アイリスの目的(魔力探知器 その②)
「でもパーティーの登録って、冒険者ギルドに行かないと出来ないはずですよね。そういう話を聞いたことがあります。この村にはギルド支部も出張所もないので、冒険者への依頼なんかは一ヶ月に一回来る商人を介してか、山を下りてわざわざ隣町まで行かなきゃいけないくらいなんですけど……」
リサが当然の疑問を呈する。コウもうなずいた。
「そうだ。僕をパーティーメンバーに加えるには、ギルドに行って冒険者名簿に登録する必要がある。君がこの村に来て一週間ぐらいか。二日目にメタルゴーレムが現れて、次の日はゴーレムの残骸や祭りの後片付けなんかをやってくれてたんだよな」
「そうだね。それと、村長の家の修理を手伝ったり、ゴーレムの残骸の処理を鍛冶屋に依頼したり、村の結界の見直しとかもだね。まぁ私はすぐれた結界魔道士ではないので、ほんのちょっとしか強化できなかったけど」
「その合間を縫って山の下の街まで行って、僕を疾風怒濤に加入させてきたのか?」
「まさか。そんな時間は無かったよ。山の下に降りるだけでも一日がかりになるよね。行って帰って二日だ。私はここ一週間、村人たちと一緒に毎日仕事してたでしょ?」
「じゃあ一体……」
アイリスは卓上にある神器、《魔力探知器》を指さした。
「その《魔力探知器》がどうかしたのか?」
「この神器、値が張ったって言ったじゃん? 廃業したウィリアムの装備を売って、キーファーの遺品も整理して、姉さんの貯金も申し訳ないけど全部パーティーのものにさせてもらって――さすがに大事にしてたものとか占いに使ってた水晶玉なんかは売らなかったけどね――いわば疾風怒濤の財力をかき集めて買ったんだ」
アイリスは「おかげで我がパーティーの財政はすっからかんさ」と肩をすくめた。
「そのうえ、ドワーフの職人とエルフの神器技師に依頼して、こっちが望むような機能を追加したり、性能を向上させたりした。思いつくかぎりの機能を盛ったんだけど、こういうことを言いだす冒険者って珍しいらしくて、職人たちもノリノリで協力してくれたよ。お金はなくなったけど、これ一つでギルドの煩瑣な手続きも簡単に行えるようになった。なので冒険者ギルドの人員名簿に魔法的に接続してコウ君をパーティーに加入させるなんてことも、この小さい神器一つで出来たりするんだ」
「……ちょっと待て。そもそもギルドの人員名簿に登録するなんてことは、ギルド職員の権限がなければ出来ないよな? しかも『一般職員』では駄目だ。『管理者』か『支配人』クラスの権限を持っていなければ、いくらその神器がその機能を持っていたとしても、」
「…………」
「まさか、」
「そう。私はその権限を持っている。というかギルドマスター試験を通って、正式にギルマスになっている」
「なんてことだ……」
コウは開いた口が塞がらなかった。
「ギルドマスター・アイリス。そう呼んでもらってもいいよ」
アイリスは唇を猫のような形にし、得意げな表情でふんぞり返った。
*
「いや、たしかにすごいが……ちょっとよくわからない。そこまでする必要があったのか?」
「そこまでする必要とは?」
「そこまでして、僕を疾風怒濤に強制的に加入させたかったのかってことだよ」
「それはコウ君の立場から、しかも一つの出来事だけを見て不思議に思ってるだけだよね。私はなにも、コウ君を疾風怒濤に加入させたくてギルマスになったわけじゃない。それが目的ではないし、もしコウ君が最初に『わかった、君のパーティーに参加しよう』なんて言ってたら、《魔力探知器》なんかを使って回りくどい手段で強制的に参加させるなんてことは必要なかったわけじゃん?」
「確かにそうか。それに、あんなメタルゴーレムみたいな、初対面の冒険者が共闘しなければならないような危険な魔物がちょうどよく現れてくれる保証もない。……一つ聞いておくが、あのメタルゴーレムは君が召喚したとか、そんなことはないわけだな?」
「もちろん。あんなのを召喚できるのは、それこそうちの姉くらいのもんだよ。それに、あれでコウ君が死ぬ可能性もあったじゃん。せっかく仲間にしようと思っても、その前に死なれたら元も子もない」
「……ぶしつけなことを言ったな。すまなかった」
「いいっていいって」
頭を下げるコウに、アイリスはひらひらと手を振った。
「ギルドマスターになるには試験もめんどくさかったし、努力目標みたいなのは無いけど二年に一回くらい全世界のギルマスが招集されるんだ。そこに出席しないと『何ごとか!』と問題になる。それでもギルマスになったのは、すべて私の姉、マルグレーテを救い出すために必要だと思ったからさ」
「……魔界に行ったと君が考える、君の姉さん――マルグレーテ・ツヴァイバウムを救い出すためにか」
コウは改めてアイリスの目を見た。アイリスの瞳には理性の光は宿っていたが、人が狂気に囚われている時よりもよほど強固な信念がその奥に潜んでいるようだった。
「正直、私だって、魔界に落ちた人間が何ヶ月も生きてて、それを現界に無事救い出せるなんて思っちゃいないよ。人は魔界の瘴気の中では生きていけない――魚が空気の中で生きていけないようにね」
「じゃあどうして……」
「それは……姉さんが私の唯一の肉親だからだね」
アイリスは卓上の《魔力探知器》に目を落とした。
「それに、このままでは疾風怒濤のメンバーが浮かばれない。姉さんだけじゃない、一瞬で塵になったキーファーや、再起不能になったウィリアムもね」
アイリスは目を閉じた。彼女はパーティーメンバー三人を同時に失ったのだ、とコウは思った。その心痛は察するに余りある。
コウ自身もパーティーメンバー三人を同時に失ったといえるが、経緯はまるで違う。コウが失った三人は生きているに違いないが、アイリスの仲間たちは絶望的だ。しかし、経緯は異なるとはいえ寂しさは慮ることができる気がした。
「『地下狂皇庁』の最奥の玄室に設置されていた古代の召喚陣、あれはたまたまそこにあったとか、何十年もたまたま誰にも見つからずに消されなかったとか、そういったものではなかった。あきらかに何者かが、何らかの意図をもって、私たちが依頼を受ける直前に描いた、新鮮な召喚陣だったよ。玄室にいた作業員風の身なりの死体、あれはおそらく古代の召喚陣の設計図を描かせるために依頼された職人たちさ。召喚陣を描いた後、呪いか瘴気かわからないけど、当てられて死んだんだろうね」
「何者かが、何らかの意図をもって、超古代の危険な召喚陣を描いた」
「そう。そして『吸血鬼の調査』なんて依頼を出した。正規の値段よりもちょっと色をつけてね。私たち疾風怒濤は、まんまとそれに引っかかったってわけ」
「君は、そもそも疾風怒濤を罠に誘い込むためにその召喚陣を描いた奴がいるって言いたいんだな」
「そう。この《魔力探知器》は、その調査のためにオークションで競り落として――これの本当の価値が何もわからない貴族たちと無駄に競り合ってね――そのうえ魔改造までした。ギルドマスターになった理由は、まぁぶっちゃけ思いつきでね。ギルドの人員名簿への接触機能を盛り込めるって気づいたときに、ギルマス権限があれば便利かなって思っただけ。見事に役に立ったけどね。うまく行かなかった時も、どこかの村に支部なり出張所なりの設置許可を出して、そこでのんびりスローライフを送る選択肢も出てくるしね」
アイリスはへらへら笑って話を締めた。しかし、
「君の目的はつまり――復讐だ。そうなんだな?」
核心を突くコウの言葉に、アイリスはきらりと目を光らせる。
「そう、復讐。私の目的はそれ。疾風怒濤をはめた何者かへの復讐だね」
その時、アイリスの緩んだ雰囲気の中に、一瞬だけ刃のような冷たさが見えた気がして、話を聞いていたリサは思わず身を震わせた。




