魔石鉱山跡 その②
ハインリヒの短杖の先端から放たれた赤色の魔力は《火炎》の魔法となり、屍人を包み込む。
*
立ち上がった屍人は《火炎》の炎によって、断末魔の叫びをあげる間も無く焼き尽くされていく。明るい光が廃鉱山内を照らす。ごくわずかな時間に、魔法の炎は屍人を消し炭にした。
「なるほどな。こいつらは主人である吸血鬼様の忠実なしもべってわけだ。ご主人様が棺桶の中で寝ぼけていても、そこらじゅうに転がってるであろうこいつらが、迷い込んだ一般人程度なら簡単に撃退する」
「そうですね。しかし現代の吸血鬼が、物語の中のように棺桶の中で眠りにつくかどうかは議論の余地がありますが」
バルトに突っ込まれ、エルガーはじっとりとした目つきで魔銃士を睨んだ。
消し炭と化し、煙が上がる屍人が地面に倒れ、粉々に砕けて炭と灰になる。
「棺桶は置いておくとして、見ろ。エルガーも言ったが、当然犠牲者は一人ではあり得ない」
道のりの向こう、ダンジョンの奥から、同じような恰好をした屍人たちがふらふらと彷徨い出てきた。
目に見えるだけで四、五体ほどだろうか。聞こえてくるうめき声や、伝わってくる忌々しい瘴気を考えると、奥にどれだけ控えているか知る由もない。
「ずいぶんいるな。犠牲者の数は相当なものだろう」
「かなりの数が吸われちまったみたいだな。まァ、もともと討伐対象になるような連中ではあるが。気の毒な末路だぜ」
ちっとも気の毒そうに聞こえない口調でエルガーが言い、右手で腰の短杖を抜く。
「こういう時こそ僕の出番というわけです。そうですよね?」
魔銃に魔弾を込めていたバルトが、撃鉄を起こしながら言った。
「その通りだ、頼む」
「おう、やっちまえバルト」
ハインリヒとエルガーは、念のため魔銃の射線を開ける。
バルトはその向こう、屍人ともに銃口を向け、引き金を引いた。魔石が打ち付けられ、魔力の火花が散る。銃身に込められた魔弾の中の魔導書が呪文を発動させる。
「ダンッ!」という発射音とともに《浄化》と《業火》の合成魔法が銃口から発動、指向性を持った浄化の炎が桜花騎士団の三人を避けて広範囲に燃え広がり、屍人だけを焼き尽くす。
屍人どもは、抗議するような断末魔をあげながらしめやかに浄化されていく。明るい光が廃鉱山の壁や床を照らす。
「まぁ、このくらいは楽勝ですね」
「見事だバルト。では先へ進むぞ」
「早ぇとこ奴さんを真っ二つにして勝利の美酒に酔いてェもんだな」
三人は廃鉱山の奥へと進んでいく……
*
廃鉱山を根城にしていた盗賊たちは、当然ながらダンジョン内を改造し、居住区を造り上げていた。
その中には、攫ってきた者や掟を破った者、裏切り者、人質などを監禁しておく牢獄もある。
「た、助けてくれッ!」
その牢獄の鉄格子にすがりついて、盗賊の一人が懇願した。
「お願いだ! なんでもする。俺のことは生かしておいたほうが役に立つぞ!」
中年に差し掛かるか否かといったくらいの年の盗賊だった。他の者たちと同様、冒険者や傭兵がよく着る革の服に身を包み、無精ひげは生え放題で、貧相な見た目をしている。ろくに食べ物も与えられていないようだ。
彼の後ろには、もはや身を動かす力もないといったように、同じような小汚い盗賊たちが十数人、ぐったりと床に身を横たえている。
牢獄に、小さい人影が近づいてくる。
*
美しい顔立ちの少女だった。
不自然に白い肌と、赤い瞳。首のあたりまである長さの亜麻色の髪は、両サイドが短く編み込まれている。
黒い外套を羽織っており、襟が立てられている。その下には、ぴったりとした布の服。
年齢のほどは、ちょうど成人に差し掛かるくらいだろうか。王国では十六歳になると酒場に入ることができるようになり、成人として認められる。ちなみに田舎のほうでは十歳近くからぶどう酒や蜂蜜酒を食卓で大人と一緒に飲む風習もあるが、それは単に習慣の問題だ。
少女は鉄格子を掴んで懇願する盗賊を見ると、不快そうに眉を顰めた。
「静かにしなさい。あんたがあまりにもうるさいから起きちゃったでしょうが。せっかく気持ちよく寝てたのに」
まだあどけなさの残る顔立ちだったが、口調は大人びており、声も貫禄のある響きだった。それだけで、この少女が見た目通りの年齢でないことがわかる。
もちろん「起きちゃった」というのは適当な言いがかりに過ぎない。盗賊は、少女の姿が見えたからこそ鉄格子を掴んでわめき出したのだから。
少女は「ふあ~」とわざとらしくあくびをしてみせた。口の端に、鋭い牙が光る。
それを見て、騒いでいた盗賊は息を呑み、黙り込む。
彼女がこの魔石鉱山跡の盗賊団を制圧し、そして食糧にしている吸血鬼だった。
盗賊たちはすでにその数を大幅に減らしており、まだ生きている者たちは彼女のあまりの力と凄惨な食事風景に心を砕かれ、抵抗する気力を失っていた。
「でも、なんでもするっていうのは面白いね。ちょっと私のために働いてもらおうかしら」
「ほ、本当か! ありがたい、なんでもする! 助かる!」
鉄格子の向こうでひざまずいて両手を握り、祈りを捧げるような盗賊を見下ろし、吸血鬼は顔を歪ませた。
それは「笑顔」と呼ぶには邪悪すぎる貌だった。




