病院前にて
首都――
中心部に位置するフィレオン教会。
高い尖塔と威圧的な外観を持つその巨大な建物に併設する病院の前に、冒険者が三人集まっていた。
「天才」と称される魔道士、ハインリヒ・グラーベン。
「魔神」と称する暗黒神官、エルガー・シルブラッハ。
そして、謎多き魔銃を武器とする魔銃士、バルトロメーウス・ユーベルハウフェン――通称バルト。
三人はAランクパーティー・桜花騎士団のメンバーだ。
そして、病院には彼らの仲間である、東方の血を引く魔拳士、アンナ・フューゲルが入院している。
*
「……で、どうだった大将。姐さんの様子は」
腰に手を当てたエルガーが、「大将」と呼ばれたハインリヒのほうを見ず、そっぽを向いたままぶっきらぼうに訊ねた。黒い色の革の服に、腰に短杖を提げた軽装。
自慢の魔法斧《乾坤一擲》を担いでいないのは、護身用として定められた一定の武具以外の携行を禁じられた市街地の中であるためだ。
しかしそれ以前に、先の首無騎士との戦いで、彼が古代神器だと自慢する黒鋼の大斧は壊れてしまっていた。破損の度合いは全壊と言って良く、とりあえず首都内の鍛冶屋に置いてきたはいいが、ドワーフの親方も「鋳溶かして造り直したほうが早い」と匙を投げる有様だった。
エルガーの問いに首を振り、腕組みをしたハインリヒが言う。
「あまり良くはないな。依然として昏睡状態が続いている」
ハインリヒは革の服も豪奢で、華美な装飾が施されている。外套も輪兜もつけていないが、一目で彼がただ者ではないと分かる装い。腰に提げた短杖も特別な高級品だ。
姿だけを見れば「暇を持て余した貴族の次男坊か三男坊が冒険者となり、勇者ごっこに興じているんだろう」と思う向きもあるかもしれない。だがハインリヒは一人でドラゴンを討伐するほどの凄腕であり、Sランク到達は時間の問題ともされる。
「神官どもの回復魔法は効いてないんですか? 奴らには大枚をはたいたんでしょう」
右手で左手を揉みながら、バルトが言った。長身で、銀髪をおかっぱ頭にしており、刷毛で引いたように細い目が特徴の男。
何を考えているかわからない不気味さはあるが、この男の「魔弾」が無ければ、先の首無騎士戦ではアンナの一時的離脱どころか桜花騎士団の全滅まであっただろう。
そういうわけで、ハインリヒとエルガーは新参者のこの魔銃士に一定の信頼を置くことにしていた。
「亡者に生命吸収された際、再び生命力を構築して魂の状態を健康な状態に戻すことは、神聖術の術者にしかできない。その点、我々のように敬虔なフィレオン教の信徒でない者は不利だ」
ハインリヒが、何かの説明を読み上げるかのように言う。
バルトはあごに手を当ててうなずく。
「なるほど、暗黒系の回復術に高い親和性を持つ者といえども、今回のような場合はフィレオンの神官どもに頼るしかないわけですね。癪ですが」
ハインリヒとエルガーは、ちらりとバルトの顔を見る。
貼り付けたような笑みを浮かべているバルトだが、これは彼のいつもの顔であるとハインリヒとエルガーは知っている。
重そうな外套の下には魔銃用の「魔弾」がいくつも隠されており、しかも「首都の規定に書いていない」という理由でバルトは魔銃までも持ち歩いていた。
バルトが突然発狂して街中で魔銃を撃ちまくったりしたら大惨事は免れないが、ハインリヒとエルガーは取り立てて何も言わなかった。バルトはそんな無駄なことをする男ではないし、発狂などするような感情を持ち合わせているかも微妙だ。
短い付き合いの間に、二人はこの胡散臭い魔銃士の性格――というか性質を、だいたい理解していた。
*
「どうします? 精霊系回復魔法の術者でも呼びましょうか……焼け石に水とは思いますが」
病院の建物をちらりと見上げ、バルトが口にする。
「それはすでに手配してある。知り合いのつてで、ディアテルスの巫師を呼んでおいた。微妙だろうが、手をこまねいて見ているよりは良いだろう」
「さすがですね。中立の女神ディアテルスへの信仰なら、狭量なフィレオンの信者どももそう簡単に追い出せないでしょう」
「……なぁ、さっきからずいぶんな言いぐさだが、お前はフィレオン教になんか恨みでもあンのか? バルトよ。たしかにいけ好かねェ奴らではあるけどよ」
エルガーが、バルトの口ぶりに水を差す。バルトはわかりづらい笑みを唇の端に浮かべた。
「知りませんか? 最近、フィレオン教会内で影響力を増しつつある聖女が『フィレオン一神教』を提唱していて、そのわかりやすい教義が次第に拡まっているんですよ」
「へぇ……それは初耳だな」
「べつに誰がどんな信仰を選ぼうと構わないと思いますが……その聖女の提唱する教義が排他的かつ独善的であり、異教徒どころか『フィレオン一神教』を認めない他宗派の者すら人扱いしないことで、一部の教会関係者に問題視されているんです」
「そんなキナ臭いことになっていたのか」
話の展開に、ハインリヒまでも興味を示した。
「ええ。その理由だけでもないですが、僕はフィレオン教のことが少し苦手でしてね」
ハインリヒとエルガーは、フィレオン教会の豪奢な尖塔を見上げる。
*
「姐さんのことはひとまず置いておくとしてだ。俺たちはどうする? 姐さんがいない間、まさか何もしないでいるってわけにもいかねェだろ。それとも、三人そろって病室の前で跪いてエシュタルに祈るか?」
エルガーの言葉に、ハインリヒは思わず苦笑する。
「そうだな。アンナの復帰はいつになるかわからん。そして、我々は何より冒険者だ。冒険者は危険を冒して依頼を請け負う者。しかもバルトも言ったように大枚をはたいたからな。先立つものが無ければ何もできないのは冒険者に限ったことではない」
「つまり……依頼を受けるというわけですね」
ハインリヒは首肯し、厳かな口調で告げる。
「その通りだ。というか、すでに受けてある。我々桜花騎士団は、この三人で吸血鬼の討伐を行うことにした」




