鶏と人間
「ダンッ!」という銃声とともに、バルトの魔銃が文字通り火を噴いた。
*
銃口から発せられた白い炎は、床に転がされた盗賊の男にまっすぐ向かい、包み込んで焼き尽くす。
「ぐわあああ!」
男は転げまわる。しかし炎は彼を燃やさず、すぐに散って白い魔力の塵となり、霧消していく。
「あああああ……あ、あれ?」
「……やはり屍人ではないようですね。魔弾の無駄でした」
バルトが魔銃により発動させたのは《浄化》の魔法。亡者だけを焼き尽くす効果を持ち、生者に対しては当然なんの効果もない。
「まァ知ってたけどよ。わかってていたぶるのは趣味が悪ィぜ?」
呆れたような口調でエルガーがぼやく。
「すみません。ついいじめてみたくなりまして」
邪悪な笑みを収め、にっこりと微笑むバルト。
とはいえ、彼がにっこりと微笑んでいることはそれなりにつき合いの長くなったハインリヒとエルガーにしかわからないだろう。
「た、助かったのか。ありがとう! ありがとう!」
「黙れ。お前に発言権があるとは言ってねェ」
「ヒッ……!」
縛られたまま床に正座し、感謝を述べる盗賊をエルガーは冷たい目で睨み、叱りりつける。盗賊はびくりと身をこわばらせた。
*
「とはいえ、こいつが何かを隠していることは確かだな」
ハインリヒは腕組みをして盗賊の男を見下ろした。
「どうする大将? やるか?」
「ああ、頼む」
「なっ、何をする気だ!?」
エルガーは短杖を立てると、普段の軽薄な様子とは裏腹な厳粛な声で短く詠唱する。
「すべてを許し給うエシュタルの、暖かき闇の抱擁により、この者の心の扉は開かれん――《自白》」
黒い魔力がらせん状に短杖にまとわりつき、弾ける。魔力の微細な粒子が、《束縛》の魔法に縛られたままの盗賊の男に吸収される。
「な、なんだ……?」
盗賊の男は奇妙な暖かさを感じ、すぐにぼんやりとした表情になる。目がとろんとし、唇が半開きになる。
エルガーはしゃがみ込み、男の顔を覗き込んでうなずく。
「……よし、かかったみてェだな」
「うむ。では貴様、このダンジョンの奥にいる吸血鬼について洗いざらい話してもらうぞ」
*
「洗いざらい話してもらうだと? 冗談じゃねえ。あの方を裏切るわけにはいかねえな。なにしろあの方は恐ろしいお方だ。俺ら盗賊ごときが歯向かうなんておそれおおいってもんだ」
盗賊はベラべラと喋り出した。《自白》は神聖系・暗黒系の両方に存在する尋問用の魔法で、対象の警戒心を解き、文字通りなんでも答えさせる効果を持つ。
対象の魔法防御力によっては抵抗されることもあり、また「格上の相手には効かない」という状態異常系に特有の弱点もある。それと「動いている相手」にも効きにくい。
今回の盗賊の男は、《自白》が効く条件をすべて満たしていた。
「俺たち人間は、いわばあの方の食糧よ。あの方は人間の上位に位置する存在。人間が鶏を喰うように、あの方は人間を喰う。俺らはあの方のお慈悲によって生かされているだけだ」
桜花騎士団の三人は、自白を続ける盗賊を冷ややかな目で見下ろす。
「……ずいぶんベラベラ喋る盗賊ですね。しかも自分を鶏にたとえてますよ。あまり面白くもありませんが」
「魅了でも喰らったのかもしれん。たいした忠誠心だな」
「しかしまだ疑問には答えてねェぜ。おいお前、」
「はっ、はいっ」
得々として語り続けていた盗賊は、脅されて居ずまいを正す。
「さっき逃げてきたッて言ったよな。あれはどういうことだ」
「あ、あれは俺があの方に頼み込んだんだ。助けてくれってな。そしたら彼女は女神のような慈悲深い心で俺にチャンスを下さった」
「彼女だと? 吸血鬼は女か?」
「そ、そうだ女性だ。しかもお美しい。人間にはあんな美貌の持ち主はいないな。透き通るような白い肌に赤い瞳……ああ、たまらねえ。あの方に血を吸われるなら本望という気がしてくる」
ぶつぶつと言い続ける盗賊を半ば無視して、エルガーはハインリヒに訊ねる。
「だそうだぜ大将。吸血鬼はオスメスで対策が変わるのか?」
「変わらんな。どのみちやることは一緒だ。戦いになるのは目に見えている」
「それこそ鶏から見た人間が男だろうが女だろうが関係ないように、我々から見た吸血鬼も同じということですね」
ハインリヒはうなずく。
「その通りだ。そして一つはっきりしたことがある。だいたい予想どおりだが、今回の吸血鬼は死者再生型などではない。何らかの方法で人間から転化したか、あるいは吸血鬼同士から生まれた個体」
「つまりはAランク以上ということです」
「『真祖』は悪魔みてェなもんだから、もし『真祖』だったら既に広範囲に影響が出ているはずだよな。そういうこともあって、今回のはほぼほぼ転化型で間違い無ェッてわけか」
*
「そ、それでだ。そんな俺でも命は惜しいからな、彼女に頼んでみたんだ。そしたら彼女は条件を出して、俺を逃がしてくれることを約束した。『あいつらを連れてこい』と彼女は言った。そう、あんたたちのことだ」
《自白》の効果でなおも話し続ける盗賊の言葉に、三人は顔を見合わせる。
「『あいつら』だと? 吸血鬼は我々が複数人であることも把握していたのか」
「あ、ああそうだ。どんなお心があるかはわからねえが、あんたらの中から誰かをお仲間にするつもりかもしれねえな。なにしろ俺らの中にはあの方のお眼鏡に叶う者がいなかったみたいで……まぁしょうがねえな、俺らはどうしようもないごろつきばかりだ」
「……確かに、我々がこの『魔石鉱山跡』に入ったことと、それと複数人であることまで把握しているなら、殲滅するだけなら狭い坑道内のどこかで襲い掛かればいいわけですからね。一人ずつ闇にまぎれて仕留めていけばいい。そうしないのは、他に何か目的があると考えたほうがいい」
バルトが顎に手を当てて考えるそぶりをする。もし、彼の目が糸目でなかったら、目がすっと細まっていたのが見えただろう。
「奴は俺たちを見定め、誰かを仲間に引き入れようとしてるッていうのか? あんまりぞっとしねェ話だな」
「だが、それは奴の隙になることは確かだ。狭く暗い坑道内で一人ずつ襲われていたらどうなっていたかわからないが、三対一で戦えるとしたらこちらが有利だ」
「あ、あの方は、俺に約束をしてくれた。うまく連れてきたら命を助けてやるってな。できれば一人ずつ連れてこいと言ってたが……それは無理だったが、彼女は俺に口づけをして約束してくれたんだ。口づけだぞ。フヒヒヒ」
盗賊のその言葉に、ハインリヒとバルトが眉を顰める。
「はー、やっぱこいつ魅了されてたンか。しょうがねェな」
「エルガー、」
ハインリヒが促す。エルガーは、リーダーの様子に笑顔を引っ込め、立ち上がって短杖を持ち直す。三人は盗賊の男から少し距離を取る。
*
「ヒ、ヒヒヒヒ、あ、あの方は、おれに、く、口づけを、」
盗賊の男の体が膨らんでいくように見える。
……いや、見えるだけではない。実際に膨らんでいる。手足を縛りつけていた《束縛》の黒い魔力の鎖が弾け、千切れ飛ぶ。
後ろに飛びすさりながら、ハインリヒが《火球》を放つ。天才魔道士の放った高威力の火球は盗賊の男に過たず命中し、白煙がもうもうと立つ。
ハインリヒは顔を歪め、チッと舌打ちをする。赤色の魔力の粒子が散らばり、空中に還元していく。
遅かった……抵抗されている。燃えたのは服だけだ。
煙が晴れると、黒焦げになった服の残骸を散らばらせながら、なおも体を膨らませ、変形させていく男の姿が現れる。
*
男は奇妙な笑い声をあげながら、メキメキと音を立て、その体を変形させていく。
体は膨らんでいき、黒焦げになった革の服の残骸が剥がれ落ちる。髪が抜け落ち、皮膚はくすんだ緑色に変色する。
口が裂け、牙が生える。耳が尖る。腕と脚も伸び、手足は大きくなり爪が伸びる。
「くく、くくくく、げげげゲゲゲ……」
元の二倍ほどの大きさになった盗賊の男のなれの果てを、三人は見上げる。
「……高位吸血鬼の使う固有技能、《死の接吻》」
「その効果は様々ですが、対象を屍人以上に強力な魔物に変化させるものもあるそうです」
「そしてこいつはそれになったッてェワケか」
「ガガガ……ガガガガガガ…………!!」
威嚇とも笑い声ともつかぬ音を喉から出しながら、魔物は耳まで裂けた口を開いて牙を見せた。長い舌がべろりと動き、唾液が滴り落ちる。
「やはり最初に燃やしておくべきでしたね」
「だな。俺たちが甘ちゃんだったぜ」
「二人とも、油断するなよ――来るぞ!!」
坑道の天井に頭が擦られんばかりに巨大化した魔物――食屍鬼が咆哮をあげた。




