析する技術」と「弱みを突ける攻撃の多彩さ」か。
――それくらい出来なければ、この死地は抜け出せないよね。
「で、どの魔法が効くってわかったのさ!?」
「火属性は辛うじて効く。だが体表の魔法障壁が厚すぎて通らない。あとは錆魔法もそこそこ効きそうだ!」
「錆って大地系か! 得意なのかい!?」
「あいにく地属性は苦手でね」
「――奇遇だね、あたしもそうだ」
アイリスは若干失望を覚えた。すべての属性魔法を行使できるといっても、すべて得意だとは限らないらしい。それは当たり前のことで、すべて自分でできるならパーティーなど組む必要はない。
周囲を等距離でぐるぐると回るコウとアイリスに、ゴーレムは首を左右に回してどちらを標的にするか決めあぐねているようだったが、腕を縮めると腰から上を半回転させて溜め、反対側に勢いよく上半身を回転させつつ両腕を進展させた。
「――ッ!!」
「避け――」
二人は回転する腕の直撃を受けて跳ね飛ばされた。
*
「やべぇな、あの魔物。あんなの首都の魔法演劇でも見だごどねぇべ」
「お前、魔法演劇だなんて見だごどあっだが」
「んだ、すげぇ迫力だったべ。だばってあれほどでは無ぇ」
村人たちはすでに広場から離れ、遠く村の外の隠れ家や、村長の屋敷の地下室などに避難していた。屋敷の一階の広間の窓に、物見高い村人たちたちが数名集まっている。
リサもそこにいた。見たこともないような金属製の巨人と戦う二人の冒険者を遠くに見つめ、胸の前で組んだ手に力が入る。
「冒険者さん達がやられだらどうする?」
「あれには我達だば敵いこねぇべ。何処がさ隠れでやり過ごすしが無ぇべ」
「何故こったら事さなってまったべなぁ。あの冒険者のせいだべが」
「滅多な事ば言うもんでねぇ。彼等だって一生懸命に戦っでらでばな」
「んだばって、コウさんの魔法だって全然効いで無ぇでばな」
窓の下に隠れて戦いを見守りながら、めいめいに勝手なことを言いあう村人たち。
「あッーー」
ゴーレムが上半身を回転させて腕を伸ばし、二人の冒険者を弾き飛ばした。
リサが立ち上がる。
「リサ、何するつもりだ!」
「こうしちゃいられません! 二人を助けないと――」
「馬鹿こげ! お前みでな娘っ子がなにが出来る! 冒険者でさえ敵わねんだど!」
「その事だが、」
広間に村長が入ってきた。古びた布の巻かれた棒状のものを両手で持っている。
「村長!」
「誰が、あの二人だ武器ば届げでくんねぇが」
「武器って――」
「あそごに行げって言うだが!?」
「焼石に水がも知れねぇ。だばって、このまま黙って見でるわげにも行がねべ」
村長は古布を外し、中のものを取り出した。古びたデザインの長剣。全体は鈍い鋼色で、鍔の中央に青い宝石が嵌っている。
「そったら骨董品で何が出来る!」
「馬鹿こげ! 何もしねぇよりマシだべ!」
すぐに言い争いをはじめる村人たちを尻目に、リサはアンティークめいた剣をつかむと、誰も止める間もなく走り出した。
「リサっ!!」
「私が行きます!」
「やめろ! 死んでまるぞ!」
リサは屋敷の玄関の扉を押し開け、広場へ向かって走り出した。




