酒場にて
「しッかし、吸血鬼退治の依頼とはね」
木のジョッキで麦酒を呷り、テーブルに音を立てて置いたエルガーは、誰に向かって言うともなくそう呟いた。
滞在している宿一階の酒場兼食堂ではない。アンナが入院している病院からほど近い、首都中心部付近にある大衆酒場に、エルガーとバルトの二人がいた。
がやがやと賑わしい店内。暖色の照明に、時おり蛾が飛び込んでジュッと音がする。民族的な衣装に身を包んだ店員が麦酒のジョッキを持って客の間を歩く。厨房からは大声でのやり取りが聞こえる。様々な恰好をした酔客たちが、酒を飲み、料理を喰らっている。
エルガーとバルトは、壁際の卓に二人で座っていた。テーブルの上には二人のジョッキと、申し訳程度の酒の供として、木の皿の上に干し肉が二、三かけら載っていた。飾りのつもりか、ハーブが枝のまま添えられている。
「うちの大将も思い切ったことをしてくれるぜ」
「たしかに。アンナさんが生命吸収を受けて昏睡中だというのに、大胆な選択とは言えますね」
「…………」
エルガーは塩漬けの肉を嚙みながらバルトを横目で見た。普段、山ほど料理を注文するエルガーだったが、珍しく人並みの量にしたようだ。
「言わずもがな、吸血鬼といえば生命吸収、生命吸収といえば吸血鬼。生命吸収は吸血鬼の代名詞のようなものです。そして、生命吸収からの回復に弱い我々が、まさに生命吸収によって昏睡状態に陥っているアンナさんを欠いた状態で吸血鬼と戦い、もし誰かが生命吸収を受けてまた一人昏睡状態になんか陥ったら。我々はいよいよ二人パーティーかあるいはそれ以下となってしまう。そうなれば、桜花騎士団はいよいよ機能不全に陥ってしまうわけです」
「……説明ありがとよ」
ベラベラとよく喋る男だな、とエルガーは思った。
というか、こんなに喋る奴だったか? それとも酒が入っているせいか? しかも生命吸収だ吸血鬼だと、ややこしい単語をよくも噛まずに言えたものだ。前世は南国のおしゃべりな鳥だったのかもしれない。
当たり前のような顔で同じテーブルに着いているが、エルガーは何も好き好んでこの新参者の、胡散臭い魔銃士に飲みを提案したわけではなかった。
*
遡ること数時間前――
アンナの入院する病院の前でハインリヒは依頼書を拡げ、パーティーの仲間、すなわちエルガーとバルトに、依頼の内容を簡単に説明した。
「……以上だ。いつも通り依頼書は宿に置いておく。後で読んでおいてくれ」
いつも通り、桜花騎士団の依頼はハインリヒが取ってくる。メンバーは余程のことが無いかぎり依頼の内容に口を出さない。それが決まりとなっていた。
その後、パーティーは各人自由行動とし、三人は解散することにした。
「大将、今日はどうするンだ?」
「俺は冒険者ギルドにまだ用事がある。他にも少し野暮用があってな、街を回ることになっている。お前はどうなんだ? エルガー」
「鍛冶屋に寄って、代わりの武器を見繕うつもりだ。《乾坤一擲》は簡単には直らねェみたいだからな。その後は、夕方から飲みだな。来るかい? 大将」
「俺が依頼前に酒を飲むと思うか?」
「……だよな」
エルガーはがりがりと頭を掻いた。
ハインリヒは大きな依頼をこなした後でもなければ滅多に酒など飲まない。それも麦酒一杯で早々に切り上げて宿に帰るくらいだ。それはわかっていた。
ただの軽口だ。ハインリヒもいつも通り普通で、別に気を悪くした様子もない。
だが、エルガーは何故かしら不愉快な気持ちになった。何かが足りない。そう思った。
(なんかおかしいんだよな)
エルガーは内心で独り言つ。
(何かうまく行ってねェ感じがするぜ。かみ合わねェというか、ハマらねェというか……それもこれも、アンナの姐さんが居ねェせいだ。ここに姐さんさえ居れば、桜花騎士団はバランス良く収まるのによ)
考えてもどうにもならない。エルガーは勢いで、新参者ののっぽの魔銃士のほうに顔を向けた。
「じゃあ、お前はどうだ? バルト。飲みに行くか?」
軽口の延長だった。この何を考えているかわからない銃士が、判別の困難な苦笑を浮かべながら「いえ、遠慮しておきます」と言うことを予測しての。
だからエルガーは、そしてハインリヒも、
「そうですね、ご一緒させていただきます」
バルトがそう答えた時、目を見開いてしばらく静止した。そしてエルガーとハインリヒは顔を見合わせた。
*
「まったく、どうしてこうなッちまったンだ」
二杯目の麦酒を空にして、エルガーはくだを巻いた。
「……ハインリヒさんの持ってきた依頼が気に入らないんでしょうか。なら早めに言うべきではないですか? 桜花騎士団でも、リーダーの言うことは絶対という決まりは無いんでしょう。そう聞いていますが」
「そんなンじゃねェよ」
「じゃあ何が気に入らないんですか? 私で良ければ相談に乗りますよ」
お前が気に入らねェんだよ! とはさすがのエルガーも言わなかった。
それに、エルガーの気分はなにもバルトのせいというわけではない。さりとて他の何のせいでもない。バルトが気に入らないという事実は置いておくとしてだ。
(思えばあのコウの野郎を追放してからこっち、上手く行ってねェ気がするな……奴の呪いか? たしかにひどい追放だったが、あの男はそれで呪いをかけるようなタマじゃねェ。第一、奴はフィレオン教と来ている。しかも教会の偽善者どもと違って、本気で人の善性なんてものを信じる甘ちゃんだった)
空になったジョッキを握ったまま、エルガーは思考にふける。
(あいつは教会のブタどもとは違った意味でカンに障る奴だったぜ。馬鹿にされてるッてのかな。たとえばこのバルトなんかは慇懃無礼な態度で、腹の中で人を見下してる野郎だが、)
と、エルガーはバルトをちらりと見た。
(……それならまだ許せる。ハッキリとこっちを見下してくる野郎ならば、こっちも腹の中で見下し返してやればいいだけだ。だが、あのコウの野郎はそれがいまいち判別がつかねぇ。たぶんお人好しの甘ちゃんなんだろうが、ワンチャン見下している可能性もある。それがフィレオン教のいけすかねぇところだ。お人好しと偽善者の区別がつけづらい)
フィレオン教。
反射的に、入院しているアンナのことや、生命吸収のことが思い浮かぶ。
エルガーは、一定のペースで酒を飲むバルトを見やる。わざわざ飲みにつき合うだけあって、意外にもイケる口だというのは驚きだ。
「なぁ、姐さんは助かると思うか?」
「アンナさんですか? おそらく命は助かるでしょう。ただ、完全に元に戻るかはわかりませんが」
「…………」
嫌なことを言う、とエルガーは思った。自分で話を振っておきながら、そのニヤケ面をぶん殴ってやろうか、と理不尽な考えが頭に浮かぶ。
「首都の教会には当然、高位神聖術を行使できる聖職者もいるはずだよな。何しろ首都だ。いないとは言わせねぇ。しかも桜花騎士団は今回、あのバカでかい教会に多額の寄付をした。それでも姐さんは目を覚まさねぇ」
「……たしかに妙ですね。教会の術者が神聖術の行使を拒否しているのでしょうか」
「だろ? おかしい話だぜ。おっと、姉ちゃん蜂蜜酒をくれ」
店員が通りかかり、エルガーは三杯目を注文する。バルトは水を所望した。
「水なんて飲むのか? 酒場でか?」
「知りませんか? 水は大事ですよ。酒を飲む際、同時に水を十分に飲むと、翌朝に酒が残らないんです」
「翌朝に残ったことなんてねェよ。俺は酒に強いんだ」
二人はしばし、酒が来るまで黙った。
*
「……で、だ。教会の話だが」
エルガーは声を無意識にひそめる。
「昼にお前が言ってた『フィレオン一神教』のことだ。そいつらは異教徒や他宗派を人間扱いしないという」
「ええ、たしかに言いました。嘘ではないですよ」
「嘘だとは言ってない。フィレオン教ならありそうなことだと思う……そういう、偏屈で狂信的な、ブタのような連中が出てくるッてのはな」
蜂蜜酒を呷り、気に入らなかったのか、エルガーは顔をしかめて液面を見た。
「姐さんは……いや、俺たち桜花騎士団は、全員エシュタル派に分類される。そんなに熱心な信徒ではないとしてもだ。俺なんかは一応エシュタルの神官ということになっていて、実際、暗黒術も一通り使える。だいぶ破戒僧だけどな」
「なるほど……わかりましたよ。あなたの言いたいことが」
「わかったか。じゃあ、説明頼む」
エルガーは蜂蜜酒の入ったジョッキを脇に置いた。もう酔っ払うような気分にはなれなかった。
バルトはテーブルの上でわずかに身を乗り出し、声をひそめて言う。
「こういうことですね。アンナさんがエシュタル派であると知った教会の聖職者が――もちろん、神聖術の効果の現れ方を見れば、術者は受け手の信仰などは想像がつくはずです――エシュタルの信徒である彼女に高位神聖術を行使して助けることを拒み、つまり職務放棄している」
うなずき、エルガーはそこに一言つけ加えた。
「そして、そいつらは『フィレオン一神教』の連中だってことだ」




