竜の顎(あぎと)
藪が急に開け、獣道が終わる。森が終わり、現れた山肌が壁のようにそびえ立っている。そこに洞穴が、まさに口を開けていた。
竜の顎、とコウは思った。
合同パーティーの六人は、森の終わりの開けた場所に並んで山を見上げ、洞穴の入り口を見やる。
*
入口は横に大きく拡がった形をしており、上端は外から見てゆるやかなカーブを描いている。削れたのか元からなのかわからないが、岩がギザギザな形に尖っており、まるで牙のように見える。
「こりゃ本当に口みたいですな、旦那」
言ってから、グノンは「いっけね」と自分の口を手で覆った。両側のジェンナとカンナが白い眼で睨む。ダイノスは苦笑して、《念話》を共通回線で飛ばした。
――そうだな、念のため今後も《念話》を使うこととする。大丈夫だグノン、もしドラゴンが寝ていたとしても、いまの一言くらいでは起きん。目覚めていたとしたら、我々がここにいることに奴はもう気づいている。
――気づいているって……
カンナが少し青ざめる。グノンとジェンナは顔も毛に覆われているのでわからないが、おそらく血の気が引いているだろう。
――怖いか? それでいい。その怖さこそがお前たちを守る。「竜の口を恐れない冒険者は寿命が短い」という諺もあるだろう? 恐怖は往々にして、危険を感ずるからこそ生ずる。冒険者は臆病なくらいでちょうどいいんだ。
野獣の三人は、ダイノスの教えを神妙な顔で聞く。コウは腰に手を当て、アイリスは腕組みをしてそれを見る。
――いいこと言うじゃん。さすがだね。
――まったくだな。冒険者は臆病なくらいでちょうどいい、か。
*
コウは何故かしら、自分を追放した元パーティーのメンバーたちのことを思い出した。
(ハインリヒ、エルガー、アンナ……三人は元気だろうか。思えば、桜花騎士団の中で臆病なのは自分だけだった気がする)
桜花騎士団にいた時。コウが物事を悪く考えすぎて攻め手を失っているあいだに、アンナとエルガーの二人がだいたい魔物を片付けている。そんなことがしばしばあった。
二人はとにかく前に突っ込んでいくタイプだ。コウの目にはいかにも危なっかしく見えたが、思えば彼らもAランク冒険者だ。自分が余計なおせっかいをしなくても、彼らは普通に生き延びていたんじゃないか……そんなふうに考え、コウは無力感に襲われる。
(そういうところが、僕が追放された原因なのかもしれないな。仲間がどんな性格かをろくに考えず、自分と同じと決めつけて、勝手に補助に回っていた……そんなうざったい奴は嫌われても仕方ないのかもしれない)
それがわかったとしても、自分の性格を直せる自信など無かった。
今だってアイリスに乗せられて……というか嵌められて、疾風怒濤のメンバーに加えられ、あまつさえ形式だけとはいえリーダーにまでさせられ、流されるようにそれを受け入れてしまっている。他に選択肢など無かったとはいえ。
コウはため息をついた。
*
――どったのコウ君、ため息なんかついて。
横目で様子を窺っていたアイリスが、疾風怒濤の、つまり実質二人の専用回線で《念話》を飛ばす。
――なんでもないよ。僕もしっかりしなきゃな、って思っただけさ。ダイノスの姿を見てね。
――ふむ。
アイリスはダイノスを見やる。戦鎚を背負った巨漢の重戦士は、仲間たちに洞穴内での注意事項や、今回のようなケースで魔物が出現した際の対応を伝えている。
――確かに頼もしいね。
――だろ。リーダーとはあんな風にあるべきかもしれない。
――…………
少し考え、アイリスは喉から「むふ」というような音を出し、猫のような顔つきになった。
――そうだね、あれがリーダーのあるべき姿だ。コウ君もダイちゃんを見習って頑張るべきだよ、疾風怒濤のリーダーとしてね。
コウは急にしかめっ面になった。口をへの字にして腕組みをする。
――それは断る。
――なんでよ~。いいじゃんリーダーくらい。ランクが等しい冒険者の間ではリーダーなんて有名無実、ってよく言われるでしょ。
――形式上でも、僕の知らぬ間にリーダーなんてものになってるのが気持ち悪いんだ。今後さらに何をさせられるかわからん。
――あれあれ? ギルド憲章の内容を覚えてなかったせいで知らぬ間にリーダーに立候補していたのはどちらさんでしたっけ?
――あの状況で、そういう意味で受け取られるなんて思う奴はいないだろ。
――言ってもルールはルールだから。
――ルールなぞ知らん。僕は自由に生きるんだ、慈悲深き女神エシュタルの教えに従って。
――コウ君、フィレオン派じゃなかったっけ。
――いま改宗した。
アイリスは下を向いて肩を震わせ、くっくっと笑った。コウはそっぽを向く。
*
――長くなった。すまんな。
ダイノスが疾風怒濤の二人に向き直り、少し近づいて言った。「長くなった」というが、《念話》でのやり取りなのでさほど時間は経っていない。
――どうした二人とも。喧嘩か?
――なんでもない。平常運転だよ。
――そうそう。疾風怒濤もいたって仲が良いからね。
コウがアイリスを見て、アイリスはそっぽを向いて口笛を吹くふりをする。
――……そうか。頼むぞ、我々はこれからドラゴンらしきものに近づき、その性質を見定める必要がある。
――厳密にはまだドラゴンと決まったわけではないけどな……十中八九ドラゴンだろうが。
――そうだね、この魔力量で人里に影響を及ぼすことなく現界に出現できる存在といえば、ドラゴンくらいしか思いつかない。
アイリスは懐から《魔力探知器》を取り出した。表面が鈍く光り、七つの光点が灯る。薄緑色の四つの光に、赤い二つの光。そこから離れて、くすんだ暗灰色|のひときわ大きい光の点がついたり消えたりしている。
横から覗き込んで、コウは眉をひそめた。
――どしたの、コウ君。
――……いや、何でもないよ。何が待ち構えているかなんて、どうせすぐにわかるしな。
*
のちにコウは、この時の選択を後悔することになる。
《魔力探知器》が示した存在――暗灰色の光で象徴されるドラゴンなどいただろうか? 火口に棲む炎熱のドラゴン、凍土に棲む氷結のドラゴン、嵐の中を棲家とする雷電のドラゴン。毒沼のドラゴン、金属のみを喰らうドラゴン……どれもその象徴する色は違う。
冒険者は文字通り「危険を冒す者」だ。そして依頼には期限があり、いつまでも悩んでいるわけにはいかない。未知の恐怖に対しても突っ込んでいかなければならないのが冒険者の仕事だ。その点で、果断に攻め手を繰り出す桜花騎士団は正しかったと言える。
だが、時には慎重すぎるほど慎重になることも必要ではないか? むしろ、それがコウの「いつものやり方」であり「持ち味」だったのではなかったか?
ダイノスも言ったように「竜の口を恐れない冒険者は寿命が短い」。ましてその洞穴は、ただでさえ「竜の顎」などと呼ばれていたのだ。




