メタルゴーレム その①
村の中心にある広場の方向から、どよめきのような声があがる。
「――なんだ?」
コウは立ち上がり、窓に歩み寄った。リサとアイリスもそれに続く。
「この位置からだとよくわからないな。村人たちは集まってるようだが」
「旦那様、私たちも行ってみましょう」
二人の後ろから窓の外の様子をうかがっていたアイリスが、ふとテーブルに目を落とす。
「コウ君、」
「なんだ」
アイリスの声は抑揚を欠いていた。見ると、先ほどまでのリラックスした表情は消え、難しい依頼を受けている最中ででもあるかのような真剣さが顔を覆っていた。
「あそこに行くなら装備していったほうがいい。いや、是非ともそうすべきだ」
「それは――」
理由を訊ねようとしたコウだが、アイリスの真剣な表情に察し、黙り込む。
「――わかった。というか、むしろすぐに向かったほうがいいんだろうな」
「1分以内にフル装備して行ったほうがいいね。そしてあそこにあるものに村人たちを容易に近づけないようすぐ通達したほうがいい」
アイリスはテーブルの上の《魔力測定器》を指さした。アイリスやコウを示す光の点の3倍はありそうな光が、その中心にまたたいている。先ほど、《魔力測定器》の性質を軽く説明されただけのコウだったが、それが何を意味するのか、冒険者の経験と勘と魔道士の知識が、ある一つの可能性を導き出していた。
「私も宿に戻って装備を整える。いちばんいい装備で来なよ」
「わかった」
一瞬の後、コウとアイリスは走り出した。コウは裏の納屋へ通じる勝手口へ、アイリスは玄関を飛び出して馬車を止めている宿に。その様子を見ていたリサも、コウを追って納屋へ向かう。
「旦那様! いったい何が起こったんですか?」
「あの神器に写っていた光だ! 僕やアイリスよりも2~3倍は強く光っていた。それが突然、村の中心に現れた。自然に現れる魔物、魔熊や魔狼なんかとはあきらかに違う」
「それって……どういうことなんです? 魔熊や魔狼よりも強い魔物が、村の中に入り込んだんですか?」
納屋に入り、愛用していた長剣と軽鎧、篭手と臑当を取り出し装備するコウを、リサが手伝う。
「後ろのベルトを締めてくれ……ありがとう。単に魔物が入り込んだだけなら、村人は警鐘を打ち鳴らして村じゅうに伝えるだろ。だが警鐘の音は聞こえなかった。あの光は突如としてあそこに現れたんだ」
「突如としてって……そんなことが起こるんですか? 魔法か何かでしょうか?」
「そう魔法だ」
そう、おそらく魔法……《瞬間移動》か《召喚魔法》か、あるいは別の何かかはわからないが、何かしらの魔法が危険なものを呼び寄せた。
腰のベルトと前垂れを装備し、短杖と長剣を提げる。頭は簡素な輪兜を装備する。かつてのパーティーメンバー、桜花騎士団のリーダーである「天才」ハインリヒが装備していたほど豪奢で性能の良いものではないが、精神攻撃を防ぎ集中力を高めるため魔道士クラスが好んで身につける装備だ。
完全装備を終えたコウにリサは見惚れた。あきらかに緊急事態にもかかわらず、場違いな思いを抱く。
「旦那様、カッコイイです」
「ありがたいけど、そんなことを言ってる場合ではない――リサ、」
「はい」
「村人たちに避難するよう伝えるんだ。何が起こるかわからない。もし最も危険なタイプの魔物だったら、目につくものをすべて破壊したり、停止させようとしたりするはずだ」
「停止」という冷たい響きに、リサの顔が青ざめる。
「できるだけ早く村人全員に伝わるようにしてくれ」
「わかりました」
「では行くぞ!」
納屋の扉を勢いよく開け、二人が駆け出す。
*
アイリスは一足早く村の広場に到着していた。コウの家を訪れた時のようなだぼっとした服ではなく、ぴっちりとした動きやすい冒険者用の上下に、鈍く光る金属製の胸当てと篭手と臑当、コウと同じように輪兜を装着していた。外套やケープではなく、短いマフラーを巻いている。腰のベルトには短杖が左右に二本。
たすき掛けに装備した太い革のベルトは、ひときわ目立つ背中の大剣のためのものだ。アイリスの体格に似合わない大剣は、斬るというよりむしろ叩き潰すためのものに見える。冒険者というよりも、戦場の前線で屈強な傭兵が使うような得物であり、人間族よりもドワーフやオークが用いるような無骨なものだ。ベルトの前側には短い投げナイフが何本も装着されている。
あきらかに戦闘態勢で現れたアイリスに、村の広場に集まっていた若者たちがどよめく。
「冒険者さん! あれはいったいなんだべ?」
村の中心にあったのは、青白い色の鈍く輝く金属塊だった。大きさは2~3メートル。全体は卵のような形で、多面体のように平面で構成されており、表面につやは無く鈍い光を放っている。
空は不穏な曇り空で、雲が渦巻いている。いやな天気だ。もし戦いになるならば、陽の光が眼を刺す可能性がないぶんマシかもしれないが――
「近づいちゃダメだよ。あれはおそらくゴーレム」
「ゴーレム? 冒険譚に出てくる機械人形だが?」
「そう。それも金属で出来た、かなり丈夫なやつだね」
「したばって、そんなものが何故突然こんな村の真ん中に……」
と、その時、金属塊――ゴーレムがうなり声をあげた。
――フォォォォーーーーーンンン……
「なっ、なんだべ?」
「みんな離れて。できるだけ遠くに避難するんだ。村人たち全員に伝えるように」
「わがっだ!」
村の若い衆は、アイリスの言葉を受けてすぐに村の家々の方向へ走っていった。
入れ替わるようにコウが広場に到着する。
「遅かったじゃない」
「すまん、準備に手間取った。あれは……ゴーレムか」
低いうなり声をあげ、振動を開始した金属塊を見上げ、コウは絶望に満ちた声音で言う。
「そう。あきらかにランダムな形ではなく、この起動音と振動。それに『魔力測定器』の示す魔力、そしてあの色」
「最強の『メタルゴーレム』、それも、神話級の金属か」
ピシリ、と鋭い音がし、金属塊の表面にまっすぐな亀裂が走る。ガシャン、ガシャンと金属音を発しながら、規則正しく走った亀裂に沿い、各パーツが離れ、ゴーレムが変形していく。腕と足が構成され地面に立ち上がり、中央に走った亀裂から上部と下部が逆方向に回転しつつ進展、胸と胴体を形成する。胸部が縦に割れて頭が生え、継ぎ目がぴったりと閉じる。
立ち上がったゴーレムは、卵状の形態の2~3倍の大きさとなった。コウとアイリスは空に渦巻く不穏な雲を背負って立ち上がった金属製の巨人を見上げ、今日が曇りであることに感謝した。関節部から熱い蒸気が噴出し、二人は腕で顔を覆って少し後ずさりする。
「頼む、緑色であってくれ」
コウは祈るような気持ちで思わず声に出していた。
「せめて黄色でもいいよ」
アイリスは背中の大剣の柄を握り、真剣にゴーレムの頭部を見つめる。
フルヘルムのような形の頭部のシールドパーツが上がり、単眼が露になる。そして鈍い音とともにゴーレムの目が赤く光る。
「最悪だ」
コウは腰の短杖を抜いた。
ゴーレムの目の色は最大の攻撃色である赤色。その意味は――「目に映るものすべてを停止させる」。




