吸血鬼(ヴァンパイア) その②
ハインリヒの《極大火球》と、エルガーの《地獄火球》。
そしてバルトの魔銃《七発六中》による《業火》と《浄化》、《除霊》。
それらが吸血鬼に直撃する。
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激しい爆発が起こり、光と熱の奔流が渦巻き、暴風が荒れ狂う。魔力の粒子が周囲に飛散する。
吸血鬼の腰かけていた粗末な椅子とテーブル、その上のカップが爆発に巻き込まれ、バラバラに砕けて散乱する。部屋の奥で、牢獄の中に閉じ込められている盗賊どものものと思われる、汚い悲鳴があがった。
煙がもうもうと立ち込める。ハインリヒとエルガーは得物を抜いて左右から警戒する。
例によって魔銃の反動で後ろに転がっていたバルトは、《七発六中》に魔弾を込め、部屋の外から吸血鬼に狙いをつけた。
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「――!!」
ハインリヒが《障壁》を展開、煙の中から襲い来たる吸血鬼の攻撃を防ぐ。防御の魔法陣がハインリヒと吸血鬼の間に展開、黒く長い爪の一撃を受け止めた。
「チッ!!」
空中で《障壁》と競っていた吸血鬼は、舌打ちをして後ろに飛びすさる。
――すべて抵抗してやがる。ってことは、
――「首を斬り落とす」という選択肢になるな。
ハインリヒとエルガーが《念話》で交信する。
吸血鬼は宙でくるくると回転し、着地。その姿を、桜花騎士団の三人が見やる。
その姿は、皮膚や髪や衣服にも、少しもダメージが見当たらなかった。
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肌は不自然に白く、瞳は鮮血のように紅い。亜麻色の髪は首のあたりまでの長さで、両サイドが編み込まれている。耳の先がわずかに尖っている。
黒い外套はなめらかな光沢のある生地で、襟が高く立っている。いかにも吸血鬼然とした装備だ。
見た目は脆弱そうな外套だが、刃や魔法が通るかはわからない。襟を立てているのは首を狙った攻撃を防ぐためだろう。
そしてその下には、体の線が見える暗い色の布の服を着ている。若干古風なデザインだった。
胸の部分のふくらみから、女性――いや、少なくとも女性型の個体であることがわかる。
両手の爪は真っ黒で、長く伸び、尖っている。わずかに笑みを浮かべた唇の端からは、鋭い牙が見える。
年の頃は、もし人間であると仮定するなら十六歳ほどに見える。だが、その不敵な貌が年齢の推測を困難にさせている。
見かけ上の若さの印象を裏切り、手は筋張っており、指が長く細い。
紅い瞳や爪や牙以上に、全体に不快な違和感を与えるアンバランスさがある。それが、この人型の存在が見かけ通りのものではないことを示している。
そもそもそれは人間ですらないのだ。
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「ずいぶんなご挨拶じゃないの。せっかく私が平和的にものごとを解決しようとしてるっていうのに」
傲岸な表情を浮かべ、見下すような視線で吸血鬼が抗議の言葉を口にした。長く飛び出た両手の爪が、付け爪でもしているくらいの長さまで引っ込む。
「平和だと? なに言ってやがる」
エルガーが思わず反論する。
「テメェが先にあの食屍鬼をけしかけ、操って俺らを襲わせたんだろうが」
あの異常なまでに硬く力の強い食屍鬼のせいで、桜花騎士団は危うく全滅の憂き目を見た。エルガーは側頭部に曲剣を水平に構える。
暗黒系神官戦士の当然の反論を、吸血鬼は「あっは」と嗤った。
「面白い冗談を言うじゃない。あんたたちは自分らとこの私が対等だとでも思っているみたいですけど、」
吸血鬼は「ハッ」と嗤う。
「それは間違い。吸血鬼と人間はそもそも対等でない。私が人間だとしたら、あんたたちは家畜や鶏みたいなもの。そのくらいの力の差がある。わかるでしょ?」
――ずいぶん饒舌だな。吸血鬼ッてのは皆こうなのか?
――こいつの言う通り、人類種と吸血鬼では個体同士の力の差は圧倒的だ。だからこういう態度になる。
――楽勝だと思って余裕こいてやがるわけだな。
――ああ。つまりそこに隙がある。
吸血鬼が喋っている間に、ハインリヒとエルガーは《念話》で会話する。
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「……だから、あの不死鬼を退けられるくらいでなければ、この私に会う資格など無いってわけ」
「なるほど、あの食屍鬼、いや不死鬼か。あれは試験だったわけだな。我々の力を試すための」
「その通り。小さいのに、そこの坊やは物分かりがいいのね」
短躯を揶揄されたハインリヒの顔がスッと無表情になる。
吸血鬼はそれを目ざとく察して唇の端を歪め、エルガーはリーダーの顔をちらりと窺った。
「……そして我々は、光栄にもそれを突破し、めでたく貴様とお会いすることができたわけだ」
じりじりと間合いを計りながら、ハインリヒが言う。その声には、いかにも苛立たしげな雰囲気があった。
「そう。感謝しなさいよね」
剣を構えてにじり寄る桜花騎士団の二人を、さしたる脅威とも思っていない様子で吸血鬼は見比べ、侮蔑的な笑みを浮かべる。口元の牙がきらりと光った。
*
部屋の天井にぶら下がった眼蝙蝠が、小さな体の中央にある巨大な一つ目をぎょろりと動かし、冒険者と魔物の戦いを見守る。




