吸血鬼(ヴァンパイア) その⑤
ハインリヒの剣と吸血鬼の爪が、ぶつかり合って魔力の火花を散らす。
その脇から、エルガーの曲剣が迫る。
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首筋を正確に狙った剣には《火炎》の魔法が付与されている。
桜花騎士団秘伝の魔法剣。かつて賢者エーリッヒがメンバー全員に授けた秘儀。一般的な魔法剣の技術は「単なる属性攻撃」にとどまるものだが、エーリッヒのそれは「武器を媒介に魔法を流し込む」という革命的なものだった。
これにより、魔法の通じない相手、抵抗の大きい魔物の弱点も突くことができる。現代の冒険者は職業という概念が薄れており、魔法の術式の簡素化と魔法使いであることは最早ほとんど必須となっているが、その風潮を加速させたのもこの技術だった。
そして、エルガーの新しい得物、黒鋼の曲剣にはもう一つの仕掛けが施されていた。
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「――くッ!!」
吸血鬼は首を狙った一撃を、身を翻して躱そうとする。
態勢を崩し、ハインリヒの剣との鍔迫り合いに負け、右手の爪が吹き飛ぶ。上半身をねじりながらのけぞると、エルガーの致命の一撃が吸血鬼の左腕を二の腕の半ばあたりから斬り飛ばした。
(――やった!)
遠くで見守っていたバルトが、吸血鬼の腕が飛ぶのを視認する。吸血鬼はそのままもんどりうって地面に叩きつけられる。血と黒い魔力が散乱し、黒い霧のようになり宙に霧散していく。
後ろに跳びすさったハインリヒと、剣を振り抜いて着地したエルガーが、吸血鬼を見やる。黒いずだ袋のように床にうずくまった吸血鬼の左腕からは煙が上がり、白い炎が切断面を覆って再生を妨げている。
「グ……ガ……ガガ……!!」
黒鋼の曲剣に込められていたのはフィレオンの祝福。つまり神聖属性の剣であり、今回のような亡者の退治や討伐依頼には役に立つ得物ということになる。
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数時間前――
討伐対象のいる「魔石鉱山跡」に向かう馬車の中で、桜花騎士団の三人は話し合っていた。
「――というわけで、この新しい得物にはフィレオンの加護が込められているッてわけだ」
曲剣を宙にかざし、刃の光り具合を確認するように角度を変えるエルガー。
「聖剣……というわけですか」
馭者席からバルトが訊ねる。
魔銃という武器はとっさの対応が難しい。魔熊や魔狼などの魔物が現れた際は、ハインリヒとバルトの手が空いていたほうが対応しやすいだろう。
そういう理由で、この魔銃士は馭者を買って出ていた。
「聖剣ってほどじゃねェな。あくまで聖属性の普通の剣だ。聖剣というのは『勇者の剣』とかを意味する言葉だろ? 欠けもしなければ曲がりもしない、ひびも入らず、ドラゴンの炎にも魔王の使う氷の魔法にも決して損なわれない、ゴーレムの硬さにも砕けることがない古代神器……まァ、そんなものが実在するとは思えねェが」
エルガーは曲剣を鞘に戻し、ぱちんと音を立てて仕舞う。
「《乾坤一擲》が壊れたのは想定外だったけどな、元々あれは小回りが利かない。狭い場所での戦闘にはかなり無理があることは前々からわかってた。そこで、この剣を発注してたってわけさ」
「例の、ドワーフの工廠にか」
腕組みし、目をつぶっていたハインリヒが、目を開けてエルガーを見て訊ねる。
エルガーは文字通り首肯した。
「そうだ。あのごうつくばりの、金貨大好きドワーフどもの工廠だな。いつもは非常識な代金を吹っ掛けてくるんだが、《乾坤一擲》の残骸を目の前にぶん投げてやったら、さすがに青ざめてたよ。『お前らの鍛えた、神器並みの魔法斧の末路がこれだ』ってな。プライドを刺激されたんだろうな、今回は剣の代金をまけてくれたぜ」
くっくっく、と笑うエルガー。
「あれ? 先輩、《乾坤一擲》は古代神器だって言ってませんでしたっけ? ドワーフの工廠が作ったものなんですか?」
「ああ、ありゃ嘘だ」
バルトの混ぜっ返しに、あっさり認めるエルガー。
「古代の魔神が振るった斧……なんて言えばびびってくれる奴もいるだろうと思ってな。げんに迷宮踏破大会なんかでは他のパーティーの連中が無駄に警戒してくれたしな」
そう言って、エルガーはごろりと横になった。
「ま、魔物なんかにゃそんなハッタリは当然通用しねェが。どうせ吸血鬼にも通用しねェんだから、新しい得物が間に合って助かったぜ」
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ハインリヒは残心しながら吸血鬼を見やる。
吸血鬼は苦しんでいた。唸り声をあげ、うずくまって震えている。切断面は白い炎――神聖系の魔力が再生を妨げている。
エルガーが剣に込めた《火炎》は、あらかじめ剣に与えられていたフィレオンの祝福と一体化し、聖なる炎となって吸血鬼の肉体を灼き斬った。
その隙を作ったのはハインリヒの策だ。自分たちを、敵と会話を試みるような無能な冒険者に見せかけ、戦う前から手の内を見せる愚策を敢えて行う。
それも、吸血鬼に通じるはずもない目くらましを使い、心の隙を作る。
(コルネリウス・イネンフルス……奴ならどう戦うか。俺は、いや桜花騎士団は力を頼りに正面から敵を叩き潰すことを自分たちの戦い方だと思っていた。しかし奴は違った。相手の弱点を突き、勝つためなら何でもする。奴の必死な立ち回りを、俺たちはあざ笑っていた。だが……)
ハインリヒは剣を振るい、斬り飛ばされた吸血鬼の左腕に《火球》を飛ばす。切断面が白い炎にぶすぶすと焦がされていた腕は、《火球》を受けて赤く燃え上がり、急速に炭化していく。
「――!!」
吸血鬼がうめく。震えながら、左腕を押さえて立ち上がる。
*
「……やってくれたね。おまえのそのボンクラ冒険者っぷりは、すべて演技だったわけだ」
吸血鬼は震える声で喋る。
ハインリヒはそれには答えず、炎の魔力をまとわせた片手剣をくるりと持ち直し、逆手に構えた。
「……暗黒の魔力で分身を作り、私に本体が見えていることを承知でけしかける。自分は防御に徹し、最初から爪か牙を受け止めるつもりだった。そこに、分身と同じ暗黒の魔力をまとったおまえが、」
と言って、吸血鬼はエルガーを睨む。
その視線のすさまじさに、エルガーは内心震えあがった。
「――私の首を狙う、と。迂闊だったよ。《隠蔽》だったか? 闇魔法で身を隠したくらいで吸血鬼の目は誤魔化せない。だけど、分身どもを無視していたせいで、《隠蔽》で身を隠したおまえも無視してしまった」
吸血鬼は歪んだ笑みを浮かべた。
「そして、そのクソくだらない、ションベン臭い神聖剣の一撃を受けてしまった」
そして左腕から手を離す。白い炎はようやく消え、煙が収まっている。
*
吸血鬼は右手を突き出し、ハインリヒとエルガーに手の甲側を向ける。傷ついた右手が再生し、これ見よがしに爪を伸ばし、手を握ったり開いたりしてみせた。
「反省したよ。対価は大きかったけどね。まいったな、吸血鬼といっても腕を生やすのはさすがに難しいんだよ?」
にっこりと微笑む。ハインリヒは平然としていたが、その朗らかさすらうかがえる笑顔にエルガーは思わず怖気を震った。
「……もう舐めたりはしない。全力をもって叩き潰す」
吸血鬼は腰を落とし、爪を伸ばした右手を前に構えた。




