悪魔教会 その②
「悪魔教会」の正面、両開きの門に剣をかざし、ハインリヒが《開錠》を唱える。
仰々しい音を響かせつつ門が両開きになり、亡者の発する独特の忌々しい瘴気があふれ出す。冷たい瘴気が足元を浸して流れ出ていく。
わかっていたこととはいえ、アンナは少し怖気を震った。
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「キキッ!」
蝙蝠のような声が上から聞こえた。見ると、小さな眼蝙蝠が数匹、教会の門の入り口あたりを飛びまわり、めいめい思い思いの方向へ飛び去っていく。毛むくじゃらの体に大きな眼球一つと、一対の蝙蝠の羽を持つ、文字通り蝙蝠に似た魔物だ。
ハインリヒは剣を振るい、軽い《火炎》で入り口近くの空間を打ち払う。《火炎》は教会の床や壁、調度品などに触れた瞬間、赤い魔力の火花に変わって散る。魔物のみを焼き滅ぼすように設定されたもので、その程度のことはBランク以上に魔道士なら誰でも出来る。
教会に一歩踏み出し、ハインリヒは左右を確認する。アンナとエルガーが、それぞれ左右に散り、警戒態勢を取りながら壁際を歩く。後ろでバルトが魔銃の撃鉄を起こす「カチリ」という音が聞こえる。バルトはハインリヒを射線上から外すように斜め後ろに陣取った。
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バルトの用いる魔銃《七発六中》はフリントロック式の魔法銃だ。あらかじめ用意した「魔弾」を銃口から込め、引き金を引くことにより火打石ならぬ「魔石」を取り付けた撃鉄が火花を起こし、銃身内の「魔弾」内に仕組まれた魔導書に作用して魔法が発動する。
つまり、魔銃は普通の銃とは違い、あくまで魔法を発動するための魔道具であり、真っすぐに飛ぶ弾丸が発射されるわけではない。「魔弾」内の魔導書は、攻撃魔法であっても「あらかじめ味方への作用を避ける」動作が追記されていることがほとんどだ。そのため魔銃を用いる「銃士」はむしろ味方の背中の真後ろに陣取り、盾役の前衛の影から「魔弾」を撃つことが習い性となっている。
(とはいえ、この人たちは「銃士」の戦い方や「魔弾」の作用の仕方については無知であるはず。ここは無用な誤解を避けるためにも、わかりやすく味方を射線上から避けることにしましょう)
バルトは細い目をさらに細め、「悪魔教会」の中を見やった。
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「――《光源》」
ハインリヒが唱えると、光の玉が教会内部、広い空間に昇っていき、天井付近で炸裂、光源となって辺りを照らす。火属性基本魔法《光源》。《照明》と違って広い範囲を照らす魔法だが、光量が多く、いったん設置した後は融通が利かないため、使いどころは限られる。
光に照らされた教会のそこかしこから亡者のうめき声が聞こえ、屍人たちが立ち上がる。外に喚び寄せられていたスケルトンたちと違い、肉の残った比較的新鮮な死体が教会内には配置されているようだ。数は二十体~三十体ほどか。
「来やがったな」
エルガーが、自分に襲い掛かる屍人を、黒き魔法斧《乾坤一擲》で吹き飛ばす。屍人は上半身を吹き飛ばされ、よろよろと歩く下半身をエルガーが蹴り飛ばす。
アンナは口の中で《浄火》を唱え、手甲に魔力を付与。「呀!」の声とともに屍人の顔面に拳を叩き込む。屍人はのけぞり、頭から浄化されていく。
「《火球》」
ハインリヒは印を組んだ左手を前に出す。輪郭が赤く光り、四つの火の玉が正面の屍人どもに襲い掛かる。火球は過たず屍人に命中、魔法の火は教会に延焼することなく亡者のみを焼き尽くしていく。
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(ほう……)
遅れて教会内に立ち入ったバルトは、内心で感嘆の声を上げた。
(やりますね。さすがAランクパーティー・桜花騎士団といったところでしょうか。ただの派手好きな勇者気取りの冒険者の集まりではない。しっかりと実力はあるわけですね)
バルトは細い目をわずかに開けた。そして懐から「魔弾」を取り出し、魔銃《七発六中》に込める。唇の端がわずかに歪み、見慣れた者にだけ辛うじて判別可能な笑みを浮かべる。
(とはいえ、このままでは私の出番がありません。ここは派手にやらせてもらいましょう)
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「ちいッ! ここまでゴチャゴチャとモノが多い場所じゃあ、俺の《乾坤一擲》は投げられねェ!」
エルガーがそう叫んだ時、ダンッ!! と魔銃の炸裂する音が聞こえた。
エルガーとアンナは、入り口付近の魔銃士バルトを見やる。バルトの持つ魔銃の銃口から、魔力の煙が立ち上っている。
次の瞬間、赤橙色の炎が教会内、屍人どもの頭上から降り注いだ。
「うおっ!!」
エルガーは思わず飛びすさる。だが炎は教会の調度品を焼かず、エルガーやアンナ、ハインリヒは熱さすら感じさせることもなく、屍人のみを燃やし尽くす。屍人どもは苦悶にうめき、言葉にならぬ声をあげ、地獄の業火の中で踊るように暴れ狂う。
「まずは魔弾《業火》。そして――」
バルトは懐から素早く次の魔弾を取り出し、流れるような動きで銃口に込め、撃鉄を起こす。
「滅びなさい。魔弾《浄火》」
撃ち放たれた魔弾は先の《業火》に重なる弾道。屍人どもを焼く業火が白く光り、哀れな亡者は浄化され、跡形もなく消滅していく。
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「やるじゃねェか」
エルガーが、歩み寄るバルトに称賛の声をかける。
「ほんとね。いけすかないだけの男かと思っていたけど、実力はあるみたいね」
アンナも唇だけで笑みを作りながら同意する。
「お褒めの言葉、恐悦至極に存じます」
バルトは右手に魔銃を持ったまま、左手で胸に手を当てて一礼する。
「見事だバルト、想像以上の働きだ。だが、まだ終わっちゃいない」
ハインリヒは教会の奥を見据えたまま言う。
「もちろん、わかってるね」
「こッからが本番ッてわけよ」
アンナは拳を上げて半身となり、エルガーは自慢の魔法斧《乾坤一擲》を構える。
バルトは懐に手を入れ、魔弾を二、三発、指で探る。
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教会の奥、祭壇の影から、ゆらりと影が立ちあがる。亡者特有の禍々しく、忌々しい瘴気を立ち上らせたシルエットは、奇妙なことに頭に当たる部分に何もなかった。
首無騎士。亡者の中でも高位に属し、その強さは個体差もあるが、一番弱い個体でもAランク冒険者のソロ討伐が辛うじて五分五分という強敵――
「――来るぞ!!」
ハインリヒが叫ぶ。同時に首無騎士は事前の動作なしに宙に跳び、教会の広い空間のなか空中で一回転し、祭壇からの長い距離をショートカット、轟音を響かせて四人の前に降り立った。




