デスドラゴン その②
グノンの体を三、四本ばかりの暗黒色の触手が貫き、空中に固定する。
断末魔をあげる間もなく、グノンの体はビクンビクンと痙攣し、人形遣いが操作を放棄した操り人形のように腕と脚が垂れ下がり、首ががっくりとうなだれる。三メートルばかりの長さだった魔法棍は手から離れ、すぐに五十センチほどに縮み、乾いた音を立てて岩肌の床に転がる。
次の瞬間、カンナの悲鳴があがり、ジェンナがドラゴンに向かって飛び出す。
*
『ジェンナッ!!』
立ち上がったダイノスが獣人語で叫ぶ。もはや《念話》の必要はないだろう……あのドラゴンは目覚めている。
『グノンを助けなきゃ!』
『やめろジェンナ! 迂闊だぞ!』
ダイノスは自身も前に出ながら、一瞬だけ躊躇した。
グノンはもう助からない。
ジェンナはあのドラゴンに敵わない。
冒険者としての直観がそのことを告げている。だが、今それを伝えても、ジェンナは言うことを聞くだろうか? 先ほどのグノンは、あきらかに正気を失っていた。ジェンナも少なからず正常ではないかもしれない。
……いや、グノンとジェンナだけか? 我々全員が、すでにあのドラゴンの発する何かに中てられているのでは?
『南無三ッ!』
ダイノスは背中から戦鎚を引き抜くと同時に飛び出した。
*
『このバケモノ、グノンを離しなさい!』
ジェンナは駆けながら獣人語で叫び、毛を逆立てて牙を剥き出し、シャーッと威嚇音を発した。ベルトの後ろから中杖を取り出す。長杖ほどではないが、比較的規模の大きい魔法の詠唱を簡略化することができる。魔力の消耗も多いが、魔法を中心に戦う者にはうってつけの装備だ。
その中杖をくるくると回し、動きでもって魔法の詠唱を代替する――「舞踏詠唱」の一種。だが、ここに来てジェンナは何を発動すべきか迷った。
――あいつの弱点は何だ? 炎か? 氷か? 黒いドラゴン。なら神聖系か? 神聖系は使えない(私は暗黒の女神エシュタルの神官戦士だ)。あの影から生えている触手は何だ? ドラゴンがあんなものを使うのか? あんなのに刺されたグノンは助かるのか?(助からないなんて嫌だ) そもそも、私はいったい何をしている? 私はいったい何なんだ?
『ええい、ままよ!!』
頭の中に突如として湧いた混乱を、ジェンナはかぶりを振って追い払った。そして手持ちの中で一番火力の高い、闇と炎の合成魔法《地獄火球》を選ぶ。しかも最大限の魔力を込め、ありったけの火球を飛ばす。
その数、十個。
巨大な火球が、ジェンナの背後に展開した黒と赤の魔法陣から放たれる。それらは回転しながら乱れ飛び、尾を引いてドラゴンへ迫る。
*
その様子を、ダイノスを追って飛び出していたコウとアイリスも目撃する。
コウは内心で、場違いながらも感嘆の思いを抱かざるを得なかった。中杖の補助もあるだろうが、練度も見事だし術式の正確さも完璧だ。さしずめ両手の指を動かす脳内の回路に紐付けて操作しているんだろうが、十個の火球をそれぞれ別々に動かす手つきは熟練の技と呼んで差し支えない。
火球はそれぞれ別々の軌道を描き、触手で空中に固定されているグノンを避け、ドラゴンに迫る。
だが、その全てがドラゴンに直撃する直前ではじけ飛ぶ。
「何ッ!?」
コウは思わず叫んだ。
火球は魔力の粒子に還元され、ドラゴンの体に吸い込まれていく。ドラゴンの輪郭がぼんやりと光り、ぱちりと瞼を開け、ぎょろりと眼球が動く。
そして黒いドラゴンはゆっくりと身を起こした。
*
ドラゴンが身を起こした。
影から生える触手でグノンを固定したまま、ゆっくりと首をもたげ、自らに対して中杖を構えるジェンナを見据える。
黄玉のように光る双眸に射すくめられ、ジェンナは身を硬くした。
――バケモノが……!
ジェンナは怖気を震った。ガクガクと震えが襲い、足元がおぼつかない。
*
『ジェンナ!』
後方から走り来るダイノスが叫ぶ。
ジェンナははっとして振り返った。その瞬間、ジェンナの心の中に、黒々とした怒りが入り込んだ。こいつは今さら来て、何を言っているんだ?
『ここは退くんだ、ジェンナ! 冷静になれ!』
『うるさいダイノス! あんたの指図は受けない!』
ジェンナは牙を剥き出して威嚇し、ダイノスに叫び返した。
『ここは退くだと!? あんた、リーダーのくせに仲間を見捨てようっていうのか? そんな奴はリーダーとは言えない。あんたなんかリーダーじゃない!』
ダイノスは立ちすくんだ。見たこともないような表情、聞いたこともないような言葉。まるで人が変わったようだ。敵意と悪意を叩きつけられ、ダイノスは言葉を失った。
そして触手に刺し貫かれているグノンは、ドラゴンのものと思しき黒い魔力に覆われていた。
心なしかグノンの体は萎んだように見え、一回り小さく見える。液体のような質感を持つ魔力がボトボトと垂れており、それはグノンの目や耳や口からもあふれ出て垂れ落ちている。
ダイノスは我知らず、泣き笑いのような顔になっていた。
*
ジェンナはドラゴンに向き直る。それを見下ろすドラゴンは、あり得ないことだがその口の端がわずかに歪み、嘲笑を浮かべているように見えた。
『私は怖くない。こんなトカゲ一匹、怖くなんかあるものか! 私は強いんだ。私は強い、私はやれる。私はやれる!』
ジェンナは《雲踏》と《敏捷》を瞬時に展開し、猫族の跳躍力をもって一気に跳び上がった。
『私の仲間を離せと言ってるだろ、このバケモノがああぁぁぁ!!』
そして右手の中杖に《爆発》を込め、ドラゴンの頭部に向けて全力で投擲する。
魔力によって強化された武器そのものを投げつけ、爆発を引き起こす技――
《爆発》を付与する技術さえあれば誰にでも出来るが、当然、爆発した武器は二度と戻らず、丸腰になるのは避けられない。ゆえに、冒険者たちの間では文字通り最後の手段と認識されている。
この技の優れたところは、格上の相手にも通りやすいという点にある。武器を失っても命を失うよりはマシだ。だから、この技を習得する冒険者は多い。
*
その最後の一撃は、ドラゴンの足元の影からさらに生えた触手によって阻まれた。
触手の一本が、回転し迫る中杖を空中で捉え、爆発を起こす。
そして別の二本がジェンナの体を捕えた。




