アイリスの回想 その①
「私、アイリス・ツヴァイテンバウムは冒険者パーティー・疾風怒濤のメンバーだ。いや『だった』と言ったほうがいいかな」
アイリスはそう言って身の上話をはじめた――
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疾風怒濤は結成して数年のパーティーでね。そこそこ有名だった。当初は「軍師」ウィリアム・ケーニヒスベルクと「模範」ルーカス・ヴァッサーファール、それと私の三人パーティー。そこからルーカスが何やかやあって脱退して、キーファー・シュトゥルムシュネーレンって男と、私の姉で召喚士のマルグレーテ・ツヴァイテンバウムが加入して四人になる。
まぁ、名前については今は重要じゃないので適当に覚えておいてよ。
さて、私たちはある迷宮に挑戦していた。首都近郊、打ち捨てられた管区にある古いダンジョン「地下狂皇庁」。何百年も前、暗黒教団の分裂の際に「異端」とされた側のトップが信者たちとともに文字通り地下へ潜った。そして配下の召喚士たちに命じて高ランクモンスターを召喚させ、迷宮内に配置した。自分たちを追放した「主流派」の追求から身を守るためにね。地下十階からなる、人造ダンジョンの中ではそれなりの大きさだね。
ああ、リサちゃんは冒険者が使う言葉とかよくわかんないだろうから、軽く解説を挟みながら進めていくよ。
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「あの、私、席を外しましょうか?」
自分が部外者であることに気付いたリサが申し出たが、アイリスは手を振って否定する。
「いいっていいって、リサちゃんも聞いときな。隠すようなことでもないし、これも一つの経験、社会勉強だと思ってね」
「あ、じゃあ少し時間をください。食器だけ下げておきますんで」
その言葉にコウが立ち上がるが、リサは両手を突き出してとどめた。
「旦那様は座っててください。アイリスさんのお話のお相手をお願いします」
リサは食器を持って台所のほうにトテトテと歩いていく。
「いい子じゃない」
「……確かにな。俺なんかにはもったいない」
「俺なんかには?」
「ちっ、違う。そういう意味じゃない」
コウは両手をぶんぶんと振って否定した。それを見て吹き出すアイリス。
「わかってるよ。あんたとリサちゃんの関係はよくわかる。リサちゃんの目を見れば、すくなくともあんたが彼女を傷つけていないことは明白さ」
アイリスは指を組み、リサが消えた台所の方を見つめた。
「それに彼女は聡明だ。噂好きだったり詮索好きだったり、軽薄だったりしない。ちゃんとした子だ。だから話につき合わせようと思った。いい子だよ、あの子は」
「そんな断言していいのか?」
「そうじゃないの?」
「そうだけど」
なんとなく憮然とするコウに、アイリスがほほ笑む。
「私は人を見る目があるんだ」
「スキルか?」
「いや、経験だよ。それと勘だね」
「お待たせしました――なんですか?」
台所から戻ってきたリサは、自分の顔を見つめる二人に訝しげに訊ねた。
「なんでも。じゃあ話の続きをしようか」
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「地下狂皇庁」は地下十階からなる人造ダンジョンだ。
ダンジョンには二種類あってね、条件を満たしたときに大地に発生する自然ダンジョンと、人が穴を掘ったり巨大建造物を建築したりする人造ダンジョン。たまに塔みたいなのが生えることもあるけど、自然ダンジョンはだいたい穴だね。で、人造ダンジョンは冒険者がダンジョンをクリア、つまり「核」を破壊なり何なりした後も「自然消滅」したりしない。わざわざ埋めたりはしないかぎり「廃墟」として残されるわけだ。
「地下狂皇庁」もそんな廃ダンジョン、「打ち捨てられた人造ダンジョン」だった。私たち疾風怒濤の四人はその深層に住み着いた吸血鬼の討伐依頼を受けてね。どこからか流れてきて住み着いたのか、それとも深層の玄室に設置された魔法陣が生きてて魔界から召喚されたのかわかんないけど。なにしろそれは国王からの依頼で、けっこう実入りの良い仕事だった。4人パーティー全員が1ヶ月は暮らしていけるくらいの報酬額で、Bランクならギリギリ、Aランクパーティーでようやくこなせる程度の難易度だね。
ランクっていうのはギルドが冒険者の格付けでね、FからE、D、C、B、A、それにSまである。冒険者を目指す者はまずEからスタート、依頼をこなし条件を達成していくうちにランクが上がっていく。なにかマズいことをやらかした奴は、やらかしの程度にしたがって一定期間Fに置かれる。Sランクは選ばれた特別な冒険者しかなれない。
疾風怒濤はAランクパーティーだった。パーティーにもランク付けがあってね、3人パーティーと4人パーティーの場合は、Aランクパーティーの条件はAランク冒険者が2人と、残りはBランク以上の冒険者。その時はリーダーのウィリアムと私がAランク、姉のマルグレーテとキーファーって男がBランク。めでたくAランクパーティーだった。姉はBランクだったけど、実力は私以上でね。冒険者としての歴は短くなかったけど、彼女はあんまり依頼を受けようとしなかったせいでランクは上がってなかった。配達や護衛はもちろん、ダンジョン攻略や魔物の討伐にもあんまり興味を示さず、酒場や宿でだらけているほうが好きな人だった。
でも私は姉の実力は誰よりもあると思っている。
姉さんにかなう冒険者はいない。王国どころか大陸中にもそうそういない。そう断言できる。妹のひいき目かもしれないけど……そもそも一緒に冒険してた時間は短かったからね。
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「ちょっと待て、」
コウはアイリスの話に言葉を挟んだ。
「お姉さんと一緒に冒険『してた』時間は『短かった』って言ったな。つまり……」
「そう。察しがいいね? つまり、姉は失踪した。いや行方不明になった。ダンジョンの最下層でね」




