首無騎士(デュラハン) その②
桜花騎士団の四人の前に、轟音を立てて首無騎士が降り立ち、塵と埃、床の破片が舞い立つ。
――たしかにこりゃあ「処刑された昔の騎士」なンかじゃあねェな。
暗黒神官エルガーは《乾坤一擲》を構えたまま、我知らず後ずさりした。
*
高位亡者系魔物、首無騎士――
その体躯は優に三メートルを超え、四メートル近くに達しているように見えた。胴体と四肢を黒光りする全身鎧に隙間なく覆われ、関節部からわずかに覗くは黒紫色の瘴気。禍々しく、忌々しい波動で周囲の空間が歪み、ただでさえ巨大な姿をさらに恐ろしく見せている。
もちろん、頭部にあたる部分には何もない。
これが「処刑された昔の騎士」などではないことは五歳の幼児にもわかるだろう。こんな巨大な人間がいてたまるか、ということだ。人間どころか、亜人種にもここまでの巨躯はいない。
「バケモノが。行くぞ!!」
エルガーは敢えて声に出して叫び、己を鼓舞する。
エルガーは首無騎士の向かって右側に跳び、同時にアンナが左に跳んだ。巨大な甲冑の化物の臑当に左構えから《乾坤一擲》を横薙ぎに一閃。ほぼ同時にアンナも、もう一方の脚の同じ部位に渾身の一撃を放つ。
甲高い金属音が鳴り響き、エルガーとアンナの攻撃は弾かれた。
「なッ!?」
「硬い!!」
二人は弾き飛ばされ、後ろに転がって受け身を取る。間髪入れず、ハインリヒが正面から攻撃。太ももの付け根、甲冑のつなぎ目を過たず狙うが、首無騎士はわずかな身じろぎでそれを回避、甲冑に当てて受け流し、篭手の一撃でハインリヒを吹き飛ばす。
「ハインッ!」
アンナが叫ぶ。
ハインリヒは魔法陣の破片を飛び散らせながら空中でくるくると回転して着地する。あらかじめ張っておいた《防御》によりダメージはほとんど無い。
剣を構えながら、ハインリヒはあらためて自らに補助魔法を付与する。《防御》《加速》《雲踏》《敏捷》を自身にかけ、短躯に合わせて特注した短めの片手剣には《倍撃》と《鋭利》、そして亡者系に特効の《浄化》を付与。それらを口の中で短縮・多重詠唱して半秒ほどの間に展開し、開いた左の掌には《浄化》を合成した《火球》を漂わせる。
いくつもの魔法陣がハインリヒを三次元に取り囲み、輪郭が一瞬、色とりどりの光を放つ。首無騎士は隙を突いて追撃することも出来ず、ハインリヒは残心しながら態勢を整えきった。
*
(ほう……)
後ろで見ていた魔銃士バルトは、内心で感嘆の声をあげた。
(なるほど、さすがは『天才』と呼ばれるだけはある、ハインリヒ・グラーベン。ただの派手好きな小さい勇者ではないようですね。あの一撃を《防御》の一枚で無効化するほど、呪文の「精度」も「練度」も極めて高く、術式も正確極まりない。吹き飛ばされた後、こともなげに着地するだけでも相当なものだというに、まして対峙しながら隙を見せずに可能なかぎりの補助魔法を付与するとは)
ハインリヒが左手に持った白い《火球》を見て、普段は感情など存在しないかのように振舞っている男が、わずかに顔を歪める。
(そして短杖も使わず片手で合成魔法ですか。忌々しいですね。思わず嫉妬しますよ……こっちは魔銃が無ければ満足に魔法も行使できないというのに)
バルトは上着の内ポケットに右手を入れ、魔弾を探った。
(とはいえ、手をこまねいて見ているわけにもいきません。あんな魔物を前に仕事に手を抜こうものなら、最悪で私の命までも危ない。お三方は気づいていますかね……「悪魔教会」の扉が閉ざされ、魔力によって封じられたことに)
右手で取り出した魔弾は、それぞれ違った色が塗られている。バルトはわずかに漏れ出す魔力を指先で感知して、それらがどういう性質のものかを判別することができる。
(……さて、どの魔弾がいいですかね。私の見立てでは、そろそろ犠牲が出る頃だ。ということは、これでしょうか)
*
首無騎士は背中に背負っていた巨大な処刑人の剣を取り出し、構えた。
――そこは騎士剣じゃねェのかよ。適当な設定だな。
エルガーが《念話》で毒づく。アンナとハインリヒ、バルトはそれに「同意」の魔力的記号を返す。
首無騎士は右構えに処刑人の剣を振りかぶると、右手にいたアンナに切りかかった。
アンナはそれを回避して跳躍、首無騎士の甲冑の腕部分、ぞっとするような冷たさの甲冑に手をかけて身を持ち上げ――触れるだけで生気を吸い取られるようだった――高く舞い上がり頭上を取った。首の部分には、関節部からも覗いていた黒紫色の瘴気が色濃く渦巻き、禍々しい魔力が沸き立ち湯気のように立ち上っている。
――気持ち悪いけど……おそらくそこが弱点ね!!
足甲に《浄化》を付与しつつ《雲踏》で宙を踏み、アンナは首の切断面に下向きに蹴り込む。
「嘿ーッ!!」
瞬間、首無騎士の肘と肩の関節が逆方向に爆速で曲がる。《魔法拳》による必殺の蹴りが突き刺さる寸前、禍々しい甲冑の籠手による一撃が叩き込まれ、アンナの体を吹き飛ばした。
*
骨の砕けるボキボキという音と、内臓のどれかが破れたような衝撃が、体の内側から伝わってくる。時間の流れがゆっくりになる。
戻ってきた腕に殴られたという事実を理解した時、午前中聞いたハインリヒの言葉がアンナの脳裡に蘇って響いた。
『――戦いの際は、外見に惑わされず常識を捨てることだ』
なるほど、首無騎士は死霊系の魔物で実体は無い。つまりその全身鎧は人間と同じような関節の動きをするわけではない。
――まったくハイン、言葉足らずなんだから。それならそうと言ってくれればいいのにね。
まぁ、そういうところも好きなんだけど。そんな風に考え、意識だけでふっと笑ったところで時間の流れが急速に戻り、アンナの意識は途切れた。




