賭博者たち その②
首都内のどこかの建物にある、とある部屋。
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薄暗い照明の灯された広い部屋の中に、七人の男女が集まっていた。
壁際に配置された長く大きいソファに六人が座り、反対側の壁に設置された《魔道視板》を眺めている。
七人目は、今は閉め切られている窓の前のばかでかい机で、《魔道視板》と六人の様子をうかがいながら何かを操作している。
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「珍しいですな、戦いのさ中、あのハインリヒ・グラーベンがこれほどまでに饒舌になるのは」
ソファの端、窓際の近くの机に近い側に座った、でっぷりと太った男が感想を口にする。闇魔法《隠蔽》により、この男のみならず全員の姿はおぼろげなシルエットしか見えない。
「普段から、彼は戦闘中にベラベラ喋るタイプではない。むしろ、魔法や固有技能を用いる際に掛け声を発したり、ましてや技の名前を叫ぶなどといったようなことを厳しく戒め、愚かしいことだと断罪していたはずだ。そうでしたな? ミスター・グリフォン」
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ミスター・グリフォンと呼ばれた隣の男――筋肉質で、戦闘に適した革の服を着た、腰に短杖を提げた大柄な人物は、でっぷりと太った男の問いかけにうなずく。
「左様だ、ミスター・ドラゴン。ハインリヒ・グラーベンはまさにそのような心構えで戦闘に臨んでいる。のみならず、一流の冒険者や傭兵、兵士などは皆そうだ。冒険者という存在に憧れ、華麗な魔法や固有技能を使うことに陶酔するだけの者は、当然その隙を突かれる。要は喋っている暇があったら攻撃しろということだ」
重々しくうなずくミスター・グリフォン。ミスター・ドラゴンと呼ばれたでっぷりとした男は、「そうでしょう、そうでしょう」と満足げに体を揺らして笑った。
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「し、しかし、それならどうしてハインリヒは今回に限って饒舌なんだ。吸血鬼という強敵を相手に、戦いのさ中に喋るなどという舐めた態度を取るのは、いったい何故なんだ?」
ミスター・ドラゴンとは反対側の端に座っていた貧相な人影が腰を浮かせ、浮足立って問いかけた。
「あ、あの吸血鬼は明らかに今までの敵とは違う! ハインリヒとエルガー、それにバルトは初手で全力で攻撃を行った。しかし彼らの魔法はすべて弾き返されてしまった! それなのに悠長に喋っていてもいいのか!?」
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「それはァ、むしろ強敵だからこそですよぉ、ミスター・ベヘモス」
ソファの中ほどに、長い脚を組んで優雅に腰かけた妖艶な雰囲気の女が、絡みつくような声で応え、煙管を吸って紫煙を吐き出す。
「フゥ~~~…… あの吸血鬼は強い。ハインリヒが放ったのは《極大火球》、エルガーのは《地獄火球》。どちらも上級魔法。そしてバルトの魔弾は、《業火》とォ……あとよくわかんないけど、神聖系の何か……対亡者用魔法でしょうね」
女は、桜花騎士団が行使した魔法の種類を正確に当ててみせた。
「それらすべてを抵抗で無効化するなんてのは、並の魔物じゃありませんのよォ……」
そう言って、妖艶な女は足を組み替える。
「そしてあの魔物には言葉が通ずる……つまり、ハインリヒは目的があって喋っているということ。二流や三流の冒険者が無意味に技の名前を叫ぶなどといったような意味のない行動とは質が違う」
カンッ! と音を立てて、女は煙管の灰を灰皿に落とす。その甲高い音に、ミスター・ベヘモスと呼ばれた男はびくりと震える。
「おそらくハインリヒは、あの吸血鬼を油断させようとしている。自分たちが交渉の余地のある相手である、そう思わせて、隙を作って殺す。そういった心積もりなのよォ」
「し、しかしミセス・マーメイド、」
ミスター・ベヘモスが、妖艶な女――ミセス・マーメイドになおも言い募ろうとした時、「おおっ」という声があがる。
全員の視線が《魔道視板》に集中する。
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《魔道視板》の中では、桜花騎士団の三人が膠着を破り、攻撃に転じていた。
ハインリヒとエルガーは得物に魔法を付与し、剣で斬りかかる。バルトは後方から魔銃による補助魔法で二人の身体能力を強化しているようだ。
桜花騎士団の得意とする魔法剣――物理的な打撃とともに属性魔法を叩きこみ、敵の弱点を直接突くことのできる一撃必殺の技。かつてパーティーに在籍していた老賢者、エーリッヒ・ムーアが直々に伝授したものだ。
雑魚の掃討にこそ向いてないが、まさに今回の吸血鬼のような単独の相手に対しては絶大な効果を発揮する。
……はずだったが、桜花騎士団は思いのほか苦戦していた。
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「……通じていませんな」
でっぷりと太った男――ミスター・ドラゴンが、ぽつりとつぶやく。
「あの吸血鬼、予想以上の強敵だな。いかに『猛毒のエーリッヒ』直伝の魔法剣といえども、当たらなければ何の効果もない」
ソファの真ん中あたりに座った若そうな雰囲気の男が、肘を膝についた姿勢で《魔道視板》を睨みつけながら言う。
「吸血鬼特有の身体能力と、あの外套――どんな技術か知らないが、魔法も通さなければ剣で斬ることも難しい。致命の一撃はすべて躱し、どうでもいい一撃は外套で吸収している。戦い慣れている」
男は下を向いてくっくっく、と笑う。
「……面白いな。ここに来て、桜花騎士団もとうとう年貢の納め時かもなァ。なにしろ今までが強すぎた。『魔眼のコルネリウス』が抜けてからこっち、彼らの苦戦する様子がちょっとずつ見えてきていたが、ようやくちょうど良い感じになってきたじゃないか」
「で、ではミスター・ペガサス、あなたは桜花騎士団が敗北すると、そう言いたいのか」
ミスター・ペガサスと呼ばれた若い雰囲気の男は、ふんと鼻息を鳴らし、ソファにどっかりと座り直す。
「どうだろうな……そこまでは言えない。なにしろ桜花騎士団は……いやハインリヒは強い。見た目で判断してるのかなァ、どうもみんな彼の実力を素直に認めたがらないがね。何しろドラゴンを実質一人で倒したくらいだ。ギルドの規定上、条件を満たしていなかったようだが、彼は実質Sランク冒険者だよ」
「では、あなたは桜花騎士団が勝つと……」
「そうも言っていない。なァ、ミスター・ベヘモス。勝つとか負けるとかいいじゃないか、どっちでも。それより大事なことがあるだろう?」
「そ、それより大事なこと……」
「そうだ、大事なことだ」
ミスター・ペガサスは文字通り首肯した。もし、闇魔法《隠蔽》がかかっていなければ、彼の笑顔のあまりのおぞましさに、ミスター・ベヘモスは震えあがっていたことだろう。
「そうだ。我々――というのは、あんたを除いたこの部屋の中の面々はということだがね、我々は皆、多かれ少なかれ、人が破滅するさまを見るのが好きなのさ」
くっくっく、と笑うミスター・ペガサス。
「確かに我々は桜花騎士団に出資し、同時にこの冒険者賭博の会を開いている。冒険者たちの戦いなんて、滅多に見れるもんじゃないからね。その意味では桜花騎士団のことは応援している。だが、同時に冒険者たちが無惨にも殺される場面も観たいと望んでいる」
「それは、さすがにあなただけではなくて?」
ミスター・ベヘモスの隣にいる、凛とした雰囲気の、中年手前くらいの女の影が、呆れたような口調で窘める。
「まァ、あんたはそう言うだろうけどな、ミズ・フェニックス」
そう返して、ミスター・ペガサスはまたも下を向いて笑う。
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バケモノどもめ、とミスター・ベヘモスは内心で毒づいた。
勝ち負けよりも大事なことだと――
そんなものはない、とミスター・ベヘモスは思う。
彼はこの秘密の賭博場に、自身の財産を持ち込んで賭けをしに来たのだ。それも、賭け事を楽しむためなどというきれいごとのために来たのではない。
勝つために来たのだ。勝って財産を増やすため。
そしてその財産で、並み居る貴族連中や王族の方々、教会の腐敗した上層部連中などに取り入り、商売敵たちと差をつける。
ゆくゆくは貴族の地位を金で買い、自分自身が……それが叶わぬなら一族や子孫が、王宮の奥深くまで入り込んで権力の座に就く。それが彼――ミスター・ベヘモスこと織物商テクストルの夢だった。
最初はうまく行っていた。ミスター・ベヘモスは勝ちを重ね、資産を少しずつ増やしていった。
だが、途中から流れが変わった。あの「魔眼のコルネリウス」がパーティーを追放されてから、ミスター・ベヘモスは負けが込んでいき、最初の勝ちをすべて失い、資産は目減りし、ついには底が尽きかけている。
今回勝たなければ、俺は破滅だ――
ミスター・ベヘモスは今回の賭けに残りの資産をすべてつぎ込むつもりだった。
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その時、《魔道視板》が暗転し、映像が途切れる。
「さて、盛り上がっていらっしゃるところ恐縮ですが、今回の賭けの内容を発表したいと思います」
今は閉め切られている窓際の机についた醜く太った男が、ねばりつくような不快な声色で言う。
来た、とミスター・ベヘモスは思った。今回こそ勝つ。
「今回の内容は――」
醜く太った男の影が、賭けの内容を朗々と読み上げる。
部屋の中の全員が、その言葉に耳を傾ける。
「この戦いにおいて、桜花騎士団は死人を出さずに戦いを終えることができるか」




