決着
「ダイノス・リンドブルム!!」
アイリスは戦闘態勢で短杖をダイノスに向け、厳しい声で咎めた。
ダイノスは両手を開いて頭の両側に挙げる。闇魔法で錬成された影の戦鎚が地に落ちて砕け散り、黒い魔力の破片と化し、消えていく。
「……決闘規定は理解っているはずだな?」
アイリスの声には普段のゆるんだ雰囲気など微塵も無く、口調はあくまで鋭かった。氷のような冷たい響きと、刃のような眼光。
ダイノスは身じろぎもせず立ち尽くし、両手を挙げてまっすぐにアイリスを見ている。
「……悪かった。反射的に脚が出てしまったのだ」
「決闘に慣れているはずのお前がギルドの規定を忘れて、違反となる攻撃をうっかり行ってしまったと?」
アイリスの短杖の先は、まっすぐにダイノスを捉えていた。気がつけば、音も遠ざかるような殺気が周囲の空間を完全に支配している。野獣のメンバー三人とリサは怖気を震った。
「……その通りだ。あの時、俺は勝利を確信した。だが二人目も分身で、まさか三人目のコウ・イネンフルスが出てくるとは思わなんだ。俺は驚き、これが規定のある決闘であることを一瞬忘れた。気がついたら奴を蹴り飛ばしていた。それが全てだ」
「その言葉を信じろと?」
「信じぬのなら《自白》の魔法でも使ってくれて構わない。ギルドマスターなら出来るだろう?」
ダイノスは両手を挙げて立ち尽くしたまま目を閉じた。数瞬、それを見ていたアイリスだが、
「グノン・アッファーフルス!」
「は、はいッ!」
短杖の先と視線をダイノスに向けたまま、グノンの名を鋭い声で呼ぶ。
「コルネリウス・イネンフルスの様子を見に行き、救助しろ。屋敷の屋根の上に飛ばされたようだが、お前の脚なら届くはずだ。できるな?」
「はい、只今、」
「それには及ばないよ」
その声と同時に、着地する音が聞こえた。ダイノスと対峙するアイリスの近くに、コウが立っていた。
*
「旦那様ッ!」
リサが駆け寄る。コウの冒険者服の前面、胸から腹にかけての部分が切り取られたように円形にえぐり取られている。大きな穴が開き、縁の部分は焼け焦げたように黒くなっており、皮膚が覗いていた。リサがそれを見て息を呑む。
「大丈夫、服がえぐれて、吹き飛んだだけだ。ダメージは無いよ」
「……コルネリウス。無事だったか」
「ああ、この通り無事だ、アイリス」
アイリスは横目でコウの姿を確認する。そして戦闘態勢を解き、普通の立ち方に戻る。ダイノスはそれを見て両手を降ろしたが、アイリスはすぐに短杖を向け直す。ダイノスはまた両手を挙げた。
「……その服は」
「神聖系補助魔法《反射》同士がぶつかったことで爆発を起こしたんだ。ダメージはない」
「どういうことだ」
ダイノスが問う。コウは巨体のオークを見上げ、アイリスに言った。
「アイリス、もういいよ、警戒を解いてくれ」
「だが」
「いいんだ、あの攻撃に他意はないことは僕も知っているし、この男はギルド規定に違反したことを認め、どんな処分も受け入れようとしている」
「…………」
「それに、ダイノスは蹴りを放った時、オーク語で『しまった』と言った。自分の母語で口走ったくらいだ。なおさら意図的なものとは考えにくい」
コウのその言葉に、ダイノスが驚いた。
「オーク語がわかるのか!?」
「聞き取りくらいだけどね。話せまではしないよ」
「……わかった。そこまで言うなら警戒を解こう」
アイリスが短杖を降ろし、ダイノスは安堵のため息をついて両手を降ろす。それを見て、野獣のメンバー三人がダイノスに駆け寄る。
*
コウはダイノスと野獣の三人のほうを向いて説明をする。
「……君が蹴りを放った時、とっさに君と僕の双方に《反射》を張った。《反射》の障壁同士がぶつかった場合、魔力は爆発して障壁は砕け散る」
「そして爆発のエネルギーで跳ね飛ばされた。そういうわけか」
「そう。正確には《反射》の魔力爆発で僕の体は押し出される形となった。僕のほうが体重が軽いし、空中にいたからね」
「だが……そんなことが可能なのか? あの一瞬のあいだに、俺と貴殿の双方に《反射》を貼ったと?」
「可能もなにも、げんに僕はこうしてぴんぴんしてるだろ?」
コウは両手を開いて、腕を拡げた。
「それはそうだが……」
「必要なのは《反射》の鏡面同士が接触して爆発を起こすことだけだ。つまり術式の正確性や練度、障壁の厚さは問題でない。《反射》を貼るだけで良いわけだからね。実のところ、それほど難しいわけじゃない」
「……理屈はわかるし、貴殿の姿を見てもそれが事実であることは認めるしかない。しかし、信じられんな」
「何がだ?」
「貴殿が《反射》を一瞬の間に我々二人に対してピンポイントで展開したことも驚嘆に値するが、それ以前に二人目の分身を瞬時に生成したこともだ。あれもほぼ無詠唱で分身を追加生成したということだろう」
「そういうのは、ただ得意なだけだ」
「得意」
思わずオウム返しに言うダイノス。
「そう。ただそれだけのことさ。僕には冒険者としてこれといって傑出したところが無くてね。前のパーティーでも二番手以降に回っていた。僕の出来ることといえば、他のメンバーが隙を突かれた際の補助と援護。それに、今の《反射》の鏡面の接触特性とか、そんなものを利用したニッチな戦い方だけだ」
「いや、見事な戦いだった」
ダイノスは称賛し、すぐに言葉を付け加えた。
「おっと、これはオーク的称賛ではないぞ。本心からの言葉であることをこの牙にかけて誓おう」
「それは嬉しいね」
コウは薄く笑った。闘いの疲れからか、それとも過去の日々を思い出したせいか、その表情には少し陰りが見えるようだった。




