吸血鬼(ヴァンパイア) その⑧
吸血鬼の馬鹿げた身体能力による蹴りを真正面から受けてもすぐに態勢を立て直したハインリヒと、補助魔法を張り直した桜花騎士団を見て、フェムトは愉快そうに笑った。
フェムトはハインリヒに意識を向けながら、エルガーをちらりと見て、次いでバルトを見やる。
「なるほど、さすがAランクパーティーと言うべきか。連携は得意なわけだ。補助魔法の持続時間を正確に測って、ちょうど切れるタイミングで貼り直している。それで隙を作らないようにしているわけだ」
吸血鬼は侮蔑的な笑みを浮かべ、爪を伸ばした右手を動かして挑発する。
「いじましいな。まさに人間どものしそうな涙ぐましい努力だ」
*
(連携は得意どころか、苦手中の苦手なんだがな……)
エルガーは背筋にひやりと冷たい汗が流れるのを感じる。
(あのコウの野郎は連携だとか補助魔法だとかを勝手にやっていたが、ひやひやするぜ。自分で突っかかって死ぬなら自己責任だが、人に命を任せるってのは、どうも性に合わねェ。たとえそれが大将であってもな……)
《敏捷》三重がけなら吸血鬼のスピードになんとか対抗できる。バルトの魔銃は三発まで同時に発射できる。
そしてエルガーの懐中時計で、補助魔法の持続時間――九十秒を正確に計る。補助魔法がちょうど切れるタイミングで、《念話》でバルトに魔弾のタイミングを支持する。
桜花騎士団の三人はそういう作戦を取っていた。
(まさかこのぜいたく品が役に立つとはな……しかし、まずいぜ。俺が、いや俺らがやっていることに気づかれた。奴はハインリヒを差し置いて、俺やバルトをくびり殺しに来るか……)
剣を構えるエルガーに、フェムトはニヤリと笑う。
「安心なさい、おまえやそっちのおかっぱ頭はとりあえず放っておく。妙な杖や神器を使っているようだが、どんな仕掛けがあろうとおまえたちの人間の魔力はどうせ有限だからな」
エルガーは内心舌打ちをした。見透かされている。
(長いあいだ寝ぼけていたという割には、的が外れていない。ただの力任せの野獣ではなく、知能が高いってわけだ……魔銃や懐中時計を知らないのはいいんだが、知らないなりに本質を見抜いて来やがる)
*
吸血鬼の言う通り、ハインリヒやエルガーの魔力はもちろん、バルトの魔弾も無限ではない。それは事実だった。
――バルト、《敏捷》の残りはいくつある?
――残念ながら、あと三発、つまり一回分しか残っていませんね。
――一回分かよ。
エルガーは絶望的な気分になる。
――ジリ貧だな。そろそろ決着をつけなければ、地力の差でこっちが不利ッてことか。
――だが奴も弱っている。腕一本もぎ取ったのが効いているな。あの時、神聖系のダメージが本体にかなり通った。
ハインリヒが《念話》に混ざる。
――もぎ取ったっつッてもな大将、さっき可哀想な盗賊の腕を奴は自分自身にくっつけてたじゃねェか。
――あれはおそらく演出にすぎない。桜花騎士団に「効いてない」ことをアピールするためのな。それとせいぜい体のバランスのためだ。奴が盗賊の腕を操れるのは、おそらく固有技能のため。
――「人形遣い」とか言ってましたね。
――そうだ。自らネタをバラしてくれて助かった。それで色々と推測できる。
「ははッ!」
吸血鬼フェムトはハインリヒに急接近し、爪を振るう。ハインリヒの見立て通り、くっつけた左腕は攻撃にも防御にも使っていない。
「おまえが私のスピードについて来られるのも、もうすぐ終わりだな! さっきの分身魔法でほとんど魔力が尽きてるだろう。見えるぞ!」
シャーッ、と威嚇を行い、牙を剥き出しに襲い掛かる。それを防御するため剣を構えると、がら空きになった胴を蹴られる。《障壁》が砕け、魔力の破片が飛び散る。
もちろん、この《障壁》とてタダではない。ハインリヒの魔力は少しずつ削られていく。
*
桜花騎士団は戦いのさ中、《念話》で会議をして作戦を練る。
――奴の戦い方……まさに野獣だな。吸血鬼が亜人や異人や獣人ではなく魔物だってことがよくわかるぜ。
――しかし、どうしたものか。向こうは牢の中の食糧を喰えば回復できる。だが桜花騎士団は……
――それなんですが、一つ提案があります。
――何だ、バルト。
――言ってみろ。
魔銃士バルトは作戦案を二人に送った。
*
バルトから送られた、圧縮された作戦案を読み取ったハインリヒとエルガーは、反射的に「不快」の符号を送ってしまう。
――……確かに効果的ではある。少なくともこの状況下で、あの吸血鬼を我々と同じ条件に追い込むことが出来るんだからな。
――しかしお前、よくそんなことを思いつくな。胡散臭ェ奴とは思ってたが、正体は悪魔だろ。いや魔族か?
――お褒めの言葉と受け取っておきます。
バルトは「感謝」の符号を送る。
――しかし、この状況下で他の選択肢があろうはずもないことも事実とは存じますが。
吸血鬼フェムトがハインリヒの顔面目掛けて爪を繰り出す。
ハインリヒはそれを剣で受け、左手に抜いた短杖で《爆発》を発動。軽い爆発が起こるが、これも牽制に過ぎず、当然吸血鬼は無傷だ。
「どうした! 逃げ回ってばかりでも、おまえたちの命の期限が近づいてくるばかりだよ!」
フェムトは勝ち誇ったような顔で威嚇する。
*
――仕方ねェな、やるしかねぇ。そうだろ? 大将。
――ああ、次に《敏捷》が切れるタイミングがその時だ。
――いいんですね?
ハインリヒとバルトは「許可」の符号を《念話》で送る。
*
目を輝かせて牙を剥き出しにし、野獣の本能を露わにして吸血鬼フェムトが吼える。
「ククク……もうすぐお前らのせせこましい補助魔法が切れるなぁ! あと何秒だ? 当ててやろうか……三秒だ! 二、一……」
果たしてその直後、「ダンッ!」と銃声が鳴り響いた。




