決闘 その③
決闘場には二人のコウの姿があった。
姿形はまったく見分けがつかず、手に持った影の剣までも同じ。
*
「なっ、なんだぁ、ありゃあ!?」
グノンが叫ぶ。
「あれは……火属性一時付与魔法《蜃気楼》!!」
ハーフエルフのカンナが、目を瞠り、驚きの声をあげた。
「《蜃気楼》!? どんな魔法だ!?」
「あたしも聞いたことがある。かつて戦場で敵を攪乱するために用いられていた、一時的に分身を生み出す魔法。分身は長くは保たないけど、一見して区別がつかない」
グノンの問いにジェンナが答える。
「今はほとんど忘れられている魔法のはずだけど、まさか使用者がいたとはね」
「でも、あんなのルール違反じゃねぇか!?」
「今回の決闘は、闇魔法で錬成した武器による攻撃と、相手本体への直接的な魔法は認められていない。自分に魔法を付与するのは規定違反じゃないんだよ」
「しかし……分身の武器で攻撃するのは違反じゃねぇのか?」
「だいぶグレーゾーンだね。決闘で指定された武器を複製した場合については、多分ギルドの規定に無いんじゃないかな」
ジェンナの言葉に続けて、カンナが補足する。
「それにあの分身は多分《複製》した武器と同じく、『練度』を高く、その他の変数を低く設定してる。触れれば砕ける分身だから攻撃には当たらない。そういう理屈なのかもしれないわ」
カンナは立会人であるアイリスをちらりと見た。アイリスは腕組みを外し、やや前のめりになって試合を見守っている。
*
(《蜃気楼》か。驚いたな、そんなことができるとは……)
唇の端に微かな笑みを浮かべ、ダイノスは二人に増えたコウの出方を窺っていた。
(だが残念だな。俺はすでにその技を見ている)
ダイノスは、かつて行った決闘のことを思い出していた。
ある冒険者ギルドで、他のパーティーと依頼の取り合いとなった時のことだ。
相手パーティーのリーダーと実力で勝負をつけることとなり、ダイノスは決闘を申し入れた。
ルールは今回と同じ。試合は膠着したが、その男は闇魔法で錬成した武器ごと《蜃気楼》で分身し、ダイノスは決闘に敗れた。
(貴殿はそのことを噂で聞いたのだろう。そして興味を抱いて《蜃気楼》を覚えた。おおかたそんなところじゃないか? なにしろ《蜃気楼》などという古い術式など、知っている者のほうが珍しいからな。だが、その噂の当事者が俺だったことが不運だったな)
冒険者の間では、噂はアッという間に拡がる。《蜃気楼》による劇的な決着は、噂になっていてもおかしくない。
《蜃気楼》は今や誰も使わないような古びた魔法だ。魔力効率も悪く、忘れられた魔法ゆえ術式が最適化されてもいない。誰も「わざわざ分身を作って攻撃に用いる」などといったような回りくどいことはしない。古い冒険譚に登場することもあるが、それこそ伝説の魔法であり、今ではそれこそ決闘くらいにしか使いどころがない。
ちなみにその時、ダイノスは、決闘に敗れたことや《蜃気楼》を使われたことは、野獣のメンバーには言わなかった。ちっぽけなプライドであり、そのことはダイノスも自覚していた。敗れた相手が人間族にしても小柄な戦士だったこともある。
要するにダイノスは相手を舐めたわけだった。
戦鎚を斜めに構え、ダイノスは唇を舐め、コウの攻撃に備えた。
(あの時は敗れたが、手品の種は知っている。今度は敗れぬ。侮りもせぬ。付け焼き刃の魔法に頼ったことを後悔させてやるわ)
次の瞬間。二人のコウのうちの一人がダイノスに飛び掛かった。
*
二人のコウの片方がダイノスに飛び掛かり、一瞬の差をつけてもう片方も飛び掛かった。
ダイノスは動かなかった。最初の一人の攻撃を身じろぎもせず受ける。
影の剣がダイノスの頭に振り下ろされ、一人目のコウの姿が赤い魔力の欠片となって粉々に砕け散った。結界の外で、野獣のメンバーとリサの声があがる。
――勝機!!
ダイノスは戦鎚を横薙ぎに振るい、二人目のコウに狙いを過たずぶち当てに行く。以前の決闘では、時間差で行われた分身による攻撃に対し、ダイノスは一人目を攻撃した。その結果、分身の影に隠れた本体の攻撃を受けて敗れたのだ。
このルールで《蜃気楼》を用いるなら、分身を一人目、本体を二人目にするしかない。とくに初見の相手に対してはそうだ。分身の可能性をわかっていたとしても、避けずに本体で受けられる冒険者などまずいない。
なにより、危険を避ける冒険者としての本能が、頭部や胸部への危険な一打を受けることを許さない。
だが手品の種を知っている場合は話が別だ。
ダイノスの戦鎚の一撃がコウの脇腹に突き刺さる。瞬間、分身の姿が赤い魔力の欠片となって砕け散る。
――何ッ!?
魔力の欠片が散らばる中、三人目のコウ、すなわち本体が現れ、ダイノスの頭部に影の剣を振り下ろした。
――最初の分身を飛び掛からせた一瞬の間に、もう一体を生成したのか!
そのトリックに気づくと同時に、ダイノスは反射的に身を反らせ、無意識のうちに蹴りを放った。屈強なオークの戦士の、鍛え上げられた丸太のような脚から繰り出される前蹴り。金具で補強された冒険者靴の踵が、今度こそコウ本体の腹にめり込む。
ガラスが割れるような音に似た魔力音が響き、白い破片が飛び散る。コウは大きく跳ね飛ばされ、決闘場の結界を破って村長の屋敷の屋根まで飛んで行く。村長が「ひいっ」と頭をかばい、どおおおおん、と音が鳴り響く。
『しまった!!』
ダイノスはその場の誰も理解できない言葉で叫ぶ。
それと同時に、アイリスが決闘場内へと飛び込んでいた。




