首無騎士(デュラハン) その④
首無騎士の手首が高速で回転し、長大な処刑人の剣が、まるで風車のように回る。
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――アリかよ、そんなの。
エルガーが《念話》で独り言ちる。もちろんただの独白ではなく、状況を共有するハインリヒとバルトに通話し、作戦を練るためのものだ。
一つひとつの《念話》には〇・一秒もかからない。しかも《念話》は熟練すると頭の中の映像も送ることができるようになる。魔力の消費量は微量とはいえ普段から使うには脳が疲労しすぎるため、戦いの集中力の中でこそ真価を発揮する。
《加速》をかけて突進を始めていたハインリヒは、首無騎士の回転攻撃に急停止していた。首無騎士は手首の回転を速める。薄明るい「悪魔教会」にわずかに差す光の中、埃が舞い立つのが見える。風車のような回転で風が起こる。
――まさか俺たちを涼しくしてくれているわけでもなさそうだな。
――ああ、もちろん奴は、我々を全員ひき肉にするつもりだ。
――どうします? あの攻撃は攻防一体だ。下手に突っ込むと真っ二つにされる。手をこまねいていても、奴はあの風車を盾にどんどん向かってくるでしょう。
――……ひとつ考えがある。協力してくれるか。
ハインリヒは作戦案と具体的なイメージをエルガーとバルトに送った。二人はそれを瞬時に読み解く。
――出来るか?
――私のほうは可能です。しかし……
――出来る出来ないじゃねェ。俺たちにはもう次善の策は残されちゃいねェんだ。この状況は、すでに俺たちは全滅しかかっていると見たほうがいい。だろ? 大将。
――ああ、その通りだ。
――ならやるしかねェな、その無謀な賭け、乗ったぜ。
この間、約一秒。
そして首無騎士は、ずん、と一歩踏み出した。
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首無騎士が足を踏み出すと同時に、ハインリヒは両腕を拡げてすべての補助魔法を解除した。ほのかに輪郭を光らせていた魔力光が消え、色とりどりの魔法陣の残滓がガラス片のように散り、魔力の粒子となってハインリヒに再吸収される。
ハインリヒの行動に、首無騎士が一瞬足を止める。
その一瞬。ハインリヒは補助魔法《加速》を我が身に四重にかける。瞬間、四重の青い魔法陣がハインリヒの周囲に回る。
同じ対象に付与できる補助魔法の限界は、一般に四つまでとされている。術式同士の干渉や、術者自身の魔力回路への負担、対象の許容量などの問題で、それ以上の付与は非常に困難だからだ。
ハインリヒは己自身の、いわば「付与魔法スロット」をすべて《加速》で埋めた。
そしてハインリヒの足元の床が砕け、青い魔力の残光を残してその姿が消え失せる。《加速》四重がけのスピードで、回転する処刑人の剣の風車に真正面から突進したのだ。
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左肩に《乾坤一擲》をかついだエルガーは顔をしかめ、目を細めた。
できれば目を閉じて顔をそむけたいくらいだった。顔が完全に青ざめている。
ハインリヒの作戦。それは「自身に《加速》を限界まで付与し、正面から突破する」というものだった。
果たしてそれを「作戦」などと呼んでいいのか? しかもパーティーの総大将自らが、すべての補助魔法を捨てて《加速》に全振りし、回転する致命の刃の合間をかいくぐって死角に入るなど。
大胆を通り越して、無謀に近い。失敗すれば、もちろんハインリヒの体は両断される。残ったエルガーとバルトも程なくしてひき肉にされる。今のところ気絶しているように見えるアンナも、バルトの応急処置魔法が切れて適切な処置も行われないならば、魔物がとどめを刺す間もなく命を落とすだろう。
しかもそれは第一段階に過ぎない。あの恐るべき、回転する致命の刃を避けたとて、奴を倒す工程はまだ残されている。
――頼む!
エルガーの思いが通じたか、血しぶきもあがらなければ肉片も飛び散ることもなく、残像を一瞬残して突進したハインリヒの姿は処刑人の剣の風車の向こうに消えた。
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ハインリヒは第一段階を突破した。次はエルガーの仕事だ。
「バケモノオオオオオォォォッッ!!」
エルガーが叫ぶ。「悪魔教会」の、ところどころ割れた窓がびりびりと震える。自分自身を鼓舞し、魔物の注意を引きつけんとする咆哮。
あるべきはずの場所に頭部のない首無騎士が、少しばかりエルガーに気を取られたようなそぶりを見せた。頭の無い怪物に五感はあるのか? そのような疑問が一瞬浮かぶが、今は哲学や魔物学を弄している時間はない。
エルガー自身が「伝説の古代神器」であると嘯く黒鋼の魔法斧《乾坤一擲》を、全力で投擲する。鋳造の段階で付与された火炎・氷結・雷撃の三属性と《浮遊》《回転》の魔法によって、屍人やスケルトン、ゴブリン・コボルドの群れ程度ならば一投で全滅させる必殺武器だ。
回転し宙を舞う《乾坤一擲》が、首無騎士の処刑人の剣に激突する。回転する二つの刃が、凄まじい音を立てて火花を散らしながらぶつかり合う。
エルガーは両手を前に突き出して《乾坤一擲》をコントロールする。回転の速度と軸、勢いを調整し、両者の拮抗状態を生み出す。金属の削れる火花と付与魔法の剥がれる魔力の火花が盛大に散り、処刑人の剣を回転させる首無騎士の腕が次第にぶれる。
「おおおおおッッッッ!!」
こめかみに血管を浮かび上がらせ、エルガーは渾身の魔力を込めて両腕を跳ね上げた。処刑人の剣が首無騎士の手を離れ、《乾坤一擲》とともに宙に跳ね上げられる。
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二つの武器が宙を舞うと同時に、首無騎士の輪郭がぼんやりと白く光り、黒紫色に輝いていた甲冑にひびが入る。甲冑表面の禍々しい瘴気が砕け散り、黒い魔力光となり霧消していく。
ハインリヒは首無騎士の背中にとりつき、短い剣身の片手剣を甲冑の隙間に突き刺していた。付与した魔法剣は《解呪》。ハインリヒは首の切断面を狙わず、首無騎士の鎧の隙間にねじ込んで鎧そのものに発動させていた。
亡者は総じて退魔系魔法に対して極めて弱い。それに対抗するため、高位亡者は往々にして強い魔法抵抗を持つ。
ならばその魔法抵抗そのものを破壊する。
ハインリヒはそれを瞬時に思いつき、仲間に伝達し、果断に実行し、見事成功させた。「天才」という二つ名の所以がそこにあった。
体表の障壁が砕け散り、甲冑はくすんだ灰黒色と化す。戸惑ったように、左右を見るようなそぶりを見せる首無騎士。ボロボロになった処刑人の剣と《乾坤一擲》が回転しながら降ってきて床に突き刺さる。
「バルトッ!!」
エルガーが叫ぶと同時に、バルトは三発の魔弾を込めた魔銃《七発六中》を撃ち放つ。あまりの反動にバルトは後ろにひっくり返り、一回転して片膝をつき起き上がる。
込められた魔弾は、先ほど屍人どもを焼き尽くした《業火》と、対亡者特効の《浄化》に《除霊》、そして魔物を縛る《束縛》。
魔弾が炸裂し、魔物だけを燃やす炎が首無騎士を中心に燃え広がる。そこに《浄化》《除霊》の光が加わり、炎が白く輝く。《束縛》の黒い魔力の鎖が首無騎士を縛り上げる。
今や抵抗を失い、浄火に焼かれながら黒い鎖に縛られる首無騎士は、逃れるように左右に身をよじる。だが胴体をがっちりと縛り、のみならず脚にも絡みつき大地と接続された《束縛》の鎖は魔物を逃がさない。
ハインリヒは首無騎士の背中にとりついたまま剣を引き抜き、それを天高く掲げた。「悪魔教会」の割れた屋根からほんのわずかに差し込む陽光が、剣身にきらりと反射する。
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「慈悲深きエシュタルの名において告げる!」
剣を天に掲げたハインリヒが、声高に宣言する。
「生者に仇なす哀れな死者よ、今こそ汝の出で来る地の底へ還るべし!」
腰のベルトから抜いた短杖を前に差し出し、エルガーが続きを詠唱する。
「土は土に、灰は灰に、塵は塵に――」
声を合わせるハインリヒとエルガー。そして、
「――《亡者退散》」
二人は魔法の詠唱を完了。詠唱に参加していなかったバルトも、最後はつぶやくように声を合わせた。
掲げた剣を逆手に持ち替え、ハインリヒは首無騎士の首の切断面にそのまま差し込む。白い浄光が炸裂し、首無騎士は動きを止め、甲冑の隙間から光を噴出していき――そして爆発四散した。




