賭博者たち その④
首都某所、とある建物の一室――
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《魔道視板》など神器を用いて冒険者たちの戦いを観戦していた賭博者たち。
その中の一人、居並ぶ面子の中で一番端に座った貧相な男、ミスター・ベヘモスは、桜花騎士団が吸血鬼フェムトを破る瞬間を見て、思わずソファから立ち上がった。
「や、やった!」
ミスター・ベヘモスは文字通り手に汗を握り、闇魔法《隠蔽》越しにもハッキリと見て取れる満面の笑みを浮かべ、喜びの声をあげた。
「ふ、ふははは! やった、やったぞ! さすが桜花騎士団、さすが『天才』ハインリヒ・グラーベン! やってくれると思っていた!」
彼は居並ぶ他の賭博者たちを見やり、さらに言い募る。
「桜花騎士団は一人の犠牲も出さずに吸血鬼を討伐した! 賭けは私の勝ちだ! そうですな、皆々様がた!」
居並ぶ賭博者、五人の影法師たちは、思い思いの姿勢でソファに座り、中継が終わって黒い板となった《魔道視板》を見据えていた。
ミスター・ベヘモスの問いに直接答える者は誰もいない。否、それどころか、五人の男女は意図的に彼を無視しているようにすら見えた。
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「……しかし、桜花騎士団の決断は見事でしたな。まさか盗賊たちをああも簡単に犠牲にするとは思いませんでしたぞ」
でっぷりと太った体の、頭頂部が隠れる帽子を被った中年の男、ミスター・ドラゴンが、冒険者たちの死闘を観戦した感想を口にする。
「戦場において、何よりも重要なのは兵站だ。敵の補給路を断つことは軍略においては基本的な戦略ではあるが、基本的ながらも極めて有効であり、多くの場面において重要な選択肢と言える。彼らはそれを、吸血鬼討伐という文脈で行った。おそらく冷徹なハインリヒの発案であろうが、見事だな。我が隊にも欲しいくらいだ」
戦闘家のようないで立ちの、いかにも剣呑そうな雰囲気をしたミスター・グリフォンが、ミスター・ドラゴンの言葉を引き取って続ける。
「途中のォ、《敏捷》を切れ目なくかけ続けたところも良かったわァ~……彼ら、割にていねいな仕事も出来そうじゃない。見てて気持ち良くなっちゃった。見直したわァ、女を悦ばせることも上手いんじゃない?」
妖艶なミセス・マーメイドが、紫煙を「フゥ~」と吐き出した後にそう言って、自身の発言に句点をつけるように「カンッ!」と音高く灰を落とした。
三人の言葉を聞いていたミズ・フェニックスは「ふん」と鼻を鳴らした。
「彼らはAランク冒険者です。そのくらいやってもらわなければ困ります。われわれ人間、それも『光輝なる人類』である西の民は、最も神に近い。その人類が、実のところ野獣でしかない吸血鬼などという魔物に敗けるなど、あってはならないことですからね」
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ミズ・フェニックスの「光輝なる人類」という語に一瞬ビクついたミスター・ベヘモスだったが、しかし賭博者たち四人の態度に、彼は拍子抜けしていた。むしろ鼻白んでいたと言っていい。
(……なんだ? こいつらの態度は。今、自分たちの敗北が確定したんだぞ。それなのにこの余裕ぶった態度は何だ)
この賭けにおいて、ミスター・ベヘモス――織物商テクストルが勝った場合。五対一の一人勝ちであり、彼はそれまでの賭けの負けを相殺するほどの金額を得ることになる。
そして他の参加者たちは、それまでの賭けで積み重ねた勝ちの分があるにしろ、痛くないとは言いがたい出費を強いられることとなる。
(このくらいの負けなら痛くも痒くもないということか? それが余裕ぶった態度の正体か。もしくは強がりか。それなら理解できる。あるいはまさか、まさか冒険者たちの戦いを純粋に楽しんでいたとでもいうのか?)
あり得ない、と織物商テクストルは思う。
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(……確かこいつは、少し前に「楽しむことが肝要」だとか言っていたな)
テクストルは、ソファの中ほどに座った若者風の男――ミスター・ペガサスをちらりと見やる。
(楽しむことが肝要だと? バカめ。多額の金銭が掛かった場面で、勝負ごとを純粋に楽しめる者などいるものか。もしいるとすれば、そいつはとんでもないお人好しのバカ者か、とんでもない大嘘つきのどちらかだ。そんな心根では、どこぞの山奥の村ならともかく、生き馬の目を抜く都会で生きていくことは出来ない)
テクストルの考えはぐるぐると回る。
(俺はいまの地位に登りつめるまで、ありとあらゆる汚い……いや聡いことをやってきた。取引相手どころか同業者もはめた。俺のせいで首を吊った商人どもは数えきれないほどいる。そのおかげで、俺は自分の店を大きくした。ギルド支配者にもなった。家族には良い暮らしをさせてやっている。使用人も多い。娘にも習い事をいくつもやらせている)
賭けに勝ったにもかかわらず、テクストルはまるで追い詰められてでもいるかのように拳を握りしめた。
(楽しむだと? ふざけろ。俺はいまのいままで自分の楽しみなど放り投げて、馬車馬のように働いてきた。働いて働いて働いてきたんだ。それを、このミスター・ペガサス、どこかのボンボンか貴族の庶子のような雰囲気の男が、恵まれた立場からこの俺の働きをバカにするのか)
「くっ」
その時、まさにそのミスター・ペガサスが、下を向いたまま含み笑いを発した。
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ミスター・ペガサスは、下を向いたままくっくっくっと笑い続けた。
「な、何がおかしいんです、ミスター・ペガサス」
思わず問いただすテクストル――ミスター・ベヘモス。
部屋の中は静まり返る。何か透明で不吉なものが、部屋に張られているはずの結界をまたいで入り込んできたような、そんな忌まわしさを感じ、ミスター・ベヘモスは怖気を震った。
「くっくっ…… いや、失敬。この状況が、あまりにも俺好みでね。つい笑ってしまったんだ」
「あ、あなた好みとはいったい何なんだ?」
「なぁテクストルさん、じゃなかった、ミスター・ベヘモス」
ミスター・ペガサスは、さもうっかり間違えたといった風にミスター・ベヘモスを本当の名前で呼んだ。
「テッ、テクストルとは何のことかな。私はそんな名前ではない」
「くっくっくっ、これは失敬。あらためて、ミスター・ベヘモス。俺は言ったよな? ここに集まっている者たちは、多かれ少なかれ人が破滅するさまを見るのが好きだと」
そう言うと、ミスター・ペガサスはミスター・ベヘモスを見やる。ミズ・フェニックスが、ミスター・ペガサスの言葉に不快感を示す。
「おっと、不本意だという向きもあるみたいだがね。まぁ公平に言い直そうか。俺は人が破滅するさまを見るのが好きなんだ」
「あ、ああ、覚えている」
ミスター・ペガサスは、確かに先ほどそんなことを言っていた。賭博者たちの中でもとりわけ異常な性格破綻者――ミスター・ベヘモスは、この若者風の貴族めいた男に対して、そんな評価を下していた。
「まさにその、人が破滅するさまを見れると思うと、嬉しくって嬉しくってね。つい笑いもこみ上げようってもんさ」
ミスター・ペガサスの笑い声が低くこだまする。薄暗い部屋の照明がさらに翳り、部屋の温度が下がり、空気が重く湿っていく。
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「おほん。皆さん、いいですかな」
閉め切られた窓際を背に、バカでかい机に着いた醜い男が、わざとらしい咳ばらいをして賭博者たちの注意を引きつける。
(来たっ……!!)
ミスター・ベヘモスはニヤリと笑う。ミスター・ペガサスとのやり取りで冷や汗をかき、なぜか自分が負けたかのような嫌な気分になっていた。しかし、賭けに勝ったのは自分だ――ミスター・ベヘモスは笑みを押さえきれずにいる。
今回の賭けの内容は、
「この戦いにおいて、桜花騎士団は死人を出さずに戦いを終えることができるか」
「死人が出ない」ほうに賭けたのはミスター・ベヘモスただ一人。他の五人は「死人が出る」ほうに賭けた。
つまり、ミスター・ベヘモスの一人勝ち。
(結果を聞くまでもない。私は勝ったのだ)
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賭けの胴元である、醜く太ったブタのような男が、耳障りな声で結果を告げる。
「今回の賭けの結果は『桜花騎士団は、戦いにおいて死人を出した』。すなわち、ミスター・ベヘモスの一人負けとなります」




