決闘 その①
「どうしてこんなことになってるんですか」
夕食を作った後、コウの帰りが遅いことに待ちきれず村長の屋敷まで来たリサが、呆れたようにアイリスに訊ねた。
「しょうがないよ。男ってバカなんだから」
「バカって……そんなの答えになってません」
「その通りだよ、答えになってない。なぜなら答えなんかないんだ。男どもは闘いたいから闘う。相手が強いと思ったら、自分を満足させてくれると思ったら、力比べをせずにはいられないんだ」
それが男ってやつさ。そう言ってアイリスは肩をすくめた。その言葉には彼女自身の経験の重みが含まれた諦念がにじんでいたが、当然、リサには理解できなかった。
*
村長の屋敷の前、広場の端に当たる場所。《照明》の魔法が四つ、宙に浮かんでいる。
《照明》はちょうど七~八メートルほどの正方形の端に位置するように配置されていた。正方形の角を結ぶように円形の結界が張られ、闘いの衝撃が外に漏れださないようになっていた。
一方の辺にコウ、もう一方の辺にダイノス。それぞれのやり方で体を伸ばし、準備運動をしている。各々のそばに、影のような色をした武器が浮かんでいる。ダイノスは戦鎚、コウは例の、村長から渡されたアンティークな剣。
コウの後ろにリサとアイリスが立ち、ダイノスの後ろには地べたに座ったグノンとジェンナ。そしてカンナが立っている。
「冒険者の決闘」が怖いのか、少し離れた場所で、杖を手にした村長が見守っていた。物見高い村人たちは、すでに日没後であるせいか集まってきていなかった。
もし決闘が行われることが昼間に決まっていたら、噂はあっという間に村じゅうに広まり、かがり火が焚かれ観客たちが取り囲んでいただろう。
準備運動するコウの背中を見て、リサはため息をついた。
「ぜんっぜんわかりません。どうしてこんなことする必要があるんですか」
「ほんとだよ。コウ君もよく受けたよね。断ることも出来たはずなのに」
「男の人ってみんなそうなんですか」
「そう」
アイリスは断言した。リサは頭を抱える。
「きもいよね~」
「アイリスさんもアイリスさんです。どうして止めなかったんですか!」
「止めても無駄だよ。だいいち相手の言い分にはスジが通ってた。我々のパーティーに同行する力量があるかどうかを試させろ、決闘はギルドの規定に基づいて安全に行う……なんてね。『受けるか受けないか』になっちゃうよ。コウ君はそれを真っ向から受けた。それが彼の選択」
「もう!」
リサが地団駄を踏んだ。アイリスはそれをニヤつきながら見る。
「私ができるのは、せいぜい怪我をする前に試合を止めることくらいだね」
「怪我って、」
リサが怖気を震った。
「そんなの駄目ですよ。旦那様はこないだの戦いからようやく回復されたばっかりなんです。毎日、魔力と精神力を消耗して自分に《治癒》をかけ続けて」
「知ってるよ」
「なら、」
「大丈夫だよ。見て、あの武器」
アイリスは安心させるようにリサの肩を抱いて、広場に立つ二人を指さした。
「あの宙に浮いてる真っ黒い武器を見てごらん。あれは闇属性魔法《複製》で作ったものでね。『精度』は最高、『硬度』を最低、『属性』と『効果』をゼロにしてる。武器同士が打ちあうぶんには壊れないけど、他の物体にぶつかると壊れるように設定されてるんだ。あと地面と、空中に浮かんでる《照明》に当たっても壊れないようにもなってるかな」
「つまり、旦那様と相手の……ダイノスさんでしたっけ。あの武器で打ち合って、どちらかの武器が体に触れたら負け。そういうルールなんですか」
「そうそう。リサちん賢いね~」
いつもは頭を撫でるアイリスから身を躱すところを、リサは撫でられるままになっている。
「あの武器はアイリスさんが?」
「いや、私も錬成はできるんだけど、ダイノスが二人分錬成してね」
「ダイノスさんが?」
「そう。驚きだよね。オーク族は魔力量こそ多いものの、魔法への適正は高くないはずなのに。一応、魔法の性質はチェックしたけど、ダイノスが錬成したからといってコウ君の『影の剣』に仕掛けがされているなんてことはなかった。まぁ、あいつの目的は『闘いそのもの』だろうから、そんなセコいことはしないだろけど」
正方形の闘技場の向かいの辺で柔軟運動を終え、闇魔法で出来た影の戦鎚を振り回すダイノス。「重さ」もリアルに設定されているようで、振り回す姿に武器の重さが感じられる。
アイリスはリサから離れ、自分の腰に両手を当てた。
「オーク族が高い知能と魔力を持つことは知ってたけど……特にあいつ、ダイノスはただ者ではないね。いったい出自は何なのか……いやそれより、あいつが決闘用の闇魔法《複製》を使い慣れてるほうが問題かな」
「使い慣れてる?」
「そう。あいつはコウ君と自分の武器を瞬時に、無詠唱で複製して見せた。つまり普段から慣れてる魔法ってことだよ」
「決闘用の魔法を使い慣れてる。ということは……普段から決闘をやり慣れてる」
「そういうこと」
リサは胸の前でぎゅっと両手を握りしめた。
「旦那様、負けてしまうんでしょうか」
「大丈夫だって、この決闘のルールでは負けても命は取られない。あの武器が当たったところで打撲にすらならないよ」
「でも……」
「それにもし、ダイノスが今回のルール以外の行動でコウ君に攻撃を仕掛けた場合、私がすぐに止めに入る。立会人としてね」
コウとダイノスがそれぞれ武器を手にし、《照明》の照らす結界の中に入った。
アイリスが進み出て、四角形の第三の辺の前に立つ。
*
アイリスが、いつもとは違ってやや緊張感のある声で告げる。
「これより、冒険者パーティー・野獣リーダー・ダイノス・リンドブルムと、同じく冒険者パーティー・疾風怒濤リーダー・コルネリウス・イネンフルス。双方の合意のもと、ギルド憲章と決闘規定に則って両者の決闘を執り行う」
コウが驚いてアイリスを見る。アイリスはそれにニヤリと笑ってみせた。瞬時に《念話》のやり取りをする。
――いつから僕が疾風怒濤のリーダーになった。
――今は決闘中だよ、後でね。
「立会人は私、ギルドマスター・アイリス・ツヴァイテンバウム。疾風怒濤のメンバーではあるが、結果は公平に見定めることをギルド憲章にかけて誓う」
胸元の冒険者タグを握って誓うアイリスを、ダイノスは驚いたように見た。その後コウを見る。
「攻撃は闇魔法による錬成武器に限る。これがどちらかの体に触れ、砕けた時点で致命の一撃と見なし決着とする。また闇魔法による武器以外の攻撃や、相手の本体に直接または間接に作用する魔法の使用はこれを禁止する」
読み上げるように朗々と宣言するアイリス。普段のだらっとした雰囲気はまったく見られず、夜の空気の中で《照明》に照らされて宣言を行う姿は巫女のような神聖さすらまとっていた。
コウとダイノスは武器を手に、試合に集中し始めた。すでに周囲の音は聞こえていないかのような眼光となり、お互いを見やる。
「頑張れ旦那ー!」
ダイノスの側から、グノンの野次が飛んだ。おほん、とアイリスが咳払いのような音を出す。
「では双方、悔いのないよう、あたかも命を賭しているかのように、力を尽くし、名誉をかけて闘うべし――それでは、開始めッ!!」




