グノンとジェンナ その②
闇の力でパワーアップした《地獄火球》は、しかしカンナの《魔法阻止》によって打ち消された。
*
短杖をダイノスたちに向け、カンナは荒く息をつき、涙の跡が残る顔でかつての仲間を睨む。
『へっ!!』
空中で競った姿勢から、グノンは《唯我独尊》と戦鎚の接触点を軸に半回転、ダイノスの顎を蹴り上げる。
『ぐはッ!!』
ダイノスは後ろにもんどり打って倒れる。
グノンはそのままくるくると回転しながら逆に上昇し、ダイノスたちと離れてふわりと着地する。あきらかに、動きがこの世のものではなくなっている。
『リーダー! 大丈夫!?』
『あ、ああ。平気だ。なんともない』
唇の端から血を流しながら、ダイノスは身を起こしてうなずく。カンナはダイノスに駆け寄り、《治癒》をかけ、剥がれた《防御》と《反射》を付与する。
――ごめんなさい、動転して何もできなかった。
――いや、いいんだ。それより退け、カンナ。誰かが生きのびて、このバケモノの存在を伝えなければならない。村まで後退し、村人たちを逃がしてギルドに報告するんだ。
二人は《念話》に切り替え、高速でやり取りをする。
――嫌です。
――何!?
――あなたにだけ重荷を背負わせるわけにはいかない、リーダー。それに、二人の最期を見届けられないのも嫌です。
カンナは、もはや完全に闇の住人と化したグノンとジェンナを見やる。
ダイノスは一瞬逡巡したが、カンナの言葉に同意した。
――いいだろう。だが自分の身を守ることを最優先にするんだ。俺だって死ぬつもりはない。いよいよ駄目と判断したら、機を見て逃げるつもりだからな。
――わかってます。リーダーは冷静な人ですし、コウさんもアイリスさんも、むざむざ命を捨てるような冒険者ではありません。
――その通りだ。
『作戦会議は終わったかぁ?』
異形の《唯我独尊》を担いで、グノンが水を差した。一瞬の間の《念話》を察したらしい。
『それとも神に祈る時間だったか? 役にも立たないお前らの神にな』
『そんなこと言っちゃ可哀想よグノン、この人たちは騙されているんだから』
グノンは《唯我独尊》を伸ばしてひゅんひゅんと回す。ジェンナは両手を拡げ、魔力を集める。どちらも生前とは比べ物にならない動きの切れであり魔力の量だ。
『そうだな。だから是が非でも暗黒の力の素晴らしさを教えてやらねばならんというわけだ』
『その通り。真の暗黒の素晴らしさをね』
ダイノスは立ち上がると、カンナと目配せをし、それぞれ左右に跳んだ。
*
――コウ君、どうするつもり?
アイリスがコウに訊ねた。ダイノスたちが戦う場からは少し離れ、黒き竜を斜め横から見る位置に二人はいる。
ドラゴンはグノンとジェンナを操り、二人をかつての仲間と戦わせているように見える。
――《深層分析》
コウは《分析》に指先で触れ、魔力を増幅し強化する。
右目に展開した魔法円が拡大して二重になり、複雑さを増す。コウはグノンとジェンナの二人を見やり、読み取った情報を《念話》で読み上げる。
――グノン・アッファーフルス。種族・闇の住人。ランクA以上。主な属性・闇。特性は生命吸収、生者特効。ジェンナ・ケアレクス。種族・闇の住人。その他もグノンと同じ。
アイリスは顔をしかめた。わかっていたことだが、《深層分析》でまで事実を突きつけられるのは心に来るものがある。
グノンとジェンナは、もはや猿人族でも猫人族でもない。魔法による公平な判断が、彼らが完全に闇の住人となったことを指し示していた。
――……弱点は?
――神聖術、および聖属性。火もそこそこ通る。ただし強い抵抗を持つ。よほど熟練した高位神聖術でもなければ効果はなさそうだ。
――高位亡者と同じみたいね。
――ああ。現時点で彼らがどこまで不死身かはわからないがな。
――ダイノスとカンナを援護する?
コウは「否」の符号を送る。
――彼らには元パーティーメンバーを引きつけてもらう。闇の力のせいか、グノンとジェンナはランクがA以上になっている。しかし、ダイノスとカンナにとってはかつての仲間であり、手の内を知り尽くしているはずだ。そうそう簡単にやられないだろう。
アイリスは横目でコウの顔を見る。
――では私たちはドラゴン本体を叩く?
――そうだ。単純に言えば、グノンとジェンナが闇に堕ちたことで敵と味方の数は半々になった。ダイノスはグノンを、カンナはジェンナを引きつけている。そしてアイリス、君には別のやつを引きつけてもらう。その間に僕が本体を叩く。
――? それはどういう……
――これから説明する。
*
『いくぜ旦那! 《唯我独尊》ッ!!』
グノンは叫び、ダイノスに飛び掛かる。大きく跳躍し、一瞬にして頭上を取り、《雲踏》も使っていないのに空中で二、三度方向転換し、地面に向かって加速して闇の魔法棍を振り下ろす。
『天上天下!!』
ダイノスは戦鎚の柄で魔法棍を受け止める。闇色の魔力が火花と化して散り、ダイノスは歯を食いしばり、目を細める。
『またそれか! いつまでも守備に回っていても、勝ち目は無ぇぜ!!』
空中で競りながら、グノンはがぱりと口を開いた。限界を超えて開かれた口腔内から、闇色の触手が勢いよく飛び出る。
『ぬうッ!!』
触手は過たずダイノスの顔面を狙ったが、補助魔法《反射》と《除霊》《浄化》が反応し、聖属性の障壁が展開する。勢いよく当たった触手は聖なる光に焼かれ、魔法陣が砕けると同時に爆発する。
『キョアアアアアア!!』
半分ほど先を失った触手から煙を出しながら、グノンは跳ね飛ばされて地上に落ちて転がり、叫び声をあげてのたうち回る。ダイノスは戦鎚を左構えに構え、腰をひねって溜めをつくる。
一瞬、ダイノスは目を閉じ、痛みに耐えるように強く顔をしかめた。そして目を開く。
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グノンは立ち上がり、地獄の底からやってきた悪鬼そのものの顔でダイノスを睨んだ。
《唯我独尊》は右手で握るだけでなく触手が何本も絡んでいる。口から垂れ下がった触手は神聖系の障壁の爆発を受けたせいで先が千切れ、ずたずたの断面からは暗黒色の魔界の瘴気がとめどなくこぼれ落ちている。黒く落ち窪んだ眼窩の奥には赤い光が灯っており、粘液質の魔力が涙のように垂れ落ちていた。
――許さねぇぜ旦那ああぁ!! よくもやってくれたなあああぁぁ!!
グノンが《念話》をダイノスに叩きつける。
*
(許せグノン。許してくれ)
ダイノスはかつての仲間に胸中で詫びた。
溜めを作った姿勢で、ダイノスはぴたりと静止する。魔力が戦鎚に集まり、輪郭が光る。
――《破壊大王》
心の中で武器名を唱える。
戦鎚の柄は一・五倍ほどに伸び、鎚頭が変形・巨大化し、より致命的な形状を取る。重戦士ダイノスの戦鎚の真の姿。
――お前も同じ目に遭わせてやるぜ、ダイノスウウウゥゥゥ!!
殺意を叩きつけながら、ダイノスにまっすぐ飛び掛かるグノン。《唯我独尊》を横薙ぎに繰り出し、同時に長さを伸ばして頭部を狙ってくる。
一瞬早く、ダイノスが踏み込んでいた。残像すら見える速さで、巨漢のオークは瞬時に間合いを詰める。
巨大な戦鎚――封印解除された《破壊大王》の最速最強の一撃が、グノンの上半身を吹き飛ばした。




