吸血鬼(ヴァンパイア) その①
吸血鬼の走狗である食屍鬼を退け、「魔石鉱山跡」を奥へと進みながら、ハインリヒはある嫌な思いに捕らわれていた。
*
(さっきの食屍鬼……もしコウ――コルネリウス・イネンフルスがパーティーにいたら、我々はあの魔物を苦もなく倒せていたのではないか?)
ふと湧き上がった疑問だった。
桜花騎士団の三人、魔力をほとんど感じさせない銃士バルトはもちろん、神官戦士のエルガーや、魔道士であるはずのハインリヒ自身も、あの盗賊の男が吸血鬼の《死の接吻》で食屍鬼と化していることに気づかなかった。
通常の魔法と比べて固有技能は見破りにくい。それにしてもAランクパーティーの冒険者が三人もいて、誰一人気づかなかったのだ。
(奴の《分析》……いや《深層分析》があれば、食屍鬼の正体など即座に見破っていただろう。それ以前に、奴の観察眼や危機察知能力なら気づいていたかもしれん……アンナやエルガーはそれを臆病さと見なしていたようだが)
ハインリヒは我知らず、下唇を噛んだ。
かつてはコウの人の好さや甘さを、ハインリヒとエルガー、アンナの三人はしばしばからかい、笑っていたものだ。
(しかし、奴は少なくとも、戦いにおいてはおよそ甘さなど見せなかった。エルガーやアンナを、危機に陥る前に先んじて補助魔法や回復魔法で支援することもあった……二人はそのことでコウを煙たがり、俺も仲間を信頼しない奴だと思ったりもした。しかし、それも戦いに勝つという点における奴なりの選択、いわば戦闘のスタイルの違いに過ぎなかった)
現に桜花騎士団は首無騎士との戦いでアンナを欠き、今は討伐対象にたどり着く以前の段階で、その手下ごときに苦戦している。
(やはり貴様を追放したことは失敗だったようだ、コルネリウス・イネンフルス。忌々しい奴め……追放された後ですら、この俺を苛むとはな)
ハインリヒは、自分の考えのあまりの理不尽さに、内心で苦笑した。
コウを追放したのは他ならぬ自分自身なのに、現在の苦戦をコウのせいにし、あまつさえコウが自分たちを苦しめているなどと考えてしまうとは。
――どうした大将、難しい顔をして。なんかおかしな気配でもあったか?
リーダーの渋面に気づいたエルガーが、ハインリヒに《念話》で声を掛ける。
――いや、何でもない。気にしないでくれ。
俺も焼きが回ったかな、と内心自嘲し、ハインリヒは目を前に向けた。
*
ダンジョン内の構造は明らかに変化していた。
食屍鬼と戦ったあたりまでは、自然の岩肌が残された「いかにも鉱山跡」だったが、先に進むと床や壁がブロック状の岩を積み上げた構造になっている。
盗賊どもの居住区。「魔石鉱山」が廃鉱になってからならず者どもが住みつき、彼らが長い年月をかけて作り上げた。
無法者どものアジトだ。
*
左右に扉の並ぶ、居室の地区を桜花騎士団の三人が進む。
――なぁ。いま思ったんだが、
エルガーが二人に《念話》で通信を送った。
――わざわざダンジョンを攻略して律儀に主を倒しに行くより、火でもつけちまったほうが早かったんじゃねェのか? あるいはダンジョンごと爆破するとかよ。
――ふむ。
――なるほど。
三人で居室を一つ一つ、空室かどうかを確認する作業を行いながら、ハインリヒとバルトが答える。
――どうしました? 先輩。依頼が面倒にでもなりましたか?
――ああ面倒だぜ。ごろつきどもの体臭や何やらがしみ込んだ、しけた鉱山跡なんかに潜らなきゃいけねぇのと、あんなバケモノがポンポン出てくるってことがな。できれば依頼をほっぽり出して、帰って酒場にでも行きたいくらいだ。というか、
糸目銀髪のうさん臭い男を、エルガーは横目でちらりと見る。
――その先輩ッてのは何だ? 気持ち悪ィな。
――エルガーさんは先輩という感じかなと思いまして。気に入らないなら変えますが。
――どうでもいいな。
――……では、先輩と呼ばせていただきます。
――ふん。勝手にしやがれ。
エルガーは《念話》でも「ふん」と言った。
*
ハインリヒは二人の様子を見ながら、本題に返答する。
――「火を放つ」もしくは「爆破」か。いいアイデアに思えるが、現実的ではなさそうだな。
――理由は何だ? 大将。
――まず一つ。吸血鬼が火を放ったくらいで死んでくれるかどうかわからない。ひと口に吸血鬼といってもBランクからSランクまで様々だ。死者再生型の、魔法を使うこともおぼつかない吸血鬼なら火を放って掃討できるかもしれない。だが、知能が高く、魔法を行使したり固有技能を持っていたりするAランク以上、つまり転化型や真祖は、炎程度では完全に滅することはできないはずだ。
――……なるほどな、納得できる。
――二つ。吸血鬼に限らないが、火を放っても普通に逃げられる可能性もある。現実的に「火攻め」を考えた場合、広いダンジョンのすべての出入口をふさぎ、あるいはすべての出入口から侵入し、内部にいる主が逃げられないように火を放つ必要がある。
――つまり「手間ひまかけてダンジョンに火を放つ」ことと「ダンジョンを攻略して主を叩く」こと。どっちが手間がかかるかという話ですね。
――まぁ冒険者パーティーは少人数だしな。「すべての出入口を封鎖して火を放つ」が実質不可能というのもわかるぜ。
居室の扉をエルガーが蹴破り、中を確認する。
――何もいねぇ。次だ。
*
――三つ。討伐対象がいくら強力でも「火攻め」や「ダンジョンの爆破」は後々面倒だ。近隣の住民にも被害が出る――もし近くに住人がいればの話だが。それに、ダンジョンは自然発生にしろ人造ダンジョンにしろ、また単なる地形ダンジョンにしろ、我々にとって「資源」となる。
扉を蹴破り、中を確認し、次へ向かう。扉が規則的に並んだ居住区であるせいか、だんだん動きがルーティーン化してくる。
――たとえばこの「魔石鉱山跡」だが、廃鉱となっているが、のちのち何が発見されるかわからん。そのため「完全に潰す」ことなく保存されている。
――それが裏目に出て、盗賊どもの隠れ家なんかになってしまいましたがね。
――そうだ。この国のみならず、どの国でも魔物と戦っているばかりではない。国同士の間には戦争があり、陰謀が渦巻いている。そんな時、ダンジョンというものは国と国、人と人――つまり同種族でも異種族でもということだが、魔物以外との覇権争いの際のアドバンテージになり得る。
――ふーむ……
「考え込む符号」を《念話》で飛ばしながら、エルガーは扉を蹴破る。
――理屈はわかるが、しかし改めて面倒な話だな。いったい人間ッてのは、もちろんエルフやノーム、ハーフリング、オーク、獣人、そしてごうつくばりのドワーフも含めて、どうして仲良く出来ねぇんだ?
短杖をかざして左右を確認し、「いない」と符号を飛ばす。
――まァ、俺の言うこっちゃねェな。人類同士がゴタゴタと争うからこそ、俺ら冒険者は食っていけるようなところはある。
桜花騎士団は主にダンジョン攻略と魔物退治を生業としているが、それはAランクという高い戦闘力を持ったパーティーだからだ。魔物と満足に戦う戦力を持たない冒険者たちは、いきおい他の依頼――宅配や護衛などで糊口をしのぐことになる。
魔物を相手にしない依頼の中には、「罪を犯した冒険者の逮捕」や「凶悪犯罪者の討伐」も含まれる。実入りは少ないが、魔物を相手にする依頼より遥かに容易いからだ。
――見ろ。おそらくあそこだな。
ハインリヒが指さした先に、扉の設置されていない入り口があった。他の部屋よりも明らかに大きい造りをしている。
*
部屋の中央に、黒い外套を羽織った少女の姿が見える。
簡易的なテーブルが、不自然に部屋の中央に置かれており、粗末なカップが並べられている。少女は見すぼらしい椅子に腰かけていた。
亜麻色の短髪の両サイドを編み込んでおり、肌は不自然に白い。目の色は、人類――つまり人間や亜人や獣人などでは滅多に見ない真紅。
少女の背後に、鉄格子らしきものが見える。盗賊どもが、人質や捕虜を閉じ込めるために作った牢獄だ。そして今はおそらく食糧庫――
桜花騎士団の三人は、無言でまっすぐ部屋に足を踏み入れる。
「いらっしゃい、君たちは冒険者ね? 怖い顔しないで、まずはお茶でも――」
*
三人は歩みを止めなかった。
ハインリヒは短杖を抜き、あらかじめ簡易詠唱を済ませておいた《極大火球》を発動する。エルガーは同じように《地獄火球》を。
同時にバルトは、魔銃《七発六中》を抜き、《業火》と《浄化》、《除霊》の魔弾を射撃する。
致命の魔法が吸血鬼に襲い掛かる。




