戦い終えて
山奥のケネル村――
グノンとジェンナの墓の前に跪き、ダイノスとカンナは祈りを捧げていた。
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黒きドラゴンの暗黒の魔力により、闇の住人へと転生させられたグノンとジェンナ。その遺体は塵ひとつ残らなかった。それぞれの武器も粉々に砕け、残されたのは冒険者タグのみ。
四人はほとんど会話を交わすことなく山道を戻った。ケネル村に着くと、ドラゴンを討伐したという話を聞いた村人たちは歓喜に沸いたが、グノンとジェンナのことを聞くとすぐに静まり返った。
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翌日。村人たちはすぐに、村の墓地の外れに、ごく簡素ながらも二人の墓を作った。
ダイノスは固辞したが、村人たちは引き下がらなかった。村長の屋敷の改装工事を手掛けていた大工の親方が木の板を加工し、表面にグノンとジェンナの名前を焼き付け、簡素な墓標をつくる。
カンナはそこに、二人の名前の獣人語での表記を炎魔法でさらに焼き付けた。それと猿人族と猫人族を示すシンボルに、それぞれの性別を表す記号。そして、ギルドの紋章にもなっている、冒険者の証である剣と杖のエンブレムも。
「悪いな、こんな粗末なもんで。後で石工さ頼んでゆっくり造り直してもらうはんでな」
神妙な様子で墓を見下ろし、親方が言う。
「いや、大丈夫だ。十分に有難い。冒険者の墓標なんてものは往々にしてこんなものだ。むしろ立派な部類とすら言える。二人もさぞや喜んでいるだろう」
ダイノスはにこりともせずにそう返した。
親方は巨漢のオークをちらりと見上げると、再び墓を見下ろす。
「たった一日だばって、あの二人は村の子供達さ愛されていだはんでな。家の娘達も懐いで、昨日は二人の話ばっかりしてだ。俺達も辛くて駄目だじゃ」
親方は手を組んで祈りを捧げた。
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四人は村人たちに、「グノンとジェンナは黒き竜との戦いで命を落とした」とだけ伝えていた。
これは二人の名誉を守るためだ。闇の住人と化した様子が口伝えされ、尾ひれがついて広まるのも嫌だ。そのように、四人の意見が一致した。
ただ、なにもかもを隠蔽するのも良くない。村人たちと、この地を訪れる者たちに注意を喚起するためにも「この地に暗黒の力を操るドラゴンが出現した」ことは伝えておく必要がある。
そこで四人は、
「グノンとジェンナはその身を犠牲にしてドラゴンの弱点を明らかにした。ダイノスとカンナがドラゴンの注意を引きつけている間に、コウとアイリスが影の本体にとどめを刺した。」
というストーリーにした。これならギリギリ嘘になっていない。
ギルドマスター資格を持つアイリスが戦いを直々に目撃し、そのため利害関係のある嘘でないことも保証できるのも都合がよかった。
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ドラゴンの出た洞穴「竜の顎」は、元々誰も住んでいた形跡もなく、生命の匂いの希薄な場所だった。今後はますます「忌むべき場所」として村人たちの間で立ち入り禁止扱いにされていくだろう。
山を下りたら、ギルドの巫師に頼んで黒き竜の正体の解明や出現の理由などを明らかにしなければならない、とアイリスは思った。
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祈りを捧げるダイノスとカンナの後ろで、コウとアイリス、リサ、村長の四人が見守る。
「……すまんな。長くなった」
立ち上がったダイノスが言った。
「もっと長くてもいいのよ?」
アイリスが言う。柔らかい口調だが、唇の端が笑いの形に歪んでいるだけで、神妙な顔つきだ。
「いや、それには及ばん。祈るだけならどこででも出来るしな。それに、文字通りあいつらはここにはいない」
ダイノスは空を見上げる。カンナもそれにつられて、風を見るように上を向いた。
「しかし、本当にもう出発するんだが? もう少し村さ居でもいいんでねが?」
「村長、気持ちは有難いが、我々は冒険者だ。冒険者は一つ処に定住しない。それに、もともとこの村には長居する予定は無かったんだ」
「今回は最初から調査の依頼だったんです。『可能ならば討伐してもいい』という保留はついてましたが……現地に行くまで、私たちはドラゴンを退治できるなんて考えてなかったわ」
カンナが慎重に言葉を選ぶ。コウがうなずく。
「村長は、とかく冒険者を引き留めようとするからな。気にしなくていい」
「だが申し出は有難く受け取っておく。また村に来てもいいか?」
「もぢろん、何時でも歓迎だ! なんなら何時でも住んでくれでも構わねえぞ。立派な家屋敷とば建ででやるはんでな」
「そうか。では俺が引退した暁には、是非とも豪華な邸宅でも拵えてもらうとしよう」
ゴヮハッハッハッハッハ、とダイノスが笑う。
その笑い声はしかし、村に来た直後の頃と比べて控えめに響いた。
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遠ざかっていく馬車を見て、リサがつぶやく。
「行っちゃいましたね……」
「ああ。彼らは冒険者だからな。冒険者は文字通り、危険を冒して旅をする者だ」
その言葉に、リサはコウの顔を見上げる。
――旦那様も冒険者ではないのですか?
そう言いかけて、リサは言葉を吞み込んだ。コウは冒険者を「引退した」と公言しており、しばしば「元冒険者」と自称する。だが、リサにはその言葉が信じられなかった。
コウは冒険者としての力を放棄したわけではない。村に来てからずっと基礎的な訓練を欠かさず、また魔導書を読み込んで勘を失わないように努め、倉庫にある武具の手入れも怠らないでいた。それをリサはすべて見ていた。
(もしかしたら旦那様は、明日にでも気が変わって旅に出てしまうかもしれない。そんな時、この村の人たちは旦那様を引き留めることなく、むしろ喜んで送り出すだろう……)
リサは心の中に、ちくりと棘が刺したように感じた。




