グノンとジェンナ その③
ダイノスが振り抜いた魔法鎚《破壊大王》は、グノンの頭から胸にかけてを文字通り木っ端みじんに粉砕した。
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粉砕されたグノンの頭部と胸部は、暗黒の塵と化して魔力に還元していく。二本の腕はそれぞれ別の方向に飛び、空中で崩壊し、やはり塵と化していく。
残りの下半身――腹部と脚部がダイノスの前に着地し、膝をつく。胴体の断面からは黒紫色の瘴気が煙になって立ち昇る。一瞬の後、グノンの下半身は倒れ、その衝撃で土くれのように砕け散る。
暗黒の力を得て邪悪な変化を遂げていた魔法棍《唯我独尊》は岩肌の床に転がり、五十センチほどの長さに戻り、凶悪な形の石突も元に戻る。主を失った武器はその色も褪せ、ぴしりという音とともに縦に亀裂が入り、バラバラに裂けて砕ける。
グノンの冒険者タグが岩肌の床に落ち、金属音が鳴り響いた。
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――戦いのさ中に、武器や技の名前を叫ぶなと言っただろう、グノン。
ダイノスは心の中で友に語りかける。
(だってよ旦那、そのほうがカッコイイじゃねぇか。なぁ?)
かつての友の言葉が心の中に蘇る。
ダイノスはその時、苦笑しながらこう返したのだ――
「そんなんじゃ、俺を超えることはいつまで経っても無理だな」
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魔法鎚《破壊大王》を振り抜いた姿勢で、ダイノスは静止していた。グノンだったものを構成していた暗黒の魔力の塵が降りかかる。
巨漢のオークの戦士は祈りを捧げるように堅く目をつぶっていた。《破壊大王》は封印解除前の長さになり、鎚頭も普通の戦鎚の形に戻る。
ダイノスは膝をついた。戦う力も魔力も、まだ十分に残っているにもかかわらず……
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『――ッ!!』
ダイノスがかつての仲間を粉砕する瞬間に、カンナは一瞬目を奪われる。
その隙を突いて、カンナと魔法戦を行っていたジェンナは、膝をついたダイノスのほうへ弾けるように駆け出した。
ジェンナの魔法を、カンナはすべて消去していた。隙を見ての触手での攻撃もすべて打ち払われている。技量の近しい魔法使い同士の戦いは、決着がつきにくい。
そのためジェンナはダイノスに狙いを変えたのだろう。
『ジェンナッ!!』
カンナは叫び、ほぼ同時にジェンナを追って駆け出す。
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『隙だらけだよリーダー、戦いのさ中に心が折れるなんてね!!』
ジェンナは暗黒の力でパワーアップした脚力でダイノスに迫り、高く跳躍し両腕を挙げた。巨大な火球が両手の上に生成される。
『ここがお前の最期だダイノス、消し炭になれ! 《極大地獄火球》!!』
ダイノスは片膝をついたまま振り仰ぎ、ジェンナを見た。戦鎚を構えようとするも間に合わない。
ジェンナの両手がダイノスに振り下ろされる直前。どこからか青い魔力が《極大地獄火球》に絡みつく。わずかな黒と赤の魔力の残滓をたなびかせ、火球はもみ消される。
『《魔法阻止》ッ!?』
ジェンナは素早く右を見、左を見る。ジェンナの左側に、短距離の移動を省略する風属性魔法《跳躍》で追いついたカンナが青い魔力をまといながら空中を漂い、短杖を突きつけていた。
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カンナの短杖から《束縛》が放たれ、ジェンナは黒い魔法の鎖に縛られる。
短杖を仕舞うと、カンナは《雲踏》で空中を踏んだ。双剣を抜き放ちながらジェンナに猛進し、すれ違いざまに一閃する。右手の長剣がジェンナの胴体を分断し、左手の短剣が首を切り離す。
――隙だらけなのはあなたのほうよ、ジェンナ。
カンナは岩肌の地面に降り立った。遅れてジェンナの上半身と下半身がそれぞれ地面に叩きつけられ、粉々に砕けて塵と化す。
少し離れた場所に、ジェンナの頭部が落ちて転がり、やはり塵と化して消えていく。ジェンナの冒険者タグとおぼしき金属音が、どこからか聞こえた。
――カンナッ!!
立ち上がったダイノスが、《念話》をカンナに送る。
――残るは奴だけだ!
――ええ、わかってます!
カンナは振り返り、黒き竜を仰ぎ見る。
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あり得ないことだが、ドラゴンは邪悪な表情を浮かべ、その口元は愉悦に歪んでいるように見えた。
――バケモノが……俺たちが仲間同士で闘う様子を見て楽しんでいたとでもいうのか!?
――その余裕ぶった態度を思い知らせてやらねばなりません。そうですね?
――ああ。戦いのさ中、舐めた行動を取ったらどういうことになるかを教えてやる。
ドラゴンは首をもたげ、笑っているように見える口の牙の間から瘴気を噴き出した。
そしてダイノスとカンナを見据えたまま前足を持ち上げる。
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突如、赤い疾風が横殴りにドラゴンを殴りつけた。
振り向きもせず、ドラゴンはそれを前足で受け止める。
自身の周りに何重にも魔法陣を輝かせ、アイリスがドラゴンに大剣を叩きつけていた。ドラゴンの爪と大剣の間に火花が散る。
力が拮抗し、体が空中に静止した時、アイリスは左手で胸のベルトに差した投げナイフを抜き放ち、ドラゴンの顔面に投げつける。ナイフに込められた《爆発》が炸裂し、短い抗議のような咆哮があがる。
――アイリスッ!!
――アイリスさん!!
アイリスは空中で姿勢を制御し、ダイノスとカンナの間にふわりと舞い降りた。




