デスドラゴン その①
パーティーは引き続き、野獣の四人と疾風怒濤の二人で前衛後衛に分かれ、調査対象を確認するまで前進することとなった。
*
――なぁ、アイリス。
洞穴を進みながら、コウが《念話》を専用回線で飛ばす。前には野獣の四人の後ろ姿。ダイノスはやや斜めに位置取っているので、戦鎚の揺れる巨大な背中が邪魔して前が見えない、などということはなかった。
――なんだねコウ君。
――さっきのことだ。どうして「退却」に票を入れなかった?
――……どうしてそう思うの?
――なんとなくだよ。とくに理由はない。
パーティー内で意見が割れ、コウが「引き返したほうがいい」理由を伝えていた時。話のさ中、アイリスの気配が少し変わったようだった。そのせいで「進軍か退却か」が半々に分かれるのではないか、とコウは考えた。
だが蓋を開けてみれば「進軍」が四票、「退却」が二票。野獣と疾風怒濤の合同パーティーは「全員での進軍」を選択することとなった。
――最初は「進むべきだ」と思ってたんだけどね。コウ君の話を聞いたら「いったん退却したほうがいい」という気になった。言われてみれば、この洞穴はあまりにも不気味すぎる。村に取って返してギルドに連絡して、村人たちに言って避難の準備を進めさせながら援軍を待つ。それが「丸い」と思う。
――じゃあ、どうして「進軍」にしたんだ?
――言っても、依頼は討伐ではない。調査だけならさしたる危険はないはずだよ。相手が「見るだけで正気を奪われる」とか「見られるだけで石化する」といったモンスターでもない限りね。
――交戦しないかぎり大丈夫だ、と?
――うん。それと……
アイリスは一瞬の逡巡を見せた。そして少し歩を緩める。コウもつられて歩みを遅くする。
専用回線による《念話》は、回線に加わっていない者が話の内容を知ることはできない。だから野獣の四人に聴かれるという心配はない。アイリスの行動は、まったくの無意識のものだった。
――さっき、ダイノスとグノン君、ジェンナちゃんの三人が「進軍」の意志を示していた。「退却」はカンナちゃんとコウ君。私がもし「退却」に投票したら、パーティーは二つに分かれる。彼らは三人で調査対象のところまで行くことになる。
と、アイリスは前を行く野獣たちをちらりと見た。
――それはまずいんじゃないかと思ったんだ。
――まずい?
コウはオウム返しに訊いた。
――まぁ……うまく言えないけどね。大丈夫だよ多分。Aランクが三人もいるし、それに冒険者は「危険を冒す者」だ。そうでしょ?
一瞬の後、コウは「同意」の符号を送る。
*
――見てみんな! 広い場所に出るよ!
ジェンナが全員に《念話》を飛ばした。
狭くなったり広くなったりして奥に続いていた洞穴の先、ひときわ明るく光る出口が見えた。
――明るいな。洞穴の外に出ちまうんじゃねぇか?
――どうだろう。外の光ならもっと真っ白だと思うけど……
――みんな用心しろ。不用意に突出するんじゃないぞ。
六人は明るくなっている場所の直前で、光を避けるように洞穴の壁面に身を寄せて進んだ。グノンとジェンナ、カンナのBランク三人と、ダイノスとコウ、アイリスのAランク三人に、自然と分かれる。
*
そこは天井の高い、開けた場所だった。
上を見ると、山の上まで続く穴が開いており、そこから陽の光が差し込んでいる。
かなり広い空間だ。相変わらずカビも苔もなく、陽の光が差し込み雨水も入り込むはずなのに草花も生えていない。
――……旦那、いたぜ。
グノンが指さした。
*
広場の奥、ちょうど陰となった部分に、黒いドラゴンが体を丸めていた。
――あいつで間違いないみたいね。
アイリスが《魔力探知器》を出して見比べた。
――意外と小さいな。もっと巨大だと思ってたぜ。
――でも十分大きいよ。寝てるけど高さはリーダーの倍くらいあるし。
グノンとジェンナは《念話》で控えめなやり取りをする。カンナは不安そうにし、ダイノスはパーティーの様子をうかがいながらもドラゴンを見ていた。
ドラゴンは眠っているように見えた。古龍ほどの大きさはないが、成竜になったばかりかなりかけくらいの個体に見える。前足を折りたたんで顎を乗せ、目を閉じている。頭部は一般的なドラゴンのイメージと比べ、若干大きく、丸みを帯びた形になっている。
特徴的なのはその色だった。黒曜石のように透明感のある黒い鱗に覆われ、星のような輝きが裡に秘められている。
――どう? コウ君。何かわかる?
アイリスに言われ、コウはAランク三人組の先頭に出て、ドラゴンを見た。口の中で短く詠唱し《分析》を展開する。
――種族ドラゴン、ランクA以上。主な属性不明、特性不明。弱点・耐性も不明。
――何もわからないんじゃん。
――まったくだ。
コウは片眼鏡のような《分析》を仕舞い、アイリスとダイノスを振り返る。
――言ったろ、僕はこの魔法が苦手なんだ。
――でもドラゴンであることは確かなんだよね?
――ああ。ちょっと特徴的な姿だけど、一般的なドラゴンの範疇におさまる個体であることには間違いないようだ。あんな色のドラゴンがいたかはわからないが。
――ブラックドラゴンじゃないの?
――ブラックはもっとつやの無い色をしてるはずだ。それに頭が小さく、角が多く、鋭角的な顔つきをしている。体は全体に細くて鱗が細かく、そのせいで予想外に柔軟性のある動きをするんだ。成竜になっても比較的小柄なことが多いが、邪悪で狡猾な性格と高い知能はドラゴン随一の危険さと言われている。沼地や湿地を好み、酸のブレスを吐く。
一気に大量の《念話》を送りはじめるコウに、アイリスとダイノスは内心苦笑した。
――じゃああれは、ブラックドラゴン以外の何かってことなんだね?
――具体的に何かは思いつかないがね。
コウはドラゴンを見た。特徴的な頭の形、黒曜石のような色、その他の特徴はほぼ一般的なドラゴンに一致する。ブラックドラゴンではない。さりとて黒い色のドラゴンは他に思いつかなかった。
そこで、コウは改めて気づいた。
鱗の形を目視できるほど近づいているにも関わらず、あのドラゴンの魔力が、どういうわけか全く感じられない。それどころか、緊張感も危機感も起こってこない。
どうしてかわからないが、「ドラゴンを前にしている」という事実にもかかわらず、まるで心のどこかが麻痺したように何も感じないのだ。
ひょっとして、自分たちはすでに敵の術中にはまっているんじゃないか?
*
――なあジェンナ、見ろよ。あいつ眠ってるみたいだぜ。
グノンはBランク三人の共通回線でジェンナに《念話》を飛ばした。
――そうね。最初は大きいと思ったけど、そんなに怖さも感じないよね。
――今なら倒せるんじゃねぇか?
ジェンナは冗談だと思い、笑みを浮かべてグノンを見た。グノンは口元こそ笑っていたが、目は笑っていなかった。ジェンナの表情はすぐに引きつった。
――俺のこの《唯我独尊》の一撃を叩き込めば、たぶん寝てる間にあいつを殺せるぜ。つまり今がチャンスってことだ。
グノンは腰の後ろから伸縮自在の魔法棍を取り出した。彼はそれに《唯我独尊》と名付け、古代神器のように扱っている。使用者の意志によりおよそ五十センチから三メートルまで伸び縮みし、剣や斧の一撃にも耐え、炎や氷でも劣化しない魔法の武器。魔力もよく通り、付与魔法も込められる。
たしかに強い武器ではあるが、ドラゴンの鱗を突破できるだろうか?
――ちょっとグノン、さすがに冗談でしょ? いくらあんたの《唯我独尊》でも、一撃でドラゴンは無理だって。それにあいつの頭、いかにも硬そうじゃない。
――そうか? やってみなくちゃわからねぇんじゃねぇのか?
あくまで冗談として受け取るジェンナに対し、グノンは次第に笑みを深め、目が爛々と輝いてくる。
――ここであいつを倒したら、俺らは竜殺し、Aランクに昇格だ。いや、一気にSランクまで到達するかもしれねぇ。直接手を下した俺は英雄になれる。
グノンは《念話》を垂れ流した。ジェンナとカンナの二人を見ているようだが、視線はどこにも定まっていない。
――そうすりゃあ、ダイノスの旦那を、いや、ダイノスの野郎を超えて俺が野獣のリーダーだぜ。そうだ、そうなれば野獣どころじゃねぇ。俺はなんでも手に入れられる。この世のすべては俺のものになる。すべてを手に入れるんだ。俺は強い。俺はやれる。俺はやるぜ。
――ちょっ、グノン!
――下がって!
カンナが前に出て、腰から短杖を引き抜きグノンの鼻先に突きつけた。黄緑色の魔法陣が短杖の先に現れて回転する。精霊系回復魔法《正気》。
だが、黄緑色の癒しの魔力はグノンに作用する直前ではじけ飛んだ。
――なっ……! 抵抗!?
――邪魔するってのかカンナ。お前も俺の成功が妬ましいのか? なら俺の敵ってことになるな。許せねぇよなぁ!?
グノンはカンナを突き飛ばす。ジェンナとカンナの悲鳴が重なった。
*
――おいッ、何をしてるんだグノン!!
そこでダイノスが気づく。魔法棍《唯我独尊》を中程度に伸ばしてカンナに振り下ろそうとしていたグノンは振り向き、ダイノスを見やる。
ダイノスは、グノンの凄まじい形相と異様な目の光に思わず息を呑んだ。コウとアイリスも異常事態に気づき、それぞれ腰から短杖を抜いた。
――グ、グノン……
――旦那、俺は前からあんたのことが『気に入らなかったぜ』
グノンは体を前後左右に揺らし、《念話》をやめ獣人語で話しはじめた
『ちょっと力が強いってだけでいい気になりやがって。何様のつもりだ? 俺は強い。俺は勝てる。あんたにもな、ダイノス。俺は最強だ、今からその証明をしてやる』
『やめろグノン! 自分が何をしてるかわかってるのか!?』
『うるせぇ! たかがドラゴン一匹程度にビビりやがって。臆病なテメェはそこでガタガタ震えながら俺の戦いを見ているんだな!』
そう叫ぶと、グノンは身を反らせて裏返った声で哄笑した。コウとアイリスが同時に《束縛》の魔法を発動、しかし抵抗に阻まれ魔力が打ち消され、雲散霧消する。ダイノスはグノンに掴みかかるが、グノンは瞬時に《唯我独尊》を伸展させ、魔法棍の先端がダイノスの腹を突く。ダイノスは吹き飛ばされ、後ろに転がり倒れた。
グノンは《加速》《雲踏》《敏捷》を瞬時に展開し、パーティーの誰も止める間もなく、哄笑を響かせながら猿人族特有の瞬発力で広場に飛び出した。
*
『いくぜええぇぇぇクソドラゴンが! 喰らいやがれ、《唯我独尊》ッ!』
グノンはドラゴンの直前で大きく跳び上がった。そして空中で二、三回転。軌道の頂点で《雲踏》を用いて空中を踏み、ドラゴンへ急降下。
『天上天下!!』
赤い光を帯びた魔法棍をその頭部へ叩きつける――
次の瞬間。ドラゴンの影から暗黒色の触手が何本も伸び、空中でグノンの腹を刺し貫いた。




