悪魔教会 その①
スケルトンの群れを、黒い暴風が蹴散らす。
魔力を込めて投げ放たれた魔法斧《乾坤一擲》が回転しながら宙を切り裂き、錆びかけた剣と朽ちかけた盾で武装した亡者の群れを横薙ぎに一閃する。死者の妄執と歪な魔術により仮初の命を与えられた亡者どもは依代となる骨を文字通り粉々に砕かれ、次々に土へと還っていく。
黒鋼で出来た魔法斧がブーメランのように戻ってくる。それを左手の籠手でキャッチし、冒険者パーティー・桜花騎士団の暗黒神官にして前衛の斧戦士エルガー・シルブラッハはニヤリと笑う。
「へッ、一丁あがりっと」
その両脇で、リーダーである『天才』ハインリヒ・グラーベンと、大陸で唯一の格闘魔道士アンナ・フューゲルが、エルガーが撃ち漏らしたスケルトンどもを次々と片付けている。
桜花騎士団が受けたのは、首無騎士の討伐依頼だった。
現在の首都から少し離れた、打ち捨てられた旧都の郊外にある廃ダンジョン「悪魔教会」。郊外に住む者たちの中に今でも存在するという悪魔教の信者たちが集会を行うこともあるという。その場所に、高位亡者である首無騎士が何の目的か棲みついた。
近隣の住民に被害が及ぶ前にこれを討伐せよ、とのこと。どこが出資しているのか、報酬は難易度の割には高めだった。
その「暗黒教会」前。首無騎士の魔力により墓の下から蘇らされたであろう骨だけの亡者たちと、桜花騎士団の四人は戦っていた。
「さすがねエルガー、雑魚散らしをさせたら右に出る者はいないね」
東方訛りの残る共通語で喋りながら、「哈ッ!」という気合とともにスケルトンに裏拳を叩きこむアンナ。付与魔法のかけられた手甲による一撃を頭蓋骨に喰らい、哀れな亡者はカタカタと顎を鳴らしながら頭から浄化されていく。
「おいおい、俺が得意なのは雑魚散らしだけじゃあないンだぜ。その気になりゃあ首無騎士だろうが吸血鬼だろうが、この伝説の古代神器《乾坤一擲》で一撃よ」
「その通りだエルガー、お前の力は俺がよく知っている」
そう言いながら、ハインリヒは自分に突っかかってきたスケルトンの胸骨を突く。魔力の込められた一撃により、骨だけの亡者は瞬時に炎に包まれ浄化されていく。
「俺の次に、我が桜花騎士団で火力があるのはお前だ。俺が対象を仕留めきれなかった時はお前がとどめを刺すことになっているからな」
「わかってるじゃねェか。嬉しいねェ大将」
「はッ、言うじゃない。あたしも火力では負けてないね。このパーティーで二番手はあたしなんだから。エルガーなんかにはやらせないよ!」
得意そうにするエルガーに、アンナが拳を突き出して威嚇する。エルガーはそれを受けてニヤニヤ笑う。ハインリヒはほんのわずかに苦笑してアンナに言う。
「もっともだ、アンナ。このパーティーでは俺に続いてお前が二番手であることは間違いない。エルガーのパワーとお前のスピードがあってこそ、我々は最速で敵を殲滅できる、信用してるぞ」
「あら、ハインったら。わかってるじゃない」
アンナは頬を染め、くねくねと身をくねらせる。エルガーは思わずそっぽを向き、笑いをこらえる。
ダンッ、と音がして、三人の後ろで立ち上がりかけていた残りのスケルトンが爆ぜる。頭部を失い、炎に包まれ、膝をついて祈りのような姿勢で浄化されていく亡者。
「お三方、気を抜くのはよろしくないですね。まだ亡者どもは残っていますよ」
三人が見ると、桜花騎士団第四のメンバー、バルトロメーウス・ユーベルハウフェン――通称『魔弾』のバルトが魔銃を構えていた。銃口からは微かに魔力の煙が立ちのぼっている。
痩身長躯の銃士バルトは、刷毛で引いたように細い目を笑みの形に歪め――もっとも、それが「笑み」であることを判別できるようになるまで桜花騎士団の三人は一週間ほどかかったが――口元もやはり笑みと判別できる形にわずかに上げて、おだやかな口調で言った。
「僕も忘れてもらっては困りますね。お三方に比べれば地味ですが、この魔銃《七発六中》はエルガーさんの《乾坤一擲》やアンナさんの《魔法拳》にも勝るとも劣らぬと自負しておりますから」
銀髪おかっぱ頭の長身の男は胡散臭い声で言った。慇懃な口調だったが、そこに含まれているものの性質がわからず、エルガーは「ケッ」と下を向き、アンナは無表情でそっぽを向く。
ハインリヒは苦笑し、バルトにも同じように言う。
「……ああ、期待しているぞバルト。お前の魔銃《七発六中》は我々にとって未知数だが、俺としては相談役の見る目の確かさは信頼している。今回の依頼は、我々がお前の実力を見極める意味もある。頑張ることだ」
「光栄です」
バルトは胸に手をかざして一礼してみせた。
――どこまでもムカつくヤツだ。基本、後ろで見てるだけの癖してハインリヒに取り入りやがって。
――ほんとね、いっそあたしが直接実力を見極めたいくらいね。
エルガーとアンナは《念話》の専用回線で愚痴り合った。ハインリヒは基本的に冗談が通じず、消極的な言葉や文句や愚痴を好まない。そんな彼に遠慮して、パーティー内で何でも言い合うために魔力の通り道を通しておいたものだ。
以前の「愚痴回線」では、おもな会話の議題は元メンバー、コルネリウス・イネンフルスについてだった。その時は、依頼時にいまいち働いているかどうかわからないコウの動きに対する批判や、彼のお人好しな言動、私服のセンスなどだった。
善人であるコウに対しては、エルガーとアンナもさすがに強く罵倒することはできず、半ば冗談交じりの揶揄にとどまっていたが、新メンバーであるバルトに対しては、その胡散臭さや最悪な第一印象、魔銃という奇妙な武器、やる気があるかどうかわからない態度などに対して辛辣になった。
――コウの旦那のほうがまだマシだったぜ。奴は気に入るか入らねェかはともかく、実力はあった。正面から本気でぶつかったら俺だってどうなるかわからなかったからな。
――ホントね。この糸目キノコ頭があたしらと闘って勝てるイメージが湧かないね。こいつがしょんぼり萎んでプルプルと震える姿を見てみたいよ。
「ぷっ」
アンナの《念話》に、エルガーが思わず吹き出した。ハインリヒは二人を見て、分かっているのかどうなのか怪訝な顔をする。
「どうした、何か可笑しいことでもあったか」
「別に、何でもねェよ大将」
そんなこんなをしているうちに、「悪魔教会」前の亡者はあらかた片付いた。ハインリヒの剣とバルトの魔銃にとって、数の優位を失ったスケルトンなどと比べたら訓練用の木人形のほうが手ごわい相手だった。
いくつかの骨の破片と土に還った残りが風に吹かれて消えていく。
四人は集まり、依頼の対象である廃ダンジョン「悪魔教会」を見上げた。ところどころが朽ちかけ風化し、塗料の剥がれた外観は、それでなくても不気味な雰囲気を漂わせている。今は加えて、建物の中から高位亡者が放つ独特の忌々しい魔力が漂ってくるのが感じられる。
「――行くぞ」
ハインリヒが号令を出し、桜花騎士団の四人は「悪魔教会」へ足を踏み出した。




