裁決と、ダイノスの回想
夜も更けているにもかかわらず、村の家々には灯りが点りはじめていた。闘いの音が人々の目を覚ましたのだろう。村長と村の若者数人が、冒険者たちを遠巻きに囲んでいる。
*
「あー、いい話になりそうなところ申し訳ないが、ギルドマスターとして裁決を下したいんだけど、いいかな?」
アイリスが人差し指を挙げて発言した。先ほどまでの厳しい雰囲気が抜けて、いつものへらっとした感じが戻ってきている。
「そうだった。決闘は俺の敗けだな。規定に違反する手段での攻撃を行ったことは言い逃れができない」
「そんな、」
ダイノスの申し出に、グノンが声をあげる。ダイノスは仲間の抗議を片手で制止した。そこにコウが発言する。
「それを言ったら、僕も同時に違反をしている。魔力の通り道が通じているのをいいことに、決闘中に対戦相手本体へ直接魔法をかけたわけだからね」
コウの思わぬ言葉に、ダイノスは目を瞠った。
「《反射》のことを言っているのか? それならば『緊急避難』だろう。あのまま蹴りを受ければ、貴殿は無事では済まなかった。そうではないか?」
「規定は規定だよ。なあ、アイリス? ここはそういうことで引き分けとしてくれないか?」
「……わかった」
話を聞いていたアイリスは、両者の言い分にうなずき、威厳のある声に戻って宣言する。
「ダイノス・リンドブルムとコルネリウス・イネンフルスの決闘は、ギルド憲章と決闘規定に従って、ギルドマスター・アイリス・ツヴァイテンバウムの解釈と判断により、両者ともに違反行為を行ったかどでこれを引き分けとする」
おおお、と周囲の村人たちが湧く。事情はわからないだろうが、お祭り好きの村民たちのこと、冒険者たちの雰囲気に何かを感じ取ったのかもしれない。
「その他の裁決は後日、このアイリス・ツヴァイテンバウムがあらためて言い渡す。それでいいな」
「異存なし」
「我々野獣もそれに従う」
アイリスの言葉に、コウとダイノス、そして野獣のグノンとジェンナ、カンナの三人も、胸の冒険者タグの上に手を当てる。
物見高い村人たちから歓声があがった。それに苦笑し、アイリスは宣言する。
「よし、では明日も早い。今夜はこれにて解散とする。各自、帰って明日に備えよ!」
*
「それにしても、貴殿が《蜃気楼》を使えるとはな」
家路に就くコウに、ダイノスが話しかけた。
野獣の三人は、すでに宿に引き上げている。ダイノスは「用事がある」と言って三人と一緒には帰らなかったのだ。
リサは「お料理を温めておきます」と言って、飛ぶように家に帰った。その後を追って、アイリスも当然の権利のようについて行った。
中空に浮かぶ半月の下、闘い終えた男二人がゆっくりと歩く。
「僕は古い魔法を割と知ってるんだ。田舎の出なんでね、最新の魔導書があんまり入ってこなかったせいだと思う」
「そうか。てっきり俺がかつて《蜃気楼》で決闘に敗れたことを知っていたのかと思ったぞ」
「僕の他に《蜃気楼》なんかを決闘に使う奴がいたのか?」
「ああ。俺は決闘にはまず敗けないんだがな、あまりにもしてやられたので、よく覚えている」
*
相手はかなり小柄な男だった。ある冒険者パーティーのリーダーだというが、とても真剣に冒険者をやっている風には見えなかった。華美な鎧に外套、きらびやかな輪兜は冒険譚の中の「勇者」の仮装か、どこかの貴族の次男坊が道楽で冒険者をやっている。そんな雰囲気をしていた。
俺は奴を完全に舐めていた。リーチの短い武器による早い攻撃には対処できる。小人族のスピードや猿人族のトリッキーな動きにも後れを取ったことはない。
ある冒険者ギルドで、俺はその男と依頼の取り合いとなった。依頼書を持って受付に行くと、後ろからその男が声を掛けてきた。男は一人で依頼を受けに来たらしく、他のメンバーの姿は見えなかった。ああ、ついでに言えば俺もその時は一人で冒険者ギルドに来ていた。そもそも、街の中でまで集団行動するパーティーも珍しいがな。
男は俺の持っていた依頼書を指さした。曰く「先に目をつけていたのは我々のほうだ」「そのことは受付にも話をしてある」とのこと。
だが、その程度で依頼をあきらめていては話にならない。だったら、目をつけたその日のうちに依頼を受けちまえば良かったって話だ。そうだろう?
当然、俺はその男に「こちらとしても引けない」と言った。その依頼がかなり実入りの良いものだったこともある。依頼の難易度の割には報酬が高かった。派手に遊ばなければ、都会でもパーティー全員が2~3週間は暮らせるくらいのな。だが男は、こちらの恫喝に対しても一歩も引かず、にこりともしなければ不機嫌にもならず、まるで大木でも押しているかのようにびくともしなかった。
――こいつは見た目以上にやっかいかもしれない。
俺はそう思ったよ。だが、相手が誰であれやることは変わらない。口で言って駄目なら、実力で決着をつけるだけだ。
今回と同じように、俺は《複製》を用いての決闘を申し出た。男は承諾した。そして、冒険者ギルドの裏手で決闘を行った。
闘いは予想以上に長引いた。奴の、リーチの短い片手剣の一撃は、予想以上に重たかった。おおかた《倍撃》の魔法も使ってはいただろうが、それにしても俺は押されていた。貴殿とはまた違った戦闘スタイルでな。小柄な割にトリッキーな動きをせず、真正面から力押しで来るタイプだった。そのくせ打撃を受け流すことや躱すことも上手く、俺の戦鎚は空を切るばかり。俺は次第に追い詰められた。
戦線が膠着した時、奴が使ったのが《蜃気楼》だった。赤い魔力が奴の輪郭を光らせ、奴の姿が二人になり、一瞬の差を置いて飛び掛かってきた最初の幻影を俺は反射的に砕いた。そして、後から来た本体による、逆手に持った剣の一撃で俺は敗北した。
*
月明かりの下、コウはいつの間にか立ち止まっていた。ダイノスも数歩あるいて、やはり立ち止まる。
「……その男の名前は憶えているのか?」
コウが訊ねる。
「ああ、もちろん覚えているとも」
ダイノスは振り向きもせずに答えた。わずかに夜空を見上げる。
「あの後、奴とそのパーティーのことを調べたよ。奴の名はハインリヒ・グラーベン。『天才』と呼ばれ、称賛と嫉妬の的になる魔道士。いずれはSランク冒険者になるとも、それどころか勇者の再来とも言われている」
ダイノスはくるりと振り向いた。コウは身じろぎもせず、その視線を受け止める。
「奴のパーティーの名は桜花騎士団。『永遠と下る迷宮』を踏破し、王宮主催のダンジョン攻略大会でも優勝を果たしたこともある」
その太い指でコウを指さし、ダイノスは言った。
「そして貴殿もかつて所属していた。そうだな? 『魔眼』のコルネリウス」




