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吸血鬼(ヴァンパイア) その③

 戦いは膠着していた――


     *


 桜花騎士団(キルシュリッター)の攻撃はすべて(かわ)され、防がれていた。魔法は抵抗(レジスト)され、剣はすべて避けられる。牽制の攻撃は外套(マント)で防がれる。

 吸血鬼(ヴァンパイア)の動きは素早く、捉えられない。対してハインリヒとエルガーの攻め手は、《敏捷(ヘイスト)》や《加速(アクセル)》をもってしても、すべて見切られていた。


 何回かの剣戟の後――と言っても吸血鬼(ヴァンパイア)は剣ではなく()で斬り合っていたが――間合いを離す。ハインリヒはともかく、エルガーは息が上がっていた。

 手や腕を数回切りつけたが、その都度、気持ち悪いほどの早さで再生される。傷は瞬時に埋まり、流した血さえ体内に巻き戻るほどだ。


 ダンッ! と銃声が聞こえ、魔弾が炸裂。効果の切れた補助魔法が張り直され、疲労が回復していく。魔銃士バルトの後方支援だ。


――バケモノがよ。補助魔法つきでこれか。倒せる気がしねぇ。


 エルガーが《念話(テレパシー)》でぼやく。


――おいバルト、ちゃんと俺らを支援してるんだろうな?

――もちろん。先輩にも()()()()にも、ちゃんと補助がかかってますよ。もっとも()()による()()()()なので()()の魔道士の魔法と比べるとどうしても劣りますが。

――劣るって、()()()()()だ?

――他の詠唱と比べて()()程度でしょうか? もっとも、詠唱を失敗せず()()()()()()()()()()()()()()のが魔銃の強みではあります。

――チッ……ならよし!


 エルガーは《念話(テレパシー)》でも「チッ」という舌打ちの符号をつけた。


念話(テレパシー)》考えを直接伝えることができるので、一回のやりとりには〇・一秒もかからない。慣れると喋るよりも楽だが、集中力と魔力はわずかながら消耗することは確かなので、Bランク以下の冒険者には推奨されていない。

 桜花騎士団(キルシュリッター)の中ではバルトだけがBランクだったが、ハインリヒもエルガーも、この()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の実力をBランクなどには見積もっていなかった。


     *


――大将(ハインリヒ)。何か手立ては()ェのか。

――いま考えている。とりあえず出来ることはすべて試したつもりだが……

――だが今のところすべて通じなかった。どうする? ()()()()()()()()()どうすればいい?

――その(たと)えだが、正確には()()()()()()()()と言ったほうがいいな。

――その心は?

――()()()()だ。どんなに素早く蛇が動いても、猫の速さは常に蛇を上回る。だから猫と蛇の力関係は絶対的なものとされている。


 ()()()()()()()()


()()()()は終わったかい? ()()()()()()達」


 吸血鬼(ヴァンパイア)が煽る。当然のように息一つあがっていない。そもそも亡者(アンデッド)()()()()かどうかは置いておくとして。

 剣を向けたまま、ハインリヒは冗談めかして言う。


「いや、()()だ。少し待ってくれるか?」


 面白そうに「あっは」と笑う吸血鬼(ヴァンパイア)


「なかなか愉快なことを言うね。あんたたちの手の内が尽きたなら、そろそろ殺そうと思ってたところだけど。いいじゃない。もう少し考えてみなさいよ」


念話(テレパシー)》は定められた魔力回路同士の間で行われる情報交換だ。その内容は、もちろん熟達した魔道士であっても()()することは出来ない。

 まして、この吸血鬼(ヴァンパイア)は魔力こそ高いものの魔法は使わず、ゆえに《念話(テレパシー)》の内容など聞こえるはずもない。だが桜花騎士団(キルシュリッター)の三人が何らかのやり取りをしていることは察知しているようだ。


     *


――舐めやがって……だが、今は()()()()()()()()()ぜ。どうする? 大将。

――そうだな……


 ハインリヒは考える。


 先ほどの《念話(テレパシー)》で()()が引っかかった。


 何だ……そうだ、()()()()だ。補助魔法の何が引っかかる?

 補助魔法といえば()()()。戦闘ではいつも二番手以降に回り、桜花騎士団(われわれ)の支援ばかりしていた魔道士コウ――コルネリウス・イネンフルス。

 奴がどうした? 何故気になる。


 そしてもう一つ、()()()()だ。()()()()()()()()

 蛇が猫に勝つにはどうしたらいい? 単純に考えれば、()()()()()()


 だが反応速度で勝っても、吸血鬼(やつ)には()()()()()()()()()()が通用しない。

 むしろ奴のほうが肉を切らせて骨を断ってくるだろう。自身の異常な再生力を盾にして、こちらに思い通りの一撃を喰らわせてくるはずだ。おそらく毒を持った爪や、致命の牙を。

 桜花騎士団(われわれ)の一人が奴の爪や牙を喰らい、奴の()()にされたり血を吸いつくされて屍人(ゾンビ)にされたり、あるいは坑道で会ったあの盗賊の男のように不死鬼(ノスフェラトゥ)などに変化させられてしまったら、その瞬間、()()は免れ得ない。


 どうする。どうするハインリヒ・グラーベン。


 ……いや、そうではない。()()だ。()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()


     *


 二、三秒ほどの間、ハインリヒとエルガーは吸血鬼(ヴァンパイア)とにらみ合っていた。バルトは魔銃を構え、次の魔弾を用意している。

 吸血鬼(ヴァンパイア)は腕組みをして傲岸に顎を上げ、冒険者たちを見下ろすように眺めている。


 左手を前に出し、右手の剣を上段に構えた半身(はんみ)の体勢から、ハインリヒはスッと直立した姿勢となり、吸血鬼(ヴァンパイア)に正対した。

 吸血鬼(ヴァンパイア)は唇の端を歪め、侮蔑的な笑みを浮かべる。


「何か思いついたようね。いいわ。()()()()()()()


     *


 ハインリヒは右手の剣をくるりと持ち直し、逆手(さかて)に持つ。そして左手で短杖(ワンド)を抜き、こちらは順手に持つ。

 そして左手の短杖(ワンド)を上に、右手の剣を下にして、自身の正中線の前に、一本の棒のようにして構える。


 自身にかけられていた補助魔法を、ハインリヒはすべて解除(キャンセル)した。魔力の光が塵となって空中に飛散し、還元していく。

 そして新たに補助魔法を展開。付与するは《敏捷(ヘイスト)》、それも()()()かける。青い魔法円がハインリヒを三重に取り囲み、回転する。


 同一の対象に付与できる補助魔法は、一般に四つまで。それ以上は術者自身と対象の、あるいは両方の負担から困難とされている。

 ハインリヒは《敏捷(ヘイスト)》を()()()()した。《加速(アクセル)》と違い、単純な移動速度ではなく()()()()()()()を速め、手数を増やす魔法。それによって吸血鬼(ヴァンパイア)との反応速度の差を埋める。


敏捷(ヘイスト)》の付与が一瞬にして完了し、ハインリヒは()()()()()()()()を付与する。小柄な魔道士の輪郭がぼんやりと光る。足元に魔法陣が回転し、上方に幾条もの黒い光の線が溢れ出す。

 黒く陰ったシルエットが幾重にも重なり、短杖(ワンド)と剣を奇妙に構えた桜花騎士団(キルシュリッター)のリーダーの姿がぶれる。


     *


「――ッ!」

 吸血鬼(ヴァンパイア)は顔をしかめて手をかざし、溢れる魔力光を遮る。


 次の瞬間、まったく同じ姿のハインリヒが()()もそこに立っていた。

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