それぞれの思惑
エルガーとバルトが大衆酒場で飲んでいるところから数時間遡る――
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「……じゃ、一旦そういうことでよろしく頼む。詳しい日程は、後でまた調整する」
「わかりました」
「了解」
尖塔高く聳えるフィレオン大教会の隣、併設されたフィレオン慈悲病院の前に屯していた桜花騎士団の三人は、アンナの状態と次の依頼について情報を共有し、その後、解散して自由行動となった。
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「一つ用事を思い出した」
そう言って教会に入っていくハインリヒを見送り、エルガーはため息をつき、両腕を上げて一つのびをする。
「……やれやれ、次は吸血鬼の討伐か」
「強敵ですね。Aランクのお二人はともかく、Bランクである僕には荷が重そうです」
「…………」
「今回は、お二人のサポートに回らせていただくことになりそうですね」
「よく言うぜ」
斜に構えたエルガーは、糸目銀髪の長身の銃士を見やる。
「お前が本当にBランク相当だなんて、大将も俺も思っちゃいねェよ。『サポートに回らせていただく』だと? お前の魔銃はむしろサポートのほうが得意だろうが」
エルガーは、外套に隠されたバルトの懐を正確に指さした。
まさにその位置に、「首都の規定に書いていないから」という理由でバルトがしれっと携行している魔銃があった。刷毛で引いたような細い目がわずかに見開かれる。
「……確かに。言われてみればそうですね」
「ケッ」
地面の上の何かを蹴るような仕草をし、エルガーは再度バルトを睨めつける。
「それにお前の魔銃は、使用する銃士――つまりお前自身の魔力特性や属性、信仰に関わらず、どんな魔法も行使できる。弾丸に仕込む魔導書さえ用意できりゃあな」
「…………よくご存知で」
「ふん」
エルガーは鼻で息を鳴らすのではなく「ふん」と言った。
「つまりだ、お前の魔銃は俺たちが苦手な神聖術をも発動できるってことだ」
エルガーはバルトにくるりと背を向けた。
「だからよ! 俺たちのほうがお前に期待してるってことだぜ、今回はな。だからこそ大将も吸血鬼の討伐なんて依頼を持ってきたんだろうがよ」
期待してるぜ。
そう言葉を投げ、後ろ姿のまま手を挙げてエルガーは歩き出した。
ただでさえ細い目を細めてそれを見送った後、バルトは病院前で一人、しばし佇んでいたが、程なくしてエルガーとは別の方向へ歩み去った。
*
その少し後――
フィレオン大教会とは王城を挟んで反対側の管区に位置する市庁舎。
様々な職能の者たちがひっきりなしに出入りする、石造り三階建ての堅牢な建物。
その二階の教会事務所にハインリヒはいた。祈りのために設けられた場所ではない。広い首都内で、教会組織とギルドや騎士団など他の組織との連携を滞りなく行うため、事務的な手続きを司る出張所だ。
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「……以上だ。くれぐれも、慈悲深きフィレオンの名において、大修道士様ならびに教皇猊下をはじめとした教会の枢機卿のお歴々および司教の方々には、大教会の名誉に恥じぬ慈悲深き行いを是非ともお願いしたい」
硬い声で、断乎とした有無を言わさぬ口調で言い切ると、ハインリヒは深くお辞儀をした。
そして身を起こし、目の前の人物を見下ろす。
普段から表情の変化のないハインリヒの顔は、いつにも増して鉄の仮面のようであり、その目には何人も揺るがすことの出来ない鋼の意志が宿っていた。
ハインリヒの眼前、豪華で頑丈そうな机の向こうには、中年に差し掛かったばかりくらいの女性が座っている。ひっつめ髪にした頭と、銀縁の眼鏡。口元にあるわずかな皴と瘦せこけた頬が年齢を感じさせる。鋭利な刃物を思わせる眼光。
「聖女」ユスティエラ・ル・フィレオン――
揺るがぬ信仰を称賛され、教会から「フィレオン」の姓を贈られた、国内の修道院を束ねる大修道士だ。
ぴしりとして隙の無い修道士服。胸元には、修道院の長を示す刺繍が金糸で入れられており、服の縁にも金糸が彩られている。室内であるせいか、修道帽は脇のサイドテーブルに置かれていた。
椅子にやや斜めに腰かけた聖女は、机に片肘を置き頬杖をつき、もう片方の手で羽ペンを持った姿勢で、眼前の天才魔道士・ハインリヒ・グラーベンの眼光を正面から受け止め、微動だにしない。もしこの場にエルフやドワーフ、あるいは感覚の鋭い獣人族がいたら、二人の体から猛烈なオーラが噴出し、ちょうど中央でぶつかり合って渦を巻くのが見えただろう。
数瞬の後、聖女はため息をつき身を起こし、椅子に座り直した。
「あなたの歎願は確かに受け取りました、冒険者ハインリヒ・グラーベン。いや、あなたがたのだったかしら」
「どちらでもいい。これは俺の意志であり、同時に桜花騎士団全員の意志でもある」
「…………」
聖女はハインリヒの顔を見る。小柄なこの男が大きく見えるのは、聖女が椅子に座っているという位置関係だけではあるまい。
「いいでしょう。教会内で調査をし、その際は関係者に深く申しつけておきます。安心して、自分の出来ることをなさい、ハインリヒ・グラーベン」
「寛大なるご配慮、誠に嬉しく思う。心より感謝申し上げる」
「父なるフィレオンのご慈悲がありますように」
再度深くお辞儀をし、ハインリヒはその後、聖女と視線を合わせることなくくるりと背を向け、仰々しい扉に向かって歩き出す。
ハインリヒが退出し、扉が重々しく閉まった後、聖女は深く息を吐き出した。そして自分の両掌を見下ろす。
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教会事務所の扉が開き、小柄な冒険者が歩み出てくる。
織物商テクストルは、ハインリヒの発するオーラに無意識に気圧され、息を呑んで二、三歩後ずさった。ハインリヒはそれを目線だけで確認し、歩みを止めず早足に立ち去る。
(あ、あれはハインリヒ・グラーベン……)
テクストルはごくりと唾を呑み込み、唇の端が自然に笑みを作る。幼い頃から憧れだった冒険者の、しかもAランクパーティーのリーダーで、「天才」と称され大陸中に名を轟かせる魔道士の放つ、生の迫力。
だが、そんな軽薄な喜びに浸っている場合ではない。ハインリヒの姿が見えなくなるのを待ってから、テクストルは教会事務所の仰々しい扉をノックする。
*
(あれが桜花騎士団を率いるAランク冒険者、「天才魔道士」ハインリヒ・グラーベンか……)
聖女は自分の掌を見下ろしたまま、忌々しげに眉を顰めた。炯々とした眼光がさらに鋭くなる。
(……冒険者などというごろつきどもの首領の一人に過ぎず、あまつさえ東方の者や邪神教の神官を仲間にする不心得者と思っていましたが、ずいぶんな胆力の持ち主ですね。この私に対して一歩も退かぬとは)
忌々しげに手を拭き、屑籠にハンカチを投げ捨てる。
(才能は出自を問わずどこにでも現れるということでしょうか。いずれにしても、我々はもっと慎重に事を運ぶ必要がありそうです)
それと同時に、扉がノックされた。
*
「どうぞ」
聖女が入室を許可すると、
「し、失礼します」
織物商テクストルが入ってくる。
中肉中背で貧相な体格、年相応に腹が出ており髪も薄くなっている、いかにもうだつの上がらなそうな男だ。これでも織物ギルドをまとめる中心人物であり、平民でありながら貴族特権を享受する富豪である。
テクストルの姿を見て、聖女はわずかに笑った。
「どうしましたか、テクストルさん。我がフィレオン教会への寄進ならば、喜んで祝福を差し上げましょう」
「そ、そんなことを言っている場合ではない」
織物商テクストルは、ぶしつけな態度でバカでかい机につかつかと歩み寄った。そして、いま自分が入ってきた威圧的な扉を指さす。
「さっき出て行ったのは桜花騎士団のリーダー、ハインリヒ・グラーベンだ。そうだろう」
「そうです、よくご存知ですね。あなたも冒険者の戦いがお好きなのですか?」
「とぼけるのはやめていただきたいッ!」
テクストルは、音を立てて両手を机についた。そこそこ大きな音が鳴り、聖女はわずかばかり顔をしかめる。
「あの男は、あなたにアンナ・フューゲルの治療を直訴しに来たんだ。そうでしょう? ミズ・フェニックス」




