首無騎士(デュラハン) その①
数時間前――
桜花騎士団のメンバー、ハインリヒとアンナ、エルガーの三人は、いつものように宿屋一階の酒場兼食堂で朝食を摂っていた。
正午前には「悪魔教会」に突入する予定だが、彼らは朝のルーティーンを欠かさなかった。ただし、依頼の直前には各自摂る食事の量が変わる。
*
「なァ、今日倒す予定の首無騎士ッてェのは、いったいどんな魔物なンだ?」
皿に顔を伏せ、意地汚い仕草で食べていたエルガーが顔を起こし、咀嚼しながら器用にしゃべった。いつもは二人前を平らげる暗黒神官も、討伐依頼の前はさすがに一人前だけ注文する。
「なにエルガー、あんたそんなことも知らないの?」
長い脚を組んで爪にやすりをかけていたアンナが、仲間の無知を嬉しそうに指摘し、指先にふっと息を吹いた。テーブルの上にはカフェオレのカップだけが置かれている。コーヒーは南方の貴重な作物で、一説には異世界人が持ち込んだとも噂される。高価だが、アンナは依頼前など「気合を入れたい時」にしばしば飲む。
「しょうがねェだろ、知らねェンだから。今まで戦ったことも無ェしな」
「はー。じゃあこの親切で美しいアンナ様が、哀れなエルガー君に教えてあげるね」
「大将、首無騎士てのはどんな魔物だ?」
「おい、あからさまに無視するなね」
二人のやり取りを、腕組みをして目をつぶって聞いていたハインリヒは、少し苦笑した。テーブルにはミルクティーの入ったカップが置かれていたが、ほとんど手をつけられていない。
「アンナ、エルガーに説明してやれ」
「ふふん」
「ちっ」
ハインリヒに言われて得意げになるアンナと、不満そうにするエルガー。ちなみにエルガーの「ちっ」は舌打ちではなく、そんな風に発声している。
「では……こほん。首無騎士というのは高位亡者の魔物で、Aランクに分類されるね。文字通り、首を失った騎士の姿をしている。全身鎧に身を包み、同じように首無しの馬にまたがって生者を狩る、恐ろしい魔物と言われているね」
「まるで子供向けの魔物図鑑から引っ張ッてきたような説明だな」
「黙るね。……そんなわけで、首無騎士は昔の騎士が、ひぼうの……ひがんの……なんだっけ」
「非業の死だ」
「そうそう、それね」
助け舟を出すハインリヒに、アンナは嬉しそうに両手を合わせた。エルガーは口から麺をはみ出させたまま、もぐもぐと咀嚼しつつ聞いている。
「非業の死を遂げた昔の騎士が、その恨みの力で魔物化して墓から蘇ったものと聞いてるよ」
「ふぅん、なるほどな」
エルガーは自分のカップから水を飲み、食べ物を胃に流し込む。
「いい説明だった、アンナ。見事だ」
「えへへ」
ハインリヒに褒められてくねるアンナを、エルガーは他人の家の植え込みの樹でも眺めるような表情で見た。
「だけど、チョット疑問があるンだよな」
「何ね」
「首無騎士の討伐依頼は、たしかに珍しいが激レアってほどじゃあない。誰それが首無騎士を倒したとか、そんな話はたまに耳にする。ドラゴンほどじゃねェが、吸血鬼よりかチョットレアッてくらいだ。だろ?」
「それがどうしたね。首無騎士はレアな魔物。そういうことね」
「非業の死を遂げた騎士が魔物と化したものが首無騎士になる。その理屈は理解る。なぁ、そもそも非業の死を遂げた騎士が、そんなに聞かないとはいえ吸血鬼程度には噂を耳にするほど生えてくるッてのは、いったいどういうことだ?」
「……? どういう意味ね?」
エルガーは皿に残った麺の一本を、足元にじゃれついてきた子犬にあげてやりながら言う。
「つまりこうだ。『かつて非業の死を遂げた騎士』と『いま我々冒険者が討伐してる首無騎士』を比べたら、首無騎士のほうが多いんじゃねェか、ッてことだ。なにしろ首無騎士の依頼は、たしかにレアだがそこそこある。冒険者にそこそこ倒され続けてきた首無騎士が『非業の死を遂げた騎士』だとしたら、昔、斬首を受けて処刑された騎士がそんなにいたのか、ッて話になるだろ?」
「……なるほど、その発想は無かったね」
アンナは顎に手を当てて考える。
「さすがエルガー、意地悪なだけあって細かいところに気がつくね」
「意地悪は関係ねェだろ。それにだ、首無騎士は全身鎧に身を包んだ首無しの騎士なンだろ? それもおかしい。墓から蘇った死体なら、全身鎧なんてどこで調達する? 鎧のまま埋葬したのか? 全身鎧をつけたまま斬首に処される罪人なんて聞いたことも無ェぜ」
「……たしかにそうね。考えてみればおかしいね」
「だろ? それともなにか、斬首の刑を受けた昔の騎士が、昔の金貨を持って鍛冶屋に現れて注文したりするのか?」
「ぷっ」
エルガーの冗談に、アンナが吹き出した。身を折ってくくく、と笑うアンナを眺めて、ハインリヒは苦笑を浮かべ、エルガーの疑問に答える。
「それはもっともな疑問だな。『処刑された昔の騎士が蘇った』という説明は、首無騎士という魔物について説明するには不十分だ。一般に流布しているその説は、それこそ魔物図鑑や、あるいは冒険譚の中で語られるような解釈にすぎない。実際に戦ったことのある冒険者の間では、首無騎士はまったく違ったものとして認識されている」
「まったく違ったもの?」
「どういう意味ね? ハイン」
「……首無騎士はただの首無しの騎士が蘇った屍人などではない。魔界の住人に近く、実体のない死霊系の魔物と言ったほうがいい。戦いの際は、外見に惑わされず常識を捨てることだ」
ハインリヒは、すっかり冷めてしまったミルクティーを、体をのけぞらせて一気に飲み干した。
*
「……ところで、あの野郎はどうしたんだ?」
「なんでも、戦いの前は一人で食事を摂るルーティーンとか。『僕のことはお気になさらず、皆さんでお食事をお楽しみください。あ、だからといって忘れてもらっては困りますよ』って言ってたね」
この場にいない第四のメンバー、魔銃士バルトのものまねをするアンナ。
「一人で食事か。意外と奴も繊細なのかも知れねェな」
「そうだなエルガー、戦いの前は、誰だって神経質になる。平気な風に見せている者ほど、内心は不安かもしれない」
「どうだろうね。別にチーム全員仲良くしましょうなんて言わないけど、ちょっとは親しげにしてくれても元手はかからないんじゃないかって思うね」
アンナは遠回しな嫌味を言い、カフェオレを飲む。その背後から、
「お待たせいたしました」
当のバルトの声が響き、アンナはカフェオレを噴き出した。
「……どうかしましたか?」
「な、何でも、ないね!」
盛大にむせるアンナを見やり、落ち着くのを待ってから、ハインリヒは立ち上がった。
「時間だ。我々はこれから『悪魔教会』へと向かう」




