食屍鬼(グール) その①
「ゴアアアアアアア!!」
盗賊の男のなれの果て――食屍鬼が咆哮をあげ、空気がびりびりと震える。
そして拳を振り上げ、桜花騎士団の三人に襲い掛かった。
*
食屍鬼の拳を、三人は回避する。ハインリヒとエルガーは左右にローリングし、バルトは背後に飛びすさって避けた。
致命の一撃は廃鉱山の岩の地面に激突した。岩の地面に放射状のひびが入り、同時に食屍鬼の拳も砕け、腕が折れ、肉が裂けて千切れ、骨が飛び出て砕ける。
だがそのダメージはみるみるうちに再生する。逆回しのように、砕けた骨は集まって元通りになり、肉は千切れた面がくっつき皮膚も張り直され、あっという間に元通りになる。
痛みなど感じた様子もなく、濁った眼で冒険者たちを睨み、「コアアア」と食屍鬼が瘴気の混じった息を吐き出す。
「ムチャクチャだ」
エルガーが呆れたようにつぶやいた。
力が強すぎるせいで自分の肉体も砕ける。しかし砕けた先から再生し、元通りになりながら戦う。上級亡者にはそういった戦い方をする魔物が稀に存在する。
――どうする大将。あの再生能力。おそらく魔法抵抗も強い。策はあるのか?
――やることは変わらん。基本だ。
桜花騎士団は、魔法使い同士が発声なしに短距離間を思念で会話のやり取りを行う魔法《念話》に通信を切り替える。
(相変わらずうちの大将は言葉が足りねェよな……。言いたいことはわかるし、それがいいところでもあるンだがよ)
内心でぼやくエルガー。ちなみに《念話》はあくまで魔力回路による情報の伝達であって、「思ったことが全部伝わる魔法」ではない。
――つまり「燃やす」、もしくは「浄化する」、あるいは「首を切り離す」ということですね。
魔銃士バルトがフォローする。いかにも裏切りそうな顔をしているくせに、なかなか気の利く男だ、とエルガーは思う。
――その通りだ。行くぞ!
わずか一、二秒の間に《念話》で方針を定め、桜花騎士団が動く。
*
補助魔法《防御》《雲踏》《加速》を自身に付与したハインリヒが食屍鬼の右手側に跳び、《防御》《敏捷》を付与したエルガーが左手に走る。それぞれ短杖を構え、魔法を発動。
――《火炎風刃》
――《地獄火炎》
ハインリヒの火・風系攻撃魔法と、エルガーの闇・炎系攻撃魔法が、両側から食屍鬼に襲いかかる。何十枚もの炎をまとった風の刃が首を斬り飛ばさんとし、黒と赤の炎が舐めるように足元から燃え上がる。
しかし――
――ぬうッ!!
――効かねェ!!
風の刃と炎の舌は、食屍鬼に効果を及ぼす直前で抵抗され、魔力の塵に還元されて消えていく。
ダンッ! と魔銃の銃声が響く。ハインリヒが空中で見やると、魔弾を放ったバルトは反動のあまり後ろに転がるところだった。
食屍鬼の頭に魔弾が炸裂し、後ろにのけぞらせる。白色の魔力光とともに炎が魔物の全身を包む。ゴアアアア、と叫び声があがる。
「悪魔教会」内での首無騎士戦でも使った、《業火》の魔弾と《浄化》《除霊》の魔弾、そして今回は新たに《亡者退散》の魔弾。魔銃《七発六中》の込められる上限である三発を同時に発射し、バルトは反動でゴロゴロと転がり、魔石鉱山跡の岩壁に激突する。
「ぐはッ!!」
前のめりに倒れるバルト。それを一顧だにせず、《浮遊》も付与して宙に浮いているハインリヒと魔物の足元近くにいるエルガーは、白色の浄火に身を焼かれる食屍鬼を見やる。
炎はすぐに消えていき、魔力光の残骸が空中に還元していく。煙が晴れてみると、食屍鬼の体には傷一つついていない。
――やっぱり効いてねェな、バケモノめ。
――「炎」と「浄化」が効かなかった。次は、
その時、食屍鬼は突然、予備動作なしに拳と蹴りを繰り出した。無理な姿勢から繰り出された拳がハインリヒを捉え、蹴りはエルガーのみぞおちに突き刺さる。
自らの骨を砕き、肉をねじ切りながら繰り出した食屍鬼の一撃は重く、《防御》の魔法陣が魔力の残骸をまき散らしながら壊れ、二人は吹き飛ばされる。ハインリヒは天井に、エルガーは岩壁に激突する。
食屍鬼もバランスを崩し、そのまま地面に叩きつけられる。
*
「――ッ!!」
バルトは息を呑んだ。とっさに懐から魔弾を抜き出し、《七発六中》に込めて引き金を引く。《浄化》《除霊》の魔弾。続けて《治癒》《回復》の魔弾。広範囲に神聖系の魔法を展開し、食屍鬼の動きを封じながら二人の回復を図る。
《浮遊》で浮いているハインリヒは、気を失ったように回転しながら空中を漂っている。エルガーは岩壁に激突して、うつ伏せに倒れ、震えながら身体を起こそうとしている。
(……まさか、ここまで苦戦するとは)
懐の魔弾をさぐりながら、バルトは内心舌打ちした。あの食屍鬼はただの食屍鬼ではない。姿形は標準のものより一回り以上も大きく、力も魔法抵抗も強い。なによりあの回復力。
(いくらなんでも苦戦しすぎでしょうか。このままでは本当に全滅してしまいます。そうなったら……)
ハインリヒは空中で身をよじる。エルガーはせき込み吐血し、自分の胸に掌を当てて《治癒》を試みている。
糸の切れた操り人形のように倒れていた食屍鬼は、不自然な姿勢で起き上がる。
(何かとくべつな食屍鬼なんでしょうか。それとも……)
先ほど、この食屍鬼が変異する前、ただの盗賊の男だった時に言っていた言葉を、バルトは思い出した。
『彼女は俺に口づけをして約束してくれたんだ。口づけだぞ。フヒヒヒ』
吸血鬼が用いるという固有技能、《死の接吻》――
固有技能は魔法と違い、定められた術式に従って誰でも同じような現象を発生させるようなものではなく、同じような固有技能でも使用者によって効果はまちまちだ。だが「魔力を使って何かをする」点では同じ。
そしてあの食屍鬼の異常なまでの再生力と、理不尽な力と、操り人形のような動き。
(ということは、もしやこいつは――)
懐からある魔弾を抜き出しながら、バルトは周囲を素早く見まわす。
*
桜花騎士団の三人が来た坑道とは逆、食屍鬼になる前の男がやってきたほうの坑道を見やり、バルトは《七発六中》に魔弾を込め、引き金を引く。
ダンッ! と銃声が鳴り響く。銃口から、ふらふらと魔力の塊が浮かび上がり、坑道の奥、天井付近で炸裂する。
「――《太陽光》」
魔銃士の短い呟きと同時に、まるで太陽そのものであるような眩しい光がダンジョン内を照らす。
坑道の向こうから「ギャッ」という叫びが聞こえた。




