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賭博者たち その①

 桜花騎士団(キルシュリッター)の天才魔道士ハインリヒと暗黒神官エルガーの二人による《亡者退散ターン・アンデッド》で、首無騎士(デュラハン)は白光を体から溢れ出させ、爆発四散した。


     *


 その様子が、壁面に設えられた巨大な《魔道視板(モニター)》に映し出されていた。


 広い部屋だった。十数人が入る会議室ほどの大きさである。

 窓は全て閉められ、薄暗い照明が灯されている。扉付きの棚が作りつけになった壁際には豪奢なソファが並べてあり、その前にはテーブルがいくつか置かれている。その反対側に巨大な《魔道視板(モニター)》が設えられていた。

 部屋に集まった男女は七人。全員が人間族であり、それぞれの体格を見ると立派な大人たちのようだ。ただでさえ薄暗い中、闇魔法《隠蔽(ハイディング)》が各々に付与されており、その見た目は影で覆われて人相や服装などはほとんどわからない。

 六人が、豪奢なソファに座り、めいめいの前に酒や軽食(スナック)、煙管の灰皿などが置かれている。窓際のバカでかい机の上には《魔道視板(モニター)》操作用の魔道具が置かれ、男が一人、偉そうな椅子に腰かけてそれを操作している。


 首無騎士(デュラハン)が倒され、戦いが終わる。亡者(アンデッド)を構成していた禍々しい瘴気は雲散霧消し、忌まわしき色の魔力の塵が白い浄光に追い散らされる中、ハインリヒが床に降り立つ。エルガーが腰に短杖(ワンド)を仕舞ってハインリヒに近づき、床に膝立ちになっていたバルトも立ち上がってリーダーに近づく。


 映像はそこで乱れ、途切れた。


     *


 パチ、パチ、パチ、パチ、パチ。と、一人分の拍手が鳴り響く。


「素晴らしい、素晴らしい、素晴らしい」


 拍手をしているのは、ソファの端に座った()()()()と太った男だ。声を聞くかぎり、中年男性のようである。闇魔法に覆われているため判別は難しいが、顔には笑みのようなものを浮かべている。《隠蔽(ハイディング)》越しにもわかる仕立ての良い衣服を着ており、頭頂部にフィットする帽子をかぶっている。


「いや、素晴らしい。見事でした。さすがはAランクパーティー・桜花騎士団(キルシュリッター)。今回も、たいそう良いものを見せていただきましたぞ」


 太った男はにこやかな笑みを絶やさず、朗々と響く声で桜花騎士団(キルシュリッター)の戦いを称賛する。その声色はどこか()()()()()()響く。もしこの場に勘の鋭い獣人族や、魔力を見定める目の確かなドワーフやエルフがいたら、この太った男が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを見破っていただろう。


     *


「そうですかな、ミスター・ドラゴン。今回の桜花騎士団(キルシュリッター)の戦い、どうも精彩を欠いていたようだ。やはりあの『魔眼のコルネリウス』の不在が大きかったのではないか」


 そう言ったのは、「ミスター・ドラゴン」と呼ばれた太った男の隣に座る、筋骨隆々とした男だ。やはり中年かそれ以上の声。傭兵か冒険者が着そうな革の服を身に纏い、腰には短杖(ワンド)を提げている。明らかに「戦いを行う者」だった。


「もし『魔眼のコルネリウス』がいたら、『魔拳のアンナ』が首無騎士(デュラハン)の攻撃を受ける直前に《防御(シールド)》なり何なりを付与して彼女を守ったのではないか。『魔弾のバルト』の()()は確かに素晴らしい武器ではあるが、その性質上、後手に回らざるを得ないようだ」

「なるほど、なるほど。確かにそういうこともあるでしょうな。私は戦いに関しては素人ゆえ、現場目線での意見をいただけるのはありがたく思いますぞ、ミスター・グリフォン」


 太った男――「ミスター・ドラゴン」は、筋骨隆々とした男を「ミスター・グリフォン」と呼び、その意見に賛同し、感謝を示す。

 筋骨隆々とした男――「ミスター・グリフォン」は何を思っているのか、映像の消えた《魔道視板(モニター)》を黙って見つめていた。太った男「ミスター・ドラゴン」に見えない側の唇の端を、わずかに歪める。


     *


「そ、そんなことより、魔拳士アンナは! 彼女はどうなったんですか!」


 あきらかに狼狽した声をあげたのは、六人の男女が腰かけるソファの端、「ミスター・ドラゴン」とは反対側の端に座る男だ。やはり中年以降の男性のようだが、体格は中肉中背、年相応に腹は出ているもののさほど太ってはおらず、さりとて筋骨たくましいわけでもない。

 どちらかといえば貧相な体格の男だった。そして、闇魔法《隠蔽(ハイディング)》の影を通してすら、明らかな狼狽の色がその表情に見える。


「わ、私は()()()()()()()()()()()()んだ! アンナが生きているか死んでいるかは重要なことだ!」


 男は半ばソファから立ち上がりかけて主張する。部屋の中からは、鼻で笑うような音やクスクスとした笑い声が聞こえる。


「な、何がおかしい! 私は、私は自分の信念に従って賭けた! ここにいる皆さんの、バカげた掛金(レート)に従ってね! 確かに、冒険者の戦いをこの目で見られたのは素晴らしかった。私のような者には、一生かかってもお目にかかれない光景だ。だが!」


 貧相な男の声が裏返る。


「同時に金がかかっている! あなたがたにとっては()()()()かもしれないが、私ら庶民()()()にとっては莫大な金額であり財産だ!」


     *


「落ち着きなさァい、ミスター・ベヘモス」


 男の二つ隣に座っていた婦人がねっとりとした口調で貧相な男を諫め、煙管(キセル)から煙を吸い込み「フゥ~」と紫煙を吐き出した。


「あなたの気持ちはわかるわァ、ミスター・ベヘモス。でもォ、私たちにとっても掛金(レート)は高いのよォ? なにも()()()()()()()()わけじゃない。博奕(ギャンブル)って『痛みがあるからこそ気持ちがいい』ものじゃなァい。リスクが無ければ、リターンの時の快楽や愉悦も生まれないわァ」


 ()()()()殿()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そう言って、妖艶な婦人はクスクスと笑った。


 闇魔法を通してすら漂う、妖しい雰囲気。東方から伝来したであろう、胸元が大きく開いており太ももの大部分が露出している蠱惑的な衣装に身を包んだその女は、声からすれば中年に差し掛かっているであろうと推測されたが、いまだ自分の肉体に自信を抱いているようだ。


「しっ、しかし、ミセス・マーメイド」


     *


「お黙りなさい、ミスター・ベヘモス」


「ミスター・ベヘモス」と呼ばれた貧相な男と、「ミセス・マーメイド」と呼ばれた妖艶な女の間に座っていた人影が、「ミスター・ベヘモス」にぴしゃりと言い渡す。


「あなたがここで()()()()()()()()も、何ひとつとして事実は変わりませんわ、ミスター・ベヘモス。そうではなくて?」

「だ、だが、この中で『犠牲が出る』ほうに賭けていたのは()()()だ。彼女(アンナ)の生死は私の、いや私たち家族や組織の、()()の生死に関わる!!」

「他の誰でもない、()()()()()()賭けたんじゃありませんか。責任を持ちなさい。男なら見苦しくジタバタせず、泰然と結果を待てばよろしいのではなくて?」


「ミセス・マーメイド」と呼ばれた女と同じく、中年に差し掛かったくらいの成人女性の声だ。ただ「ミセス・マーメイド」のような妖艶さは無く、その声にはむしろ堅い職業の雰囲気が響いていた。


「そ、それはそうかもしれないが、ミズ・フェニックス」

「だいいち、まだあなたが賭けに()()()とは限らないんだから。しっかりなさい、ミスター・ベヘモス」


「ミズ・フェニックス」と呼ばれた堅苦しい声の女は、指の爪を()()()で磨きながら言う。


「たしかに『魔拳』アンナ・フューゲル、あの()()()()が――」


「ミズ・フェニックス」は「()()()()」と口にする際に眉根をひそめ、額に深いしわを刻んだ。そして「ふっ」と爪に息を吹きかけて続きを話す。


「――首無騎士(デュラハン)の攻撃をまともに受けた時、『魔弾』バルトは魔銃による補助魔法と回復魔法で命を救ったように見えます。ですが、私の見立てでは()()予断は許さない。彼女が助かるか助からないかは、街に運ばれて医師の治療や教会の処置を受けるまでわかりません」


 そして、いかにも憂慮すべきといった風に目を細め、かすかにため息をついて言った。


「なにしろ亡者(アンデッド)()()()()()()()()んですからね。『拳士』クラスだったとはいえ愚かなことです。しょせん()()()()なので()()()()()()のでしょうが」


     *


「俺としては、『魔拳』アンナが()()()()()()()()()()()がね」


 ソファの真ん中、「ミスター・グリフォン」と「ミセス・マーメイド」の間に座っていた男が口を開いた。六人の視線が集まる。

 前のめりになり、肘を膝についた姿勢で、男は下を向きながら言う。「ミスター・ベヘモス」と同じく中肉中背だが、若い印象があり、また体つきも引き締まっていて無駄な贅肉がついていない。


「たしかに俺も今回、桜花騎士団(キルシュリッター)には『犠牲が出ない』ほうに賭けた。桜花騎士団(キルシュリッター)の強さとしぶとさ――つまり『底力』はよく知ってるからな。『魔眼のコルネリウス』が抜けたとて――確かに奴は底知れぬところのある冒険者だったが――基本的には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。桜花騎士団(キルシュリッター)にとって、そこまで重要な役割を果たしていたとは思えなかった。だが、」


 と、男は隣の男をチラリと見る。


「さっきのミスター・グリフォンの言葉で、それが間違いだったとわかったね。『魔眼のコルネリウス』の働きは()()()()()()()()()()()だった。まさに今回のアンナの()()は、コルネリウス・イネンフルスの不在によるものだと俺も思うね」

「私はそうは思いません。あの()()()()桜花騎士団(キルシュリッター)の一員として不適格、単に実力不足だっただけですわ」

「そりゃ、()()()()()()()()()()()()()だろうがね、ミズ・フェニックス」


 男は下を向き、くっくっと喉を鳴らす。


「しかし今回、アンナが()()()()時の、ハインリヒとエルガーの顔を見たか? 正直()()()()()ね。桜花騎士団(キルシュリッター)の一人がこんな形で欠けるならば、確かに残念ではある。だが、アンナが()()()()()()()時の奴らの顔を、俺は見てみたい。そしたら間違いなく、今より()()()()()()()()はずだろうからね」


 部屋の中に、男の低い笑い声だけが響き、しばし沈黙が場を支配する。


     *


「皆さん、ご静粛に」


 部屋の奥、机に就いていた男が立ち上がった。そのシルエットは「ミスター・ドラゴン」と呼ばれた男よりも、さらにでっぷりと肥え太っており、闇魔法のヴェール越しにすら、その顔……いや姿全体の()()()()()()()()が伝わってくるほどだ。


「ご察しのように、魔拳士アンナ・フューゲルの生死は不明です。従って今回の『賭け』の勝敗は、彼女が街へ戻ってきて『()()()()()()()()()()()()()()()ことと致します」

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