亜人パーティー
山奥のケネル村へと続く、馬車一台が通れるくらいの山道。
鬱蒼とした木々に囲まれた森の中を、四人組の冒険者パーティーが進んでいた。
*
『しかし、こんな山奥にドラゴンが出たなんて本当かね? 今のところ魔熊も魔狼も出てこねぇ。見たところ平和そのものじゃねぇか』
先頭の冒険者が、通常の人間族や亜人族の話さない言葉で言った。もしこの場に人間族やドワーフやハーフリングなどがいたら、まるで獣同士が吠え合っているように聞こえただろう。
毛むくじゃらの顔をした、猿系の獣人族の冒険者の男だ。刷毛で引いたように細い目をしている。腰には短杖を提げ、頭には魔法使いが好んで装着する輪兜。「棍」という長い棒状の武器を、両腕に平行になるように肩に担いでいた。馬車に少しばかり先行し、後ろ向きに歩いている。
『ギルドの言うことなんだから間違いないんでしょ。それにまだドラゴンと決まったわけじゃないよ。それを確かめに行くのが調査の仕事だからね』
物分かりの悪い兄弟に言い含めるように、馭者を務める猫系の獣人族の女冒険者が、やはり同じような言葉でたしなめた。やはり毛むくじゃらの顔で、明るい色の、派手な柄の毛並みをしており、頭の上に生え出た左右の猫耳に耳輪をしている。ベルトの後ろには魔法行使のために用いる中杖が見える。
『そうだ。我々は現在、あくまで調査の名目で依頼を受けている。本当にドラゴンか否か、魔物の種類と性質、活動中か休眠中かを調べ、ギルドに報告するのが仕事だ。くれぐれも余計なことをして、魔物を暴れさせたりなんかするんじゃないぞ』
殿から野太い声で、二人と同じ言葉で注意が飛んだ。屈強な冒険者が、馬車の後ろの見張りを務めているらしい。
『へいへい。わかってますって、ダイノスの旦那』
『しっかり頼むぞ、グノン。それとだな、わかってるだろうが村に近づいたら獣人語はやめておけよ。共通語で話すんだ』
『それなんだがな旦那……俺っちは共通語ってのがどうも苦手で』
『なーに言ってんの。前の依頼の時だって、普通に話してたじゃない。ね、リーダー?』
『ああ、立派なもんだったぞグノン』
猫族の馭者と、ダイノスと呼ばれたリーダーらしき冒険者に褒められ、グノンと呼ばれた猿族の獣人はぽりぽりと鼻の頭を掻く。
『しかしなぁ……どうしてもカタコトになっちまって、人間の子供たちにはカワイイなんて言われる始末で。どうも嫌なんだよな』
『いいじゃん、カワイイなんて褒め言葉だよ』
『お前はそれでいいだろうけどな、ジェンナ』
『あら、それは私がカワイイってことかしらー?』
『言ってろ言ってろ』
グノンは歩きながらくるりと前に向き直り、ジェンナと呼ばれた猫族の馭者は「にゃははは!」と笑い声をあげる。
『いざとなったら《念話》で単語を教えてあげるからさ。安心しなよ』
『うむ。わかってるだろうが、村人を警戒させないためだ、こらえてくれ。我々はただでさえ見た目が厳めしいからな』
『主に俺っちと旦那のせいだけどね……』
『違いない』
ダイノスと呼ばれたリーダーらしき冒険者は、殿からでも十分に騒々しく響く声で豪快に笑った。森の木々から鳥が飛び立つ。
『ねぇみんな、村が近づいてきたよ!』
馭者席の後ろから、エルフの女が顔を出して前を指さした。いや、顔つきや表情、耳の尖り方からしてエルフではない。ハーフエルフだろう。やはり冒険者装束を身にまとい、輪兜をつけている。
『ちょちょちょ、カンナ、危ないって』
『あの村の近くにドラゴンが出たんだね! 見たところ普通に村は営んでるみたいだけど……まだ休眠中ってことかな?』
カンナと呼ばれたハーフエルフは、猫族の馭者――ジェンナの肩に乗っかって前を眺めている。
『多分あれだな。村人たちもちらほら出てきている……おそらく我々の姿が見えたんだろう。グノン』
『あいよ』
『ジェンナと馭者を代わってくれ。ジェンナは先頭を頼む』
『了解ー。いつも通り、私が交渉担当ね』
ジェンナが馬車を飛び降りる。入れ替わりに、どういう仕組みか自身の身長ほどもあった長い「棍」を瞬時に三分の一ほどの長さに縮め、背に仕舞いながらグノンが馭者席に飛び乗った。
*
ゴヮハッハッハッハッハッハ!
獣の咆哮のような音が聞こえ、森の鳥たちがバサバサと飛び立った。村の入り口に集まっていた若者たちは、思わずびくりと肩をすくめた。
山の麓から村に至る唯一の道。木々に囲まれ、トンネルのようになっている場所から馬車が見えてくる。一頭立ての馬車で、冒険者装束の獣人が先導している。マズルがあり、頭の上に突き出た耳、カラフルな毛で覆われている――おそらく猫族。
馬を操る馭者も顔が毛むくじゃらで、遠目にはよくわからないが、やはり獣人のようだ。
村に入り口に集まっていた三~四人の村人たちに追いつき、コウとリサは謎の馬車を見やった。二人は顔を合わせ、また馬車を見やる。
「コウさん! それにリサっ子も! あれは何だべが? 行商人も来る時期ではねぇし」
「あれは多分、冒険者だな」
「冒険者? そんな、村は最近ずっと依頼だなんて出してねぇべ」
「村の近辺で何かが発生して、それをギルドが感知したんだろうな。この村には支部も出張所も無いからな、村人への告知が後回しになることも、今までもよくあったんだろう?」
コウは慎重に言葉を選んだ。そして内心で考えを巡らす――
*
あの冒険者たちが村を訪れようとしている理由は定かではないが、ドラゴン絡みであることは覚悟しておいたほうがいい。先刻《魔力探知器》が巨大な魔力を検知したことをアイリスから聞かされ……というか、実際に見せられたばかりだ。
ここで例えば、
「あの冒険者たちは多分、平和な山の奥に生えている珍しいキノコを採りに来たのだ。おそらくは奇矯な貴族の奥様からの依頼で」
などといったようなことを考える者は冒険者向きではない。冒険者は常に最悪の事態を想定しておかなければならないからだ。
それはそれとして、まさか「村からそれほど離れていない場所にドラゴンが出たかもしれない」などといきなり言うこともできない。そういうのはまず村長に伝え、それから集会を開いて各戸の代表たちに伝達するのが手順というものだ。
冒険者は常に義理を通さなければならない。「手順」は大事だ。我々はただでさえ「根無し草」なのだから、理に従ってスジを通す。そうでなければ、冒険者以外の人々に理解も信用もされないだろう。
信用を失った冒険者など、野盗も同然だ――
*
コウは「冒険者を廃業した」と自分で宣言しておきながら、なお冒険者の考え方が骨身に染みており抜けきっていない自分自身に気づいて、思わず顔をしかめた。
「したばって、ちょっといぎなりでねぇが。それに、あの冒険者たちは……」
「ああ、獣人族だな」
「俺、あんなのは見だごどねぇべ」
「んだ、ちょっと怖ぇな」
「大丈夫ですよ、旦那様とアイリスさんがついてます」
口々に不安を述べる若者たちにコウが何か言う前に、リサが口を開いた。
「冒険者には冒険者のやり方があるんですよ。まずは旦那様に任せてみましょう」
「んだな、あのゴーレムだってコウさんとアイリスさんがやっつけでくれだしな」
「冒険者のこどは冒険者が一番知ってるはんでな」
「その間に村長や各戸さ話とば伝えでおげばいいべ」
「第一、村さ何がするんだばこったら昼間にのこのこ来るわげが無ぇしな」
「お、おいリサ、」
腕組みして満足げにしているリサに、コウが耳打ちする。
「大丈夫ですよ、余計なことは言いません」
「しかしだな……」
「村人目線から言ったほうがいいと思いまして。それに、旦那様はもう村のみんなの信頼を得てるじゃないですか」
「そうかもしれないが」
*
「お待たせ。ごめんね、少し遅くなっちゃった」
アイリスがやって来て、コウ達に合流した。いつものだぼっとした服に腰の短杖、道具入れをたすき掛けにしている。体格に似合わない無骨な大剣はさすがに背負っていなかった。
「……どうかした?」
「なんでもない。剣は持ってこなかったか」
「たぶん友好的なパーティーだからね。ほら来た」
冒険者パーティーは村の木製の門の側まで近づき、そこで止まった。




