道中
Bランクパーティー・野獣の四人と、Aランクパーティー・疾風怒濤の二人は、ケネル村を囲む山の一つにある天然の洞穴「竜の顎」へ向かう道中を進んでいた。
*
野獣のリーダー、オークの重戦士ダイノスが吹っ掛けた「決闘」の翌日である。
疲れは残っていたが、コウとアイリスは予定通り「ドラゴンの調査(と、可能ならば討伐)」の依頼に同行することにした。
依頼には「可能ならば討伐」の文字がついてきていたが、しかし六人の誰もがそれが可能とは思っていなかった。ドラゴンは強大な魔物であり、推奨ランクは「全員Aランク以上」のパーティー。もし「ドラゴンの討伐」などが為された場合、そのパーティーをメンバー全員に「竜殺し」の特別称号が付与され、生き残ったメンバーは全員Aランクに昇格する。それほどとくべつな魔物なのだ。
前日の夜半。ダイノスとの闘いで跳ね飛ばされたコウが村長の屋敷の屋根を破壊した轟音で村人たちが目を覚まし、深夜にもかかわらず噂は広まったらしい。
「冒険者パーティーのリーダー二人が、互いの誇りと名誉を賭けて決闘を行った」
「それにより二人は和解。熱い友情で結ばれた二人のリーダーと二つのパーティーは、ともに力を合わせて困難な依頼へと向かう」
善良だが物見高く噂好きな村人たちの間でそんな感動的な物語が生まれていたらしく、翌日の朝に出立する際は、村人たちはほとんど総出で冒険者たち六人を見送りに出てきたほどだった。
勘弁してくれ、とコウは思った。
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総勢六名となったパーティーを二つに分け、前三人が猿系獣人の魔法戦士グノンと猫系獣人の神官戦士ジェンナ、ハーフエルフの魔道士カンナ。後ろ三人はオーク族の戦士ダイノスと、コウとアイリス。
グノンとジェンナが並んで道を切り開き、その後ろにカンナが続く。すこし離れて、野獣の三人を見守るようにダイノス、その後ろにコウとアイリス。そんな「砂時計」のような形でパーティーは進んでいた。
洞穴に向かう道のりは、ほとんど獣道だ。前の三人、というかグノンとジェンナが、村から借りた鉈で藪を切り払い、後ろ三人は周囲と背後を警戒しながら進む。
今のところ、凶悪な魔物は出ていない。
――しかし、前三人をBランクで固めてよかったのか? 今からでも一人交代してもいいんじゃないか? なんなら僕が行くぜ。
後衛となったコウが、《念話》をダイノスに飛ばす。コウとダイノスは、村で最初に相対した時に魔力の通り道はつけてあり、その後アイリスもダイノスと通り道を開いた。
《念話》は様々な条件をつけて飛ばすことができる。声による会話とは違って、距離が近くても特定の相手とだけやり取りをすることが可能だ。今の場合、後衛のAランク三人が「専用回線」を設けて会話している。
――……奴らには経験を積ませたいんだ。冒険者としての警戒心やとっさの判断力を磨くには、今回のように前衛後衛で分かれる場合、前衛のほうが都合が良いからな。
野獣はAランク冒険者がダイノス一人であり、他の三人はBランク。ギルドの規定により、野獣は「Bランクパーティー」に分類される。
Aランク冒険者とBランク冒険者の実力差は大きい。Aランクはざっくり言って「討伐依頼を一人で解決できる」ことが要件だ。グノンとジェンナ、カンナの三人は、まだそこまでの域には達していない。
――それに、Aランクが一人でもいると無意識に依頼心が芽生えるかもしれない。A三人が後ろで見ていることで、良い意味で緊張感が生まれるのも期待できる。そうでしょ? ダイノス。
――その通りだ。さすがだなギルドマスター。
――でしょ。もっと褒めていいよ。
――ギルドマスターは今は関係ないんじゃないか?
自慢げにするアイリスにコウが突っ込み、ダイノスは《念話》で豪快に笑った。距離が近いこともあって、大量の「笑い」の符号が脳内の魔力回路に響き渡る。
《念話》ですら声が大きい。コウとアイリスは顔をしかめた。
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――それで思い出したがアイリス、一つ聞きたいことがあったんだ。
――なにかねコウ君。
コウの言葉に、前衛の三人が打ち払った木の枝を遠くに放りながらアイリスは訊き返す。
――君は僕のことを疾風怒濤のリーダーって言ったよな。
――ああ、あれね。
――あれねじゃない。僕は疾風怒濤のリーダーになるなんて一度も言ったことはないぞ。
――おや、知らないのかね? 元Aランクパーティー・桜花騎士団の『魔眼』のコルネリウスともあろう者が。
――茶化すんじゃないよ。それに、桜花騎士団のこともやめてくれ。『魔眼』とか恥ずかしいったらありゃしない。
――そもそもコルネリウス、貴殿はどうして『魔眼』なんだ?
ダイノスが割って入り、素朴な疑問を口にした。
――なんでだろうな、僕にもよくわからないんだ。たしかリーダーのハインリヒか、あるいは相談役がつけたんじゃないかと思う。
――相談役なんていたんだ。
――そう。一度会ったことがあるが、よくわからん男だったな。胡散臭いというか。
ふむふむ、という感じにうなずくアイリスを横目で見て、コウが話を続ける。
――桜花騎士団では「二つ名」をつけるのが流行ってたからね。ハインリヒは『天才』、《魔法拳》を使うアンナは『魔拳』。神官のエルガーは『魔神』……これも由来はよくわからないが、エルガーのことだから自分で名乗ったのかもしれない。
――それに合わせるように貴殿は『魔眼』というわけか。
コウは目の前に垂れ下がってきた蔓植物を鉈で叩き落し、魔力的な符号でうなずく。
――たぶん《分析》の魔法を使えるのが、パーティー内で僕だけだったせいじゃないかな。あれは片眼鏡みたいな魔法円が発動するだろう。桜花騎士団は敵の分析とか、そういったものには無頓着なパーティーだった。全員Aランクで、メンバー全員がとりたてて弱点が無かったからな。いちいち《分析》を発動させる僕を、みんなよくからかってたもんだよ。
追放の日からすでに一ヶ月近く経過しているせいか、桜花騎士団を語るコウの言葉には屈託が無くなっていた。むしろ懐かしくさえ思う。コウは我知らず微笑んでいた。
ふーむ、とダイノスは「熟考」の符号を飛ばす。
――……しかし、それはどうなんだろうな。俺は疑問に思う。たとえ事前に知識があったとしても、《分析》を使ったり、それが出来ないとしても相手の性質を見抜く努力をすることは、自分の身や仲間の命を守るために重要なことだ。
――僕もそう思ってるんだけどね。
――東方の諺にある……いや異世界人の言葉だったか、たしか「敵を知り、自分を知り、味方を知れば、百回戦ったとしてもすべて勝利する」といったようなものがある。逆に言えば「敵のことをよく知らなければ、いつかは敗北する」ということだ。そうじゃないか?
――……いい言葉だな、ダイノス。慰めてくれてるのか?
――そうだ、オーク的褒め言葉だな。オークは優しいからな。
ゴヮハッハッハッハッハッハ! と「笑い」の符号がコウとアイリスの脳内にこだまする。二人はまたも顔をしかめた。
*
――あー、コウ君。疾風怒濤のリーダーの件はもういいってことだね。
――よくない。忘れてた。どういうことか説明してもらおうか。
コウは言いながら、腹立ちまぎれのように獣道の脇の藪を払った。アイリスは横目でそれを見て、猫のような顔つきをする。
――ダイちゃんがケネル村にやってきた最初の時、
――ダイちゃん。
ダイノスは振り返ってアイリスを見たが、アイリスはそれをスルーした。
――……ダイちゃんとコウ君が最初に会った時、お互いに効き手を開いて挙げ、敵対の意志が無いことを示してから魔力の通り道を通したじゃん。
――ああ、確かに。あれがどうかしたのか?
――「二つのパーティーが初めて邂逅し、お互いに敵意の無いことを証明する場合、最初にリーダー同士がパーティーを代表して友好関係を結ぶ」とギルド憲章に書いてある。
――……………………
――つまり、俺と貴殿が《念話》のやり取りを行った瞬間、貴殿は疾風怒濤のリーダーということになったわけだな、コルネリウス・イネンフルス。
――ちょっと待ってくれ。
コウは思わず眉間を抑えた。アイリスはそれを見てニヤニヤしている。
――コウ君、あの時ちゃんと私を見て「代表になっていいか」みたいな符号を飛ばしてきたじゃん。私はそれを承諾した。疾風怒濤のメンバーとしてね。元リーダーのウィリアムは引退しちゃったから、その時は私がリーダー代行だった。その私が、あの瞬間にコウ君をリーダーとして認めた。
――あの時は時間もなかったし、緊急に「村にいる冒険者として渉外担当を買って出ていいか」という意味だったんだよ。
――そんなのわかんないよ。経緯はどうであれコウ君は疾風怒濤のメンバーではあったわけしね。そして、都合の良いことにその場にいた疾風怒濤のメンバー全員がそれに同意した。
まぁ、全員といっても私とコウ君しかいないわけだけど。そう言ってアイリスは「含み笑い」の符号を飛ばす。
コウは目をしかめ、顔を手で覆った。
――やってくれるよ、本当に。
――まぁ、それで何をするってわけでもないから安心しなよ。あの時は「この状況はコウ君を疾風怒濤のリーダーに出来るな」と思ったから、魔力的処理を行って登録してみたってだけでね。ギルドマスターになればそういう面白いこともできるんだ。ちょっとしたいたずらだね。
――面白くはないし、ちょっとでもないが。
――まぁまぁ。気に入らなかったら後で解除するから。
*
――旦那!
グノンが共通回線で《念話》を飛ばしてきた。
ダイノスとコウ、アイリスの三人は、《念話》を受けて前方を見やる。
藪の向こう、視線の先に、山肌が横に裂けてぽっかりと黒く口を開いた洞穴があった。




