魔石鉱山跡 その③
消し炭と灰と化した屍人たち――かつての盗賊どものなれの果てを踏み越え、桜花騎士団の三人は先へ進む。
*
暗黒神官エルガーは、哀れな骸を踏み砕く際、「灰は灰に、塵は塵に」と祈りを唱えた。
「慈悲深きエシュタルの名において、汝らの魂に安らぎのあらんことを――」
さくさくと音を立てて消し炭と灰を踏みしめながら、さして死者を悼んでいる様子もなく、歌うように小声で祈りを捧げるエルガー。
その後ろを、ハインリヒとバルトが無言で歩く。
「屍人どもはこれで打ち止めか?」
「わからんが、用心に越したことは――」
《照明》の位置を調整し、先に続く道を照らしたところ、
「た、助けてくれぇ!」
叫び声と同時に、盗賊のなりをした男が一人転び出てくる。
ハインリヒが短杖を向け《束縛》を発動、バネのようにたわんだ黒い魔力の鎖が男に襲い掛かり、瞬時に四肢を縛り上げる。
「ぐわっ!」
《束縛》の魔力に拘束され、男は芋虫のように地面に転がった。
*
ザッ、と音がして、三人分の靴が男の眼前に並ぶ。
「……大将、こいつ言葉を喋るぞ。屍人じゃあねェのか?」
痩身の、黒い色合いの武具を身につけた男が冷酷そうに言う。
「わからん。脳が溶け切っていないか、あるいは屍人化の毒が回りきっていないのかもしれん」
華美な軽鎧と輪兜をつけ外套を羽織った、物語の勇者のような小柄な男が無表情で答える。
「どのみち放ってはおけませんね。ねんのため焼いておいたほうがいいでしょう」
銀髪でおかっぱ頭の、刷毛で引いたような細い目をした長身の男が、薄笑いのような表情を浮かべながら懐に手を入れつつ他の二人に訊ねる。
「ま、待ってくれ!」
剣呑な相談をする三人を見上げ、男が声をあげる。
ゴミを見るような目で、三人は男を見下ろした。
*
(ひっ……!!)
男は恐怖に震える。ただの盗賊――社会からはじき出されたならず者である彼には、当然のように魔法の素養など無かった。それでも目の前の三人が尋常ならざる実力を持っていることは直感的に理解していた。
いや、むしろならず者だからこそ、強者の発する雰囲気は敏感に察知するのだろう。ならず者は強きを助け弱きをくじくもの。「誰が強いか」「誰がボスか」を本能的に察知して阿諛追従し、人目の無いところで弱者をいたぶり不正な利益をむさぼるのがならず者だ。
「おいお前、どうして喋れる。吸血鬼に脳みそまで吸い取られたんじゃねェのか?」
黒っぽい装束の男――エルガーが短杖を突きつけて問うた。短杖と、それを持つ手と前腕の輪郭がぼんやりと発光し、先端に黒と赤の混じった魔力の火花が散る。
「何をたくらんでやがる。答えろ。返答次第じゃタダじゃ置かねェ。おかしなことを言ったら燃やす。怪しいそぶりをしても燃やす。黙り込んでいても燃やす」
エルガーの目は狂気を孕んでいるわけでも殺戮の歓喜に酔いしれているわけでもなく、あくまで冷静であり、しかも目の前の人間に対してひとかけらの情も抱いていない。それは他の二人も同じだった。
まるで鶏小屋の太った鶏を捕まえて「今日はこいつにしようと思うんだが、どうする?」と言う時のような。
「お、俺はあいつの目を盗んで逃げてきたんだ! 本当だ!」
エルガーの脅しに、燃やされまいとした男が勢い込んで答える。
桜花騎士団の三人は顔を見合わせる。
*
「逃げてきただと?」
勇者然とした小柄な男――ハインリヒがオウム返しに訊き返す。腰に佩いた剣の柄頭に右手をかけ、左手に持った短杖にはやはり魔力の火花が散っている。
少しでもおかしな動きをすると、この男にも燃やされそうだ。
「ほ、本当だ! 俺はあの吸血鬼の目を盗んで……」
「なるほど、よくわかりました。あなたは吸血鬼が間抜けに眠りこけている間にそろりそろりと抜き足差し足して彼の影響範囲内から逃れ、そのあと走ってここまで来た。そういうことですね?」
銀髪おかっぱ頭の糸目長身の男――バルトが助け舟を出す。三人の中では一番胡散臭そうな外見だが、意外にも話が通じそうだ。
男は激しく首を上下させ、文字通り首肯する。
「そうだ! その通りだ。あんたいい奴だな、いやー助かった、あいつの目を盗むには苦労したんだよ!」
「しかし妙ですね。ここは盗賊団のアジトとして改造された廃鉱山です。盗賊団のアジトならば、居住区の他に牢獄もあるはず。盗賊団を制圧した吸血鬼なら、食糧とすべき盗賊どもをその牢獄にぶち込んでおくんじゃないでしょうか」
「……………………」
「あなたはどうやって、その牢獄をぶち破って出てきたんです? まさか鉄格子を素手でねじ曲げたり、壁を蹴破ったりしたとでも?」
「そ、それは……」
バルトの糸目が少し見開かれているのに男は気づいた。唇の端も、注意深く見ればわずかに歪んでいる。
「どうしました? 答えられませんか? 咄嗟に答えられないということは、それは嘘だということですよ」
この三人の男たちは同じくらい危険な奴らだ。だが、異常さという点ではこの長身の男が最も異常だ。
他の二人が全く感情を動かさずに自分を処理しようとしているのに対して、この男だけは人をいたぶる機会を逃さず、嗜虐の快感に浸ろうとしている……
アウトロー特有の下劣な嗅覚によって、盗賊のなりをした男はバルトの異常性を見抜いた。
*
「やはり、とりあえず撃っておくのが正解でしたね」
そう言うと、バルトは懐からぬらりと魔銃を取り出した。そして男の頭に銃口をぴたりと突きつける。他の二人も微動だにせず、男を見下ろしている。
「ま、待ってくれ! 頼む!」
命乞いの言葉が終わらぬうちに、魔銃の銃声が廃鉱山内に響いた。




