野獣(フレンズ)
馬車の前に立つのは猫族の獣人だった。冒険者らしく引き締まった体格をしていたが、曲線的な輪郭は女性であることを物語っていた。
村人たちはざわついていたが、
「やーやー、ハローハロー、ケネル村の諸君。我々は冒険者パーティー・野獣っていう者なんだけどね。このたびはギルドから受けた任務でこの山に来ていてね、突然のことで驚かせるが、どうか我々に宿を貸してもらいたい。いけるかな?」
猫族の女性の口から、ところどころ怪しいところはあるものの流暢な共通語が流れ出した。村人たちは静まり返り、お互いの顔を見た。
「……あれ、私、何か変だったかな」
「いや、変ではない。ようこそ、と言っていいのかな」
コウが前に進み出、村の入り口の木の門を軽く飛び越えた。「おっ」と言って、猫族の女性の耳が跳ね、瞳孔が細くなる。
「君がパーティーのリーダーか? 僕はコルネリウス・イネンフルス――コウでいい。わけあってこの村に住んでいる、元冒険者だ」
「元」という部分に、後ろで腕組みをして見ていたアイリスがぴくりと反応する。
「おおー、冒険者がいらっしゃるなら話が早い! この村にはギルドの支部も出張所もないんだよね。だから連絡がつかなかった。君が、この村の外交担当ってことでいいのかな?」
「一応、今のところはそのようにさせてもらう。君がパーティーのリーダーか?」
「いや、私は外交担当ですね。リーダーは別にいて……」
「俺がリーダーだ」
野太い声が響き、馬車の後ろから巨大な影がのっそりと姿を現す。
*
村人たちが「おおっ……」とどよめく。コウのそばのリサも一瞬、身を硬くした。
冒険者装束を身にまとった、屈強なオーク族の男だ。身の丈は二メートル以上あるだろうか、オーク族の平均身長は人間族とそう変わらないので、彼の種族の中でもかなり大柄であることになる。
皮膚は緑色で、頭頂部にだけ残された髪はツンツンに尖っており、鮮やかな青緑色に染められている。筋骨隆々とした体躯で、そこかしこに傷跡が見える。背には巨大な戦鎚を背負っている。
体の印象に反して、顔つきには理知的な雰囲気が漂っていた。上向きの鼻と下あごから突き出た牙はオーク特有のものだが、細い目に宿る鋭い光が野蛮な印象を裏切っている。
「俺はダイノス・リンドブルム。このパーティー・野獣のリーダーをやっている」
「そうか、君は……」
言いかけたコウを制するように、巨漢のオーク・ダイノスは左手を肩と胸の間あたりに挙げ、手のひらを開いて見せる。
コウはアイリスを振り向き、一瞬の《念話》を飛ばす。長々とした会話はできない状況なので、非言語的な「記号」に近いものだが、「自分が代表となっていいか」という確認だ。アイリスは短くうなずく。
ダイノスと同じように、コウも右手を挙げる。二人の間で、最低限の魔力的な情報交換が行われ、《念話》の通り道が成立する。初対面の、さほど友好的な関係が成立していない魔法使い同士が、お互いの意思を確認するやり取りだ。
一瞬のやり取りの後、敵意の無さを確認して、コウはダイノスと握手を交わした。ダイノスは左手を出しかけ、すぐに右手を出しなおす。このオークの男はおそらく左利きなのだろうが、利き手ではない右手もすごい握力だったので、コウは本気で握り返さなければならなかった。
二人の様子を見て、周囲の村人たちの雰囲気が急速に緩んでいった。アイリスも離れたところから警戒を解いたようだ。
*
「いきなり来てすまなかったな。伝令を送るのも惜しんで、善は急げで出発したのだ」
「よくわかるよ、この村にはギルドなどといったものは無いからな、仕方ない」
右手を左手でさりげなく労りながら、コウは振り向いて村人たちに目配せした。門が開かれ、馭者をつとめていた獣人が手綱を使って馬車を進める。
猫族の女冒険者は、さっそく村人たち――とくに子供たちに囲まれている。流暢だが少し怪しい共通語で、村人たちと楽しそうに会話をしているのが聞こえる。
腕組みして眺めるダイノスと、腰に手を当ててそれを見上げるコウ。《念話》の通り道が通じているのをいいことに、声に出さず話しかける。
――この村に来たのはドラゴンのためか?
――……そうだ。
ダイノスは腕組みしたまま、コウのほうを見ずに《念話》で答えた。コウも村に入っていく馬車を見やる。
――ギルドで請け負った依頼のことや、ドラゴンの情報などを共有したいが、できるか?
――もちろんだ。こちらも周辺の地形や魔物の出現状況、最近あった出来事などを知りたい。
――では宿に落ち着いて、一息ついた後で会おう。村長の屋敷に話を通しておく。
「ありがたい」
ダイノスが口を開いた。そして二人も村の中へ入っていく。




