魔石鉱山跡 その①
首都からほど近くにある「魔石鉱山跡」――
早朝から馬車で移動していた桜花騎士団のメンバー・ハインリヒとエルガー、バルトの三人は、正午前にはその入り口前に降り立っていた。
*
「午前十一時十三分。吸血鬼討伐にはうってつけの時間じゃねェか? なぁ大将?」
懐中時計の蓋をぱちんと閉め、エルガーがハインリヒに言う。
自慢の《乾坤一擲》は担いでおらず、代わりに一振りの剣を腰に提げている。
「ですが、吸血鬼は当然、昼間は光を避けて眠っているでしょう。戦いになったとしても陽の光の下に出てきてくれるとは思えませんが」
銀髪をおかっぱ頭にした糸目長身の魔銃士バルトが横から水を差す。エルガーはそれに「ケッ!」と答え(ちなみに舌打ちや喉を鳴らす音ではなく、彼は「ケッ!」と発声している)、
「分ってるよ! 吸血鬼のような存在が、そう簡単に陽の光の下に出てきてくれるわけが無ぇ。人間が好きこのんで何の準備もなしに海に潜らないようにな」
それにハインリヒがうなずく。
「その通りだ。だが『日中である』ことは生者にとって圧倒的に有利な条件であることに変わりはない」
ハインリヒは空を見上げた。よく晴れた青空に、まさに太陽が南中しかけている。
「そもそも瘴気の薄い日中は吸血鬼の力も格段に落ちる。消極的だが、我々が追い詰められた時に『日光の下に出れば追撃を逃れられる』という利点もある」
「就寝中でいてくれれば、我々の仕事も楽になるんですが」
「そうだな、寝ている間に胴体を真ッ二つにするのが一番簡単だぜ」
左手で、新しい得物である黒鋼の剣を抜くエルガー。東方伝来の刀のように、わずかに歪曲している。
「新しい武器ですか。斧じゃないようですが」
「俺の《乾坤一擲》の代わりになる斧は無ェよ。これはあくまで、あいつが直るまでのつなぎだ」
エルガーは剣を納める。
「頼りにしてるぞエルガー。だが胴体を真ッ二つにするよりは首を切断してくれたら有難い」
「任せとけ。俺がこの新兵器でバッチリ決めてやッからよ」
「……よし、では行くぞ。対吸血鬼戦用の戦闘手順を忘れるなよ」
*
廃鉱山の内部は静けさに包まれていた。
《照明》の魔法を浮かせ、三人は静かに進む。
《静寂》を展開するのは得策ではない。《静寂》の結界は自分たちの足音や呼吸音、会話などを遮断できるが、同時に外部の異音も聞こえなくなってしまうからだ。
それに、もし吸血鬼が起きていたとしたら、ダンジョン内に足を踏み入れた瞬間に「生者の発する精力」を探知されてしまう。だから《静寂》などそもそも無意味とも言える。
先頭にエルガー、そのすぐ後ろにハインリヒ、後衛にバルトという布陣で進む。桜花騎士団が現在の構成になって以来、パーティーの編成はこの形で固定されていた。
本来ならば前列は、エルガーとアンナの二名なのだが、あいにくアンナは入院中だ。
(姐さんが居ればこのしけたダンジョン攻略も少しは気が紛れるんだがな……)
そう思っていると、エルガーの足が何かぐにゃりとしたものを踏みつける。
*
「うおッ! 何だ!!」
文字通り飛び上がるように足を挙げ、後ろに下がるエルガー。
ハインリヒは入れ替わりに先頭に立ち、《照明》を下げてしゃがみ込み、地面に転がっているそれを見やる。
「これは……盗賊の死骸か」
冒険者や傭兵が着るような革の服に、申し訳程度の金属製の防具をつけた、盗賊とおぼしき死体が転がっていた。
エルガーとバルトが、ハインリヒの後ろから覗き込む。
まだ壮年にも差し掛からないくらいの、人間の盗賊の死体だ。苦悶にあえぐような表情で絶命しており、皮膚の色は土気色に変色している。体はカラカラに干乾びている。
「この廃鉱山は盗賊団のアジトと言われてたんだよな、大将」
「ああ。それなのに吸血鬼の討伐依頼が出たのが不思議だった。だがその理由がハッキリしたな。見ろ、」
ハインリヒが《照明》を移動させる。
死体の首筋には、まるで鋭い牙で嚙みつかれたように、二つの穴が並んで開いていた。
「こいつは……」
「……噛み傷ですね」
「つまり吸血鬼の吸い殻だな」
「ふん、お行儀の悪いこッたな。吸い殻はそこら辺に投げ捨てるんじゃなく、ちゃんとまとめて捨てやがれ」
エルガーは死体を軽く蹴る(ちなみに鼻を鳴らすのではなく、彼は「ふん」と発声している)。
「だが、これでわかったぜ。なぜ吸血鬼が盗賊団のアジトになんか居着いたか」
「ええ……つまり、こいつらは食糧」
「街や村で吸血鬼が食糧を探した場合、失踪者が出ることになり、必ずや発覚する。そうすれば冒険者や自警団、教会の討伐隊などによる追求を免れ得ない。だが、」
死体のそばにしゃがみ込んでいたハインリヒが立ち上がる。
「盗賊団のようなはぐれ者を犠牲者に選べば、安全に食糧を確保できる」
ハインリヒは腰から短杖を抜いた。
*
「どうした大将?」
エルガーの問いに直接答えず、ハインリヒは手ぶりで後退するよう指示する。
「……そして、吸血鬼が盗賊団のアジトを根城に選んだもう一つの理由が、これだ」
ハインリヒが言い終わるか終わらないかのうちに、床に転がっていた死体が震える。
死体が動き出す。首をぐるんと曲げ、眼球がぎょろりと動き、桜花騎士団の三人を見る。そして、ねじれた恰好のまま身を起こし、不自然な姿勢で起き上がる。
*
吸血鬼に生命力を吸いつくされた者のなれの果て――
屍人だ。




