魔力探知器 その①
アイリスは、足元に置いていた冒険者鞄から、掌に乗るくらいのサイズの黒くて丸い平べったい石のようなものを取り出した。
*
直径十五センチくらいだろうか? 円形で、多少の厚みがある。
一見、カップを載せるコースターのように見えるが、表面は鏡のように磨かれており、中央がなだらかな凸レンズ状に膨らんでいる。縁はつやが見えず、ざらついた石のような質感になっている。端の一ヶ所に穴が開いており、そこに丈夫そうなひもが通されている。
「それは? 『時計』ってやつか?」
コウが訊ねる。
鐘の音や日の傾き、星の位置などに頼ることなく、どこにいても時刻を知ることができる「懐中時計」なるものが、都会では流行っているという。魔力に頼らずぜんまいの力で動くため、魔法使いでない市民も使うことができるらしい。
数年前に技術革新が起き、しかも人間の工匠が開発したため、ドワーフ製やノーム製の工芸品よりも値が張らないとかで、庶民でも多少無理をすれば手に入るようになった。身なりの良いご婦人が金色の懐中時計をこれ見よがしに使っているのを、首都でコウは見たことがある。
しかしアイリスは首を振った。
「時計はもうちょっと小さいよ。これは古代文明の神器の一つ、《魔力探知器》っていうんだ」
「「《魔力探知器》」」
コウとリサの声がハモり、二人は思わず顔を見合わせた。
「そう《魔力探知器》。けっこうメジャーな神器でね、ダンジョンの深層でたまに見つかる。しかもこれは、古文書をもとにドワーフの技術とエルフの魔力で修繕されてる特別製でね。けっこう値の張るものだよ。あ、もちろんエルフといっても古代エルフや森林エルフなんかの上位種じゃないよ。彼らは話が通じないからね」
「わかってる」
コウは手のひらを広げた。
エルフ族は、森に棲む半精霊の古代種と、人里に降りてきて他種族とともに暮らす現代種の、大きく二種類に分類できる。現代種のほうはちょっと寿命が長く魔力が強いだけのごく普通の亜人だが、古代種は「存在の次元」がそもそも異なり、精霊や天使、悪魔や神々に近い。無限の寿命と魔力を持ち、人間や亜人種と姿形は似通っているが全く異なる存在であり、むしろ魔族に近い。
*
「この《魔力探知器》。詳しい使い方は省くけど、所有者の設定した術式によって、様々な魔力を探知して広範囲に探索できるんだ」
アイリスは両手の指を複雑に組み、口の中で何かをつぶやいた。
《魔力探知器》が低いうなりのような音をかすかに発し、表面がほのかに明るくなる。片手の人差し指を伸ばし、《魔力探知器》の表面すこし上の空間をはじくようになぞると、表面に三つの点が出現した。
「これは?」
「この部屋の中の魔力を探知した。赤く光ってるのが私、ピンク色のがコウ君、白っぽくてちょっと小さいのがリサちん」
「コウ君」
「リサちん」
「……どうかした?」
突然、愛称で呼ばれ、コウとリサはまたもや顔を見合わせた。
「ここから範囲を広げる」
今度は《魔力探知器》の表面のすこし上を、先ほどとは違った指の形でくるくると操作する。すると3つの点はすっと中心に集まり、その周囲に小さく光る多数の点が出現した。
「これは、この村の人たちの魔力。小さくて見えづらいけど……訓練を受けていない一般人だしね。村の中で一番強い魔力を持ってるのはリサちんかな」
「私が?」
「そう。ほんのちょっと強く光ってるでしょ。これだけだと断言はできないけど、魔道士の適正はほんのちょっとあるかも、って程度かな。頑張ればこの《魔力探知器》くらいは動かせるようになるかもしれない」
リサは興味津々に《魔力探知器》を見つめている。コウも顎に手を当てて神器を見ている。
「この光の色は何ですか? 村の人たちは黄色っぽい白だけど」
「色は私が勝手に設定したものだよ。村の人たちのは標準の設定だね。私の色は疾風怒濤のイメージカラーの赤、コウ君のは桜花騎士団の桜色」
コウがちらりとアイリスを見ると、アイリスはかすかに微笑んだ。
「君のことは知ってるって言ったでしょ、コルネリウス・イネンフルス」
コウはため息をついた。
「そのことについては後で聞かせてもらおう。ところで、この神器は僕にも使えるのか?」
「もちろん、魔道士なら楽勝だね。操作の術式は覚えることになるけど、新しい魔法を体系的に覚えるよりは全然楽だし、使うたびに魔力は消耗するけど、魔道士免許を取れるくらいの魔力量があるなら何も感じないはずだよ。適性のない一般人が無理に使うとわかんないけど」
アイリスは《魔力探知器》から手を離し、指を組んだ。
「私がこの山奥の村まで来たのは、この《魔力探知器》の導きによるものだ」
「……それはつまり?」
「あの日。迷宮『地下狂皇庁』の最深部で姉さん――召喚士マルグレーテ・ツヴァイテンバウムを失った後、私たち疾風怒濤はほとんど解散という結末を迎えることとなった」
「…………」
アイリスは無表情で、テーブルの上の《魔力探知器》に目を落として語る。
「姉さんは、私たちパーティーメンバーを救うため、その身を犠牲にした。『地下狂皇庁』最下層の玄室の――」
*
その時、家の外、村の広場の方向から、なにかどよめきのような声があがったように聞こえた。
「――なんだ?」
三人は立ち上がり、窓のそばに寄る。
テーブルの上の《魔力探知器》に、ひときわ大きく青白い光の粒が点灯した。




