決闘 その②
合図と同時に、コウが飛び出した。補助魔法《加速》《敏捷》《雲踏》を展開、闇属性魔法《複製》で生成された「影の剣」を振るう。
ダイノスはそれを影の戦鎚の柄で受ける。動きの速さから、ダイノスもやはり《敏捷》は使っているようだ。柄頭の近くを持った左手を動かさず、右手で器用に柄を動かし、射程の短い武器の連撃を捌く。
――なるほど、そのやり方だと剣にも対応できる。
コウは感心した。柄が長く、巨大な柄頭を持つ戦鎚は懐に入られると不利だ。闇魔法《複製》で決闘用の武器を無詠唱で錬成したダイノスは、明らかにこの種の決闘を日常的に行っている。片手剣などのレンジが短く手数の多い武器を使う相手も当然想定し、対策済というわけだ。
――!!
コウは攻撃の手を急停止させ、後ろにのけぞった。直後、顎の先をかすめるように戦鎚の石突が下から上へ通り過ぎる。
間合いが離れた。ダイノスは戦鎚を水平に構え、腰を深く落とした。オークの戦士の小さい目がきらりと光ったように見えた。
攻守交替。ダイノスは左から右へ、横薙ぎに戦鎚を振るう。コウはそれをジャンプで躱し、ダイノスの頭上に剣を振り下ろす。
ダイノスは左に跳び、自らの攻撃の慣性も利用してふわりと躱す。
コウはそのままダイノスの頭部に剣を横向きに切りつけるも、ダイノスはダッキングで回避。しゃがんだ姿勢のままコウの着地点を狙い、戦鎚を横薙ぎに振るう。
それをコウは空中で身を縮めて回避、半回転し、真上から剣を戦鎚に叩きつけた。闇魔法で錬成された武器同士が、黒い魔力の火花を散らす。
後ろに跳び、くるりと回って着地。ダイノスに対して半身となり、剣を持った右手を後ろに、左手を前に伸ばす構えを取る。コウは我知らず笑みを浮かべた。
「……本気になったか」
「最初から本気だよ」
ダイノスもニヤリと笑い、同じように半身になり、戦鎚の柄頭を上げ、斜めに構える。
両者の足元の土が飛び、決闘場の中央で武器がぶつかり合う。
*
「いけー、旦那! そこだ!!」
応援に熱が入るのはグノンだ。激しく入れ替わり立ち替わる攻守を見つめながら、こぶしを握り、立ち上がって応援している。野獣の残り二人、ジェンナとカンナも応援に力がこもっていた。
決闘場では一進一退の攻防が続いている。両者の実力は拮抗しているようで、何度か切り結んでは間合いを離す、その繰り返しだった。ダイノスは基本的には両足を地面につけ、摺り足で闘うスタイル。コウはアクロバティックに空中を飛びながら、あらゆる方向から攻撃を加えていくスタイルだ。
――改めて見ると、コウ君の戦い方は派手だね。今回は一撃を入れれば決着で、打撃の力など必要でない。そのせいかな。
アイリスはぶつぶつと独り言ちた。リサがアイリスの側に来て、顔を見上げる。
「あの……どっちが優勢とかあるんですか?」
「リサちんはどっちのほうが勝ってると思う?」
そう言われて、リサは戦場を見た。
「わかりません……旦那様とダイノスさん、ほとんど互角でしょうか」
「そうだね、だいたい互角だと思う」
アイリスはリサの返答にうなずいた。
「このまま決着がつかなかったらどうなるんですか?」
「さぁ」
「さぁって」
肩をすくめるアイリスに、リサは抗議の声を上げる。
「分からないよ。双方ともに疲れ果て、試合は引き分けに終わるかもしれない。あるいはどちらかが奥の手を出して、闘いの天秤が一気に傾くかもしれない」
「奥の手」
「そう。まぁ、あんまり長引くようならギルドの規定で介入――」
おおっ、と野獣メンバーが声を上げる。
決闘場では、何度目かの打ちあいでも決着がつかず、激しい攻防の後に両者また間合いを離したところだ。コウとダイノスは両者ともに息が上がっている。だが、動きが激しいぶんコウの疲労のほうが大きいようだ。肩を大きく動かして息をしている。全身から汗が流れ、湯気が立っているほどだ。
「これはコウ君が先に力尽きそうだね」
「そんな」
「まぁ、この闘いは命のやり取りじゃない。せいぜい『疲れたなー』って寝落ちするくらいさ」
「……明日、野獣の皆さんと旦那様とアイリスさんは、山の中のドラゴンの調査に行くんですよね?」
「そうなってるね」
「それなのにこんなことして」
「バカだよねー」
あくまでヘラヘラ笑うアイリスに、リサは何度目かになるため息をついた。
「まぁ、たぶん次で決着がつくよ。さっき言った奥の手を、コウ君が出す」
「わかるんですか?」
「たぶんね」
村に突如出現したメタルゴーレムと戦った時。コウは思いがけない魔法で戦況を打破してみせた。
今回もまた何かするに違いない。決闘規定で直接攻撃魔法や指定の武器以外での攻撃は認められていないが、コウならば必ず何かしてくれるはず――そんな期待がアイリスにはあった。
*
「……埒が明かないな」
コウは肩で息をしながら言った。
「……貴殿は強い。剣を交えて良かった。これならば、我らが殿を任せられるというもの」
「それは、単なる方便だろう? 君は、僕と闘ってみたかっただけだ」
コウの言葉に、いまだ息を切らしていないダイノスは獣のような声で短く笑った。
「だがもう僕の体力が持たない。次で決めさせてもらう」
「ほう、何かするつもりか? 言っておくが決闘規定がある。俺本体への魔法攻撃や、指定された武器以外での攻撃は無効だぞ」
「知ってるよ」
コウは息を整え、口の中で短く呪文を詠唱した。赤い光が輪郭を輝かせ、コウの姿が二重にぶれる。
*
「なっ、何だぁっ!?」
決闘場の外のグノンが叫んだ。
光が収まると、決闘場の中には二人のコウがいた。




